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民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー (by 出口正之)

日本の民間公益活動に関する法制度・税制は、10数年にわたって大きな改善が見られました。たとえば、公益認定等委員会制度の導入もその一つでしょう。しかし、これらは日本で始まったばかりで、日本の従来の主務官庁型文化の影響も依然として受けているようにも思います。公益活動の増進のためにはこうした文化的影響についても考えていかなければなりません。内閣府公益認定等委員会の委員を二期六年務めた経験及び非営利研究者の立場から、公益法人制度を中心に広く非営利セクター全体の発展のためにブログをつづりたいと考えております。


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側抑制と収支相償 [2015年05月13日(Wed)]
自慢ではありませんが、小生は高校時代から、interdisciplinary(学際的)という英単語を知っていました。ある理想に燃える研究者が学内や文部省を説得し、この用語を使って文理融合型の文系学部を新設したからです。日本ではこうした文理融合型の学部新設は初めてのことでした。都内の高校生だった小生は、三木清が西田幾多郎を慕って一高から京大へ進学したことを恥ずかしげもなく意識しながら、阪大まで行きました。その理想が高かった故でしょうか、激務の中新学部新設の中心になられた阪大の先生は、学部新設後ほどなく他界され、残念ながらその謦咳に接する間もありませんでした。
 
 当時、その学部の専門課程で選択した授業に「生物情報論」というものがありました。一般教養ではありません。非常勤として教鞭をとった方がこうした理想がある学部だということは意識しなかったと思いますが、私はこの授業を鮮明に覚えています。その中で、「側抑制(lateral inhibition)」の話が出てきました。この話はいずれ何か(文系的な話)に使えると思ってから「ン十年」が過ぎました。一度も使う機会がありませんでした。そして、今、「側抑制」という概念を使うことで、現在起きている現象を説明できるのではないかと思った次第です。

 収支相償に関して大混乱が生じていることは残念ながら公然の秘密です。公益法人協会のアンケート調査結果にその実態がしっかりと記載されています。また、「赤字に気を付けてくださいね」という当たり前の小生のブログに対する予想外の反応も、現在の公益法人の病んでいる状態を表したものだと考えます。

 混乱を正常化させるために、敢えて退任委員が会計研究会の報告書に意見を出させていただきました。これは私が変人だから異例なことを行っているのではなく、異例な事態に正常に反応した結果が異例にみえるだけのことだと考えます。くれぐれも間違えないでくださいね。

 小生の警鐘は端的に言って、「(会計研究会の報告書が)ガイドラインから外れていますよ」というものでした。そのうえで、第三期後半の公益認定等委員会に期待しました。今も期待しています。しかし、どうやら「ガイドライン通りに行なっていないですよ」というのは、俄かには信じられない話ですし、ましてや、例の「民博教授がなぜ会計に口をはさむのか」がという切り札がありますから、委員会としては信じるか、信じないかの宗教のような話になってしまっている可能性もあります。お願いしておりました会計研究会の報告を取りまとめたときの委員会議事録の公開もありませんし(議事要旨はありますが)、小生の警鐘がどこまで届いているのかわからない状態です。

 そこで、俄かには信じられないようなことがなぜ起こっているのかを二つの仮説を用いて説明したいと思います。なお、下記のことはあくまで仮説でしかありません。反論があるのならば、是非お願いいたします。

 まず、一番に考えられる「人間愛に乏しい仮説」は、「私の主張が間違っている」というものです。私が誤解しているからだという意味で「誤解仮説」と呼びましょう。これは非常に分かりやすいですし、一番説得力があるのかもしれません。たとえば、会計研究会最終報告では「剰余金」が三つの意味で用いられていると私は思っております。そのことを背景に剰余金の取扱いのガイドラインを引用しながら、「特定費用準備資金の積立ては剰余金の解消理由としてガイドラインには掲げられていない」として意見を提出しました(この点は「事実」です。どうぞガイドラインP.6下から2行目以下を確認してください)。それに対する4月8日付け回答はまさに「誤解仮説」の手法が使われております。つまり、「ガイドラインT.5(4)剰余金の扱いその他においては、剰余金の定義を記載しているものではないと考えます。剰余金は収入を費用が上回る場合の、上回った額を指すものと考えます。そのため特定費用準備資金の積立は、剰余金の解消理由の一つであると考えています」と回答し全面否定です。そうですね。確かに説得力があります。この仮説の欠点は法人が混乱することの他、小生を大いに傷つけさせることくらいしか見当たりません。「会計の素人が何をバカなことを言っているのだ」「混乱があるとしたら素人のお前が口を差し挟むからだ」ということで終わりです。これは残念ながらよく使われる手法です。

 もちろん、この考え方に小生は与しません。初期設計者は、「剰余金」という言葉を一度もぶれることなく正確に使用し、かつ、特定費用準備資金の積立て額はコンメンタールとして「適正な費用」の中に入れています。その結果,「収入」−「適正な費用」の剰余金の取扱としては一度も特定費用準備資金の積立て額を含めていません。

 二つ目の仮説で「人間愛あふれる仮説」が「側抑制(lateral inhibition)仮説」です。「側抑制」とは、もともと複眼の生物で観察された現象です。複眼とはたくさんの個眼から成り立っていますが、その一つが刺激されると、その個眼に隣接する他の個眼の興奮が抑制されるという現象があります。それを「側抑制」というのです。複眼の場合に、それぞれの眼が同等に機能してしまってはモノの本質が見えなくなってくるものなのでしょう。現代ではこの現象が脊椎動物でも同様に起こることが分かっております。生命の力には本当に驚かされます。側抑制が働くことで、より正確にモノを見ることができることと理解しています。
 授業でこの話を聞いた時に、前述のとおり、社会現象を説明するときに使えると思いましたが、その後「ン十年」使う機会がなかったのです。そして、ようやく今使うことになりました。ここでいう「側抑制仮説」とは「側抑制が効かないことから誤解が生じている」という仮説です。いくつもの知識の「個眼」があることを想定してください。本来使用しなくてはならない「個眼」(法律)の横の別の「個眼」(会計)が邪魔しているのではないかという仮説です。どうですか、人間愛溢れているでしょう。最初の仮説ならば小生が傷つきますが、「側抑制仮説」ならば、「個眼」の能力ゆえの誤解であり、むしろその能力をこそ尊重しているからです。

 初期設計者は法律実務家でしたから、公益認定法5条6号及び14条を法人に優しく緩和するために、法律実務家として「収入」にも「適正な費用」にもそれぞれ定義を与え、それをコンメンタールとして議事録に載せました。言い換えれば、認定法5条6号等の「適正な費用」の用語は会計用語ではなく、法律用語として、緩和策を作り上げたのです。その用語の解説をガイドラインに載せています。したがって、小生が法律用語としての定義を主張しても、「会計の知識があるがゆえに」会計の用語として回答しているから、ガイドラインとの矛盾に気が付かないと考えられます。これがまさに「側抑制」が効いていない状態です。法律という個眼で見るべき事象を隣の会計の個眼で見てしまうことから生じる錯視現象とでも言いましょうか?

 通常の誤解は知識がないゆえの誤解ですが、「側抑制仮説」というのは知識があるゆえの錯覚なのです。人間味あふれていますよね?最初の「誤解仮説」は小生が馬鹿だと言っているのに等しいわけですが、「側抑制仮説」は誰も傷付けていないのです。傷付けたくもありません。正常に戻したいだけです。

 それでは初期設計者の説明を見てみましょう。「この条文についてコンメンタール的に各語句の意味を明らかにするという作業です。(中略)第2点目の論点は、『適正な費用を償う額』の意義です。公益法人認定法人上の費用概念はいろいろなところで用いられておりますが、公益目的事業比率の計算等においては基本的には損益 計算書の経常費用を基礎としていることにならい、ここにおきましても損益計算書の経常費用の部における公益目的事業費を基礎としたいということです。 ただし、公益目的事業比率や遊休財産額の規制等におきまして、その費用については当該公益目的事業に係る特定費用準備資金、これは将来の特定の活動の実施に充てるために特別に法人において管理して積み立てた資金は費用額に繰り入れるという調整項目を設けていますが、その調整項目として繰り入れた額も適正な費用に含めたいと思います」(議事録)。見事な含みのある口上です。小生が初期設計者に敬意を払うのも分かって頂けますでしょうか?

 なお、これは「側抑制仮説」のほんの一例です。ガイドラインに収益一億円未満の法人に対する特別扱いがあるのにもかかわらず、「小規模法人は線引きできないために定義できない」といったことをはじめとして「ガイドライン軽視」が堂々と随所に現れるのは、この「側抑制仮説」で説明可能だ思っております。
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