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民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー (by 出口正之)

日本の民間公益活動に関する法制度・税制は、10数年にわたって大きな改善が見られました。たとえば、公益認定等委員会制度の導入もその一つでしょう。しかし、これらは日本で始まったばかりで、日本の従来の主務官庁型文化の影響も依然として受けているようにも思います。公益活動の増進のためにはこうした文化的影響についても考えていかなければなりません。内閣府公益認定等委員会の委員を二期六年務めた経験及び非営利研究者の立場から、公益法人制度を中心に広く非営利セクター全体の発展のためにブログをつづりたいと考えております。


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藤井聡太7段と加藤正夫(劔正):チェックポイントの使い方 [2020年07月16日(Thu)]

将棋の藤井聡太7段が史上最年少で初タイトルを取りました。

つらくて悲しいニュースが多い中でこの快挙に心躍らせた方も多いでしょう。

 将棋を語れるほどの実力はないのですが、幼いころ祖父の手ほどきを受け、気が付いていたら将棋を指していました。「気が付いていたら」というのは教わった記憶がないということです。子どもが少し興味を持っていれば、上手に教えることで駒の名前(漢字の読み方ではないと思います)や動かし方を3歳児くらいでも誰でも覚えることは可能なのでしょう。もちろんそれは駒の動かし方だけでとても「将棋」と呼べるものではなかったと思います。相手はいつも大人であり、大人は必ずわざと負けてくれていましたから、「将棋は強い」と勝手に思い込んでいた時期がありました。

 ちょうどそのころ、祖父の妹の子供、つまり祖父の甥の加藤正夫が東京へ出て木谷實門下で囲碁のプロを目指すということになりました。8歳年上の正夫も小生も当時は「マー坊」と呼ばれ、家も近く加藤さんの実家にもよく行ったので、小生も「将棋のプロに」という話が親戚の間で自然と持ち上がっていたようです。それを一笑に付してくれたのが、ほかならぬ祖父でした。おだてられてプロなど目指していたら、今頃大変な目にあっていたと思います。4歳になる前に父の関係で東京へ転居し祖父から離れましたので、以後、将棋は相手も見つからず、その時から上達がありません。将棋の才能がないのはもちろん、なにより勝率5割の世界に身を置く勝負師とは縁遠い性格で、プロを目指せという流れを止めてくれた祖父には感謝しています(囲碁はプロとなっていた加藤正夫に小学生の時に直接教えてもらいましたが、こちらもものになっていません)。

加藤正夫は最年少で本因坊戦に挑戦。その後いくつかのタイトルを取った後は、本因坊・十段・天元・王座・鶴聖の5冠や4冠に輝きました。その後も14年連続でいずれかのタイトル保持者でしたので、こちらは大成功でした。その後、55歳で本因坊に返り咲き、中年の星と注目されたことは囲碁に詳しい方ならご存知だと思います。

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拙著について雨宮先生から過分の書評を頂戴しました。 [2018年12月10日(Mon)]
拙著『公益認定の判断基準と実務』について公益法人協会の『公益法人』12月号において、雨宮孝子先生から過分の書評を頂戴しました(写真1,2。著作権にも配慮して一部分だけを撮影しております)。
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