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今日の人89.鈴木秀一さん パート.2 [2013年04月10日(Wed)]
パート.1から続きます。

ドリプラに関わるのはやめたいと言った秀さんに福島正伸さんは、ご飯でも食べながら話そうとおっしゃいました。

「秀一くんは何がやりたいの?」

「会社の環境を変えたいと思っています。」

「会社だけでいいの?」

「いえ、世の中で働いている人みんなが輝いていられるようにしたいです。」
 
すると福島さんは満面の笑みでおっしゃったのです。
「うちの会社に来たら、それができるよ。」
 2008年の秋のことでした。

 考えてみたら、今まで自分は野球をやったり、バンドを組んだり、スキーで選手を目指したり、
仕事でコンピューターを扱い始め、コンピューターの世界で活躍しよう!と夢を持ちました。
でも、やっぱり続けることは出来ませんでした。
結果的に、いつも諦める人生になってしまいました。
諦めた理由は、どれもこれも自分が何かの壁を感じた時でした。
それは、怪我だったり、環境だったり、お金だったり、きっかけは色々あります。
壁が原因で夢をあきらめてきた自分…。そんな自分が夢を持つ人を応援するようになった。そしてそれが、自分にとってかけがえのない大切なものとなっていたことに気づきます。

 こうして秀さんは、長年勤めた会社を辞め、アントレプレナーセンターへと転職したのでした。

 ですから、秀さんは2007年にドリプラが始まった年からずっとドリプラ世界大会に関わり続けています。私もプレゼンターの一人でしたから分かるのですが、舞台袖にいらっしゃるだけでとても安心できる、そんな存在感を持った人、それが秀さんです。

 そして、秀さんのアントレプレナーセンターでの仕事は、法人向けの感動ムービー作りをその法人と一緒にやっていく、というものでした。会社勤めが長く、会社の内側をよく知っている秀さんには適任でした。

 感動ムービーを作っていく途中、様々なことが出来湧くのですが、それを一緒に乗り越えて行く過程、それがまさに感動なのでした。そして秀さんはいくつものその現場に立ち会ってきたのです。

 やがていろいろな企業で、ニーズが生まれ、たくさんの感動ムービーが生まれました。ヤマト運輸様、ヤクルト様、ドコモ様…みなさんがご存知の企業名がズラリと並びます。
 これはとてもやりがいのある仕事でした。そしてもちろん、ドリプラも。

 2012年の7月、福島さんと秀さんは、新幹線で一緒に座っていました。
 福島さんが言います。
「秀一くん、もう自分のやりたいことに向かっていった方がいい」
 最初、ピンと来ませんでした。

「アントレを卒業してさ」

「…ああ、そういうことなんだ!」

 こうして2012年の8月に、アントレプレナーセンターを退職し
日本メンタリング・マネジメント協会」を設立されたのでした。
 今は、飛び出して下がっている最中だと秀さん。どこが底なのかな、とワクワクしているそうです。底にはトランポリンがあって、あとは上に上がるしかないのだから。

 でも、毎日誰かと会ったり打ち合わせがあったり、秀さんの仕事を応援したいと言って来てくれる人がいたり、自分の足で立ち始めたのを感じています。そして、これから一緒に仕事を作っていく仲間との時間は何にも代えがたく、とても大切でとても楽しい時間なのです。

 秀さんは、自分が涙する時って、どんな時かを考えてみました。
するといつも仲間との関係の中で自分が涙していると気づいたのです。
それは、悪い時だけでなく、良い時も一緒です。
・大きな仕事を、みんなで協力しあって、無事に達成できたとき
・子どもの運動会で、一生懸命に走って仲間にバトンを繋ぐリレー
・スポーツ観戦に行って、応援団を中心にファンと一緒に応援できてる時
 そうした瞬間と言うのは、自分の夢が実現したと言うよりも仲間との一体感を感じられた時に得られるものだと気づきました。
僕は仲間との一体感をもっとも得たいのだな、
それが一番大切にしたい場なのだと感じられるようになりました。

 それは、意識では覚えていなくても、心は覚えていたようです。
 つまり、仲間と分かち合いが出来た時に喜び、
仲間と分かち合いが壊れた時に悲しむんだな、と気づきました。
そう気づいたことで、ずっと閉じていた心の蓋を開けることができたんです。

 そうは言っても、仲間を犠牲にしたり、独りよがりな行動をついついしてしまうことだってあります。でも、そんな時は後ですごく気持ちが悪くなります。

 それよりも、同じ志を持って、同じ情熱をもって、同じ体験を共有する、
気持ちを共有できる、そんな仲間がいることが最高に幸せなのだと思っています。
それに気づいた時、今までやって来たことが一気に繋がってきました!
「人を応援する」ことに喜びを感じるのは、自分の中にある一番の価値観なんだという事。
ずっと気づいていませんでしたが、人を支援する活動を通して、秀さん自身の中にずっと培ってきました。

 だから自分は、人を応援することを仕事にしたんだ!と改めて気づきました。
秀さんの夢は、夢を叶えられる支援者をたくさん創ることです。
起業家を支援する人だけでなく、会社の中にも、家庭の中にも、支援者を増やしていきたいのです。
そんな支援者が増えれば、もっともっと世の中は良くなるにちがいありません。

 そして、働いている人みんなが誇りを持って働けるようにしたい!
どんな仕事もその人が誇りを持てば、それは世界一の仕事なのだ!そう信じています。

 そして、故郷北海道に恩返しをしたいという夢も持っています。世界でいちばん食事が美味しい国、それは日本だと秀さんは思っています。そして、その日本の中でも食材に特に恵まれているのは、北海道だと。
 日本の農業を外国に流通させるとしたら、その役割を担うのは北海道だ。北海道には輸送チャネルがある。北海道産のブランドの流通が外国との間で作ることができれば、それは北海道だけにとどまらず、日本全体にとって役立つことなのだ!それが秀さんの思いです。

 クラーク博士は「少年よ、大志を抱け!」と言った。確かに大志を抱いている人はいるけれど、実際に行動できていない人が多いのではないか?

 秀さんは、「北海道ってすごいんだよ」と言えるのはボクだと思っています。

 これまで秀さんはお子さんに、「人の夢を実現するお手伝いをするのがパパの仕事だよ」と言ってきました。黒子ほど楽しい仕事はない、そう思って来ました。
 
 でも起業した今はこう言っています。
「これからはパパが持っている夢を実現していこうと思っているよ」

 そして、子ども達に仕事に興味を持って欲しい。子どもたちが夢中になれるものを見つけてあげたい、感動体験を増やしてあげたい、そう思っているとても子煩悩なお父さんです。
 
 どうぞこれからは、お子さんと、そして秀さんご自身の感動プロデューサーにもなって、更にたくさんの感動を紡ぎだしていってくださいね。
 
そして、「俺、この仕事めちゃくちゃ好きだ!」日本中をそんな大人であふれさせてくださいね。
 ええ、秀さんならできますとも!

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たくさんのステキな顔を持つ秀さんです♪
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