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今日の人88.河合由紀さん [2013年04月01日(Mon)]
 今日の人は、株式会社コーチ&パートナーズ代表取締役の河合由紀さんです。
由紀さんはドリプラ世界大会の主要スタッフとしても大活躍。芯がピシっと通ってとても頼りになる由紀さんですが、外見はとってもキュートでかわいい女性です。
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 由紀さんは昭和46年にロスで生まれ、2歳までアメリカで過ごします。家族はみんな英語がペラペラ。日本に帰国しても外国人が家に遊びに来ることもあったのですが、由紀さんはなぜか英語アレルギーで、その度に熱を出していました。
 
 由紀さんは外ではとても活発に遊ぶ子でしたが、家では泣き虫でした。2歳年上のお姉さんとよくケンカもしましたが、おばあちゃん子だった由紀さんは、何かにつけておばあちゃまの部屋に逃げ込んでいました。そんな由紀さんをおばあちゃまも「ゆきちゃん、ゆきちゃん」といつも可愛がってくれました。
 
 進路ではお姉さんと同じ小学受験を選びます。小学校から大学まではずっと女子校だった由紀さん。小学校の時は負けず嫌いで外では正義感ぶって仕切りたがる性格でした。ですから、女の子にもてました。バレンタインデーにはチョコももらいました。今とちがって、友チョコなんて送らなかった時代です。そんなモテモテの由紀さんでしたが、学校ではピンクレディも踊っていました。その頃はピンクレディが全盛期で、小学生の女の子はたいてい振り付けをマネしていたものです。
 
 そんな由紀さんでしたが、掛け算九九が大嫌いで、できなくていつも居残りをさせられたので、未だに掛け算九九は嫌いです。

 小学校の時、大好きなおばあちゃまが病気になりました。
 家には、おばあちゃまのお世話をするお手伝いさんが来ていました。由紀さんはそんなお手伝いさんの姿に憧れて、大きくなったらいろんなお世話ができるお嫁さん・お母さんになりたい、そう思いました。それは中学でも高校でも変わりませんでした。

 小学校の時から演劇やバスケをしていた由紀さんですが、中学では硬式テニス部に入ります。しかし、部活にそれほど燃えていたわけではなく、むしろ燃えていたのは合唱コンクールや球技大会でした。みんなが1つになってやることが好きだったのです。もちろん、思春期の女の子同士ですから、いざこざが起きて胸を痛めることも当然多かったのですが、だからこそ余計にみんなでひとつになれるそんな瞬間はたまらなくワクワクしました。

 女子校でしたから、男子校とのお付き合いもなかったわけではありません。当時流行っていた文通をしていた時もあります。メールで即時にやり取りができる今と比べると隔世の感がありますが、手紙がいつ来るか待っているドキドキ感はメールよりははるかに大きかったように思います。

 大学に入った年の学園祭の前々日、由紀さんは交通事故に遭います。公衆電話待ちをしていた時に、路駐をしていたトラックがいきなりバックを始め、由紀さんは背後からトラックにはねられてしまいました。幸い、1週間の入院で済みましたが、その時両親がものすごく心配する様子を見て、親を心配させてはいけない、と初めて痛感しました。由紀さんの家は大学生になっても門限が10時という家庭だったのですが、それも娘を思えばこそ、とその時は納得したものでした。しかし、やはり元気になると、「いちいちうるさいなぁ。早く自由になりたいなぁ。早く結婚したいなぁ。」と思ってしまうのでした。

 由紀さんは大学で人格心理学や社会心理学を専門に勉強しました。その勉強は大変おもしろく、卒論で「兄弟の構成と性格形成」について書いている時も夢中で書いていました。それだけ好きな勉強だったので、臨床心理士になろうかとも思いましたが、臨床心理士になるには修士を出ていることが必須なのでやめました。

 実は由紀さんは19歳の時に宅建主任者の資格を取得していました。お父さんにその資格を取ったらお小遣いをやるからと言われて、取っておいたのです。ですから、就職活動の時は、宅建があるし不動産会社かな、と漠然と考えました。由紀さんは極度な人見知りで、とても緊張するタイプだったそうです。(今はどこをどう見てもそういうふうには見えませんが…)そういえば、小学校受験の時にはお父さんに5時に起こされて、ベランダに立たされて「由紀は恥ずかしがりません」って言わされていたのでした。
 
 そんなことを思い出しながらの就職面接。でも、由紀さんは大手テレビ局のアナウンサー採用試験で役員面接までいったというのですから、やっぱり“もってる”人なのです。
が、しかし、キー局のアナウンサー採用とはいかず、地方局を受けませんかとも言われましたが、大手不動産会社の採用試験日と重なっていたため断念。ただ、時はバブルが弾け、急激な就職氷河期に入っていました。その不動産会社に落ちてしまい、もう就職はやめようかと思ったりもしました。
 しかし、そんな時に旅行会社の2次募集を受け、そこで見事採用になった由紀さん。その会社は、海外専門の旅行会社でした。

 由紀さんはハワイの担当になります。最初は予約管理や現地との調整。次は商品企画になり、パンフを作ったりオプショナルツアーを組み立てたりと多忙な日々。ハワイに出張に行っても遊ぶ時間はありませんでした。でも、この時に頑張ることを覚えたと由紀さん。
仕事を通して全く知らなかったことを知れるようになることの楽しさも知りました。こうしてハワイの担当を7年やり、そろそろハワイはもういいかな、と思った時にマーケティング部の商品戦略室に異動になったのです。そこは新規事業立ち上げの部署でした。二人だけの部署。インターネットで全ての旅行を売るシステムを構築するという任務が与えられました。異動はしたかったけど、こういうことをやりたかったわけじゃない。そう嘆く由紀さんでしたが、「できない人にその仕事は来ない」そう言われ、泣きながらがんばりました。でも、この時仕事で悩んだことがコーチングを学ぶことにつながっていったのですから、やはり人間万事塞翁が馬ですよね。
 
 上司は「旅行屋なんて遊びを知らなかったらできないぞ」という人でしたから、水上スキー、キャンプ、などいろいろ行きました。でも普段の仕事の日は、普通の時間に帰って来られる日はまずないので、学生時代の友だちとは全然会えませんでした。遅くに仕事が終わると先輩に連れられて、DEEPな飲み屋に行っていた30歳の頃の由紀さんでした。
 
 大学の時まで10時だった門限は、社会人になってからはなくなっていました。門限なしで自由になったはずでしたが、ちっとも自由になった気がしない。私ばっかりなんでこんなに大変なんだろう。こんなにこき使われるの、やってられない。そんな被害者意識が大きくなっていた頃、コーチングっていうものがあるよ、と教えられました。2001年のことです。こうして、コーチングを学びはじめた由紀さん。人が行動したくなるコミュニケーションスタイルに魅せられて、コーチの道を歩き始めます。

2003年からは会社で勤めながら、パーソナルコーチも始めました。2004年には経済産業省後援の独立・起業家支援プロジェクト「起ちあがれニッポンDREAMGATE」登録アドバイザーとしてユーザーからの無料相談やセミナー・勉強会の講師としての活動も始めました。会社の仕事も好きだったのですが、コーチングでやっていこう!と決意して、2005年にコーチ&パートナーズを設立しました。
 
 由紀さんは始め自分のように悩んでいる女子OLを元気にしたい、と思っていました。でもOLを元気にするためには、まず経営者がみんな元気にならないと、と思うように。こうして、経営者の方へのコーチングをメインにやっていくようになりました。
 
 2007年、由紀さんも関わっているJカレッジのセミナーで福島正伸さんが講演されます。そこで福島さんの講演を聴き感動のあまり号泣した由紀さん。そして福島正伸さんの「究極のコンサルタント養成講座」第1期に参加します。そこで、夢のプラン作りを手伝ってくれないかと言われました。その夢のプランというのが、ドリームプラン・プレゼンテーションでした。こうして由紀さんは、第1回のドリームプラン・プレゼンテーション2007世界大会の運営に参画。以来ずっとドリプラ世界大会に関わり続けていらっしゃいます。
 
 ずっとドリプラに携わっている由紀さんにドリプラのおもしろさとは何かと聞いてみました。すると、プレゼンターがどんどんかっこよくなっていくところだと答えてくれました。プレゼンを作っていく課程で、どんどん自信をつけていく様子に惚れ惚れするそうです。一方でスタッフやメンターの中で意見やスピード感が合わないという悩みを抱えている時もありました。でも、それはいいんだ、みんなメンター同士なんだから、と去年ようやく納得できたといいます。

 由紀さんは2009年、38歳の時に結婚しました。大学を出てすぐにでも結婚して専業主婦になりたかったのに、全然ちがう人生になっちゃった。でも、今のこの人生、気に入っています。
 
 今、楽しいことは料理。いつもできるとは限らないけど、出来る日はとても楽しい。そして、飲んでいる時も楽しい。弱いけれど(本当?)飲んでいる時間はとても好きです。 そして、覚悟を持った人の力強い言葉を聞く時間も至福の時です。
 
 そんな由紀さん自身の夢は、自分とかかわった人がみんな幸せになってほしいということ。自分の幸せとは何かをわかっている人が増えてほしい。幸せって、実はもうあなたの中にあるんだよ。それを伝えていけるコーチでありたい、そう思っています。

 これからもドリームプラン・プレゼンテーションの頼れる姉貴として、そして経営者・起業家をヤル気にさせるコーチとして、由紀ちゃん自身が輝き続けていってくださいね。
私も由紀ちゃんのように、誰かをヤル気にさせられる存在になれるよう、これからもがんばっていきます。
今度、一緒にピンクレディ踊ろうね♪
 
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