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【報告】多文化共生セミナー(in仙台)その3 [2010年09月15日(Wed)]

セミナー報告その3です。


◆呉さん:日本での経験から考えてみた多文化共生
Q:異文化における“歩みより”とは?
 外国籍市民が日本の地域社会の一構成員として自己実現をしていくためには、日本語能力を高める努力は欠かせないが、一方、日本語を正確に使いこなし、日本の習慣やマナーを覚え、状況に合った振る舞い方を身につけるまではかなり時間がかかる。また、適切な振舞い方を知っていてもそのようには行動できない人もいる。

 たとえば、人にお世話になったとき、日本ではその場で相手に感謝することで終わらず、後日会ったときも「先日はどうも」のように再度感謝の意を表することが社交辞令である。韓国では感謝の意は1回きちんと伝えるもので、お礼を何度もいうのは形式ばった印象を与えかねないため、どうもこの社交辞令的なあいさつがいえないときがある。「いわないと気まずい」「快く思われないかも」と思いつつも、いうタイミングを逃してしまうことが何度かあった。つまり、異文化に関する知識があっても自分の育った文化との乖離を感じる場合、その知識を相手の理解には活用しながらも、そのようには行動できないこともある。

 しかし、日本人が日本語に不自由がない外国籍市民、とくに外見も日本人に近い韓国人や中国人とコミュニケーションを行う際、このような文化的背景の違いが意識されにくく、日本人のように振舞うことを期待してしまい、それが満たされなかった場合、厳しく評価することがあるように思われる。

 外国籍市民に対して日本人のような振舞い方を求めることは過度な期待かもしれない。異なる文化的背景を有する者同士のコミュニケーションにおいては、互いの文化的な違いを常に意識しながら、相手の行動を自分の社会的規範で判断するのではなく、相手の文化的な脈略の中で解釈しようとする歩み寄りが必要だと思う。

○ ● ○ ● ○

◆李さんによるコメント
▽次世代の担い手がなかなか育成されないという点について
もらうばかり、あたえるばかりでお互いに変化する「共生」の視点が欠けていたのではないか。相互にコミュニケーションをとるという姿勢が大切だと思う。

▽韓国の社会企業について
韓国はまず法律からつくるのだが、法律をつくると人々が関心を持つというパターンが多い。これは韓国的なところかもしれないが。日本でも社会的企業なり、協同する企業を探していく方向性が必要であるように感じた。

○ ● ○ ● ○

◆まとめ(田村より)
「東北型の多文化共生」とは?
東北で多文化共生を考える場合に、韓国がいちばん参考になると思っている。特に地方都市の問題については共通するところが多いことを改めて感じた。韓国の優れているところは、他国の制度を熱心に研究して比較して、導入していることである。比べてみて初めてわかることもある。もう一度他の国はどうなっているのか比べたり、相互に意見交換をすることで、今後のヒントを得られるのではないか。

(終わり)