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民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー (by 出口正之)

日本の民間公益活動に関する法制度・税制は、10数年にわたって大きな改善が見られました。たとえば、公益認定等委員会制度の導入もその一つでしょう。しかし、これらは日本で始まったばかりで、日本の従来の主務官庁型文化の影響も依然として受けているようにも思います。公益活動の増進のためにはこうした文化的影響についても考えていかなければなりません。内閣府公益認定等委員会の委員を二期六年務めた経験及び非営利研究者の立場から、公益法人制度を中心に広く非営利セクター全体の発展のためにブログをつづりたいと考えております。


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故丹下甲一氏を悼む [2015年04月10日(Fri)]
故丹下甲一氏(第3代内閣府公益認定等委員会事務局長)を悼む

 丹下氏の訃報に接し、本当に驚いております。氏は公益法人改革三法が施行されたにも関わらず移行作業が遅々として進まなかった頃、三代目の公益認定等委員会事務局長として赴任し、矢継ぎ早に改善策を打ち出してくれました。「柔軟・迅速」として故池田守男委員長が打ち出した方針をしっかりと定着させました。

 また、政権交代時に、民主党の「政治主導」で国会同意人事をおこなった時の事務を取扱いをしてくれました。詳細はわかりませんが、おそらくは年度末まで人事が固まらない中での事務の作業は大変だったのではないかと思います。3月13日に、再任されると思っていた常勤委員二名が任期満了に伴う退任となることがはっきりし、それからは目まぐるしい忙しさではなかったかと推察します。かくいう私も非常勤から常勤になるように言われてから何か月も梨のつぶてでしたので、常勤になることはないだろうとタカをくくっておりました。民博と内閣府の間の意思の疎通も十分でなく、3月26日になって、民博から辞表を提出せよと言われ、目を丸くしたのが昨日のことのようです。その間、大阪から電話しても、暖かく親身になって対応してくれました。

 故人は私の一つ年下で、京都のR高校ご出身だったので共通の知己も多くいました。人柄がよかったからでしょう、旧自治省・総務省で関係のあった自治体から多くの優秀な、実に優秀な人たちを内閣府に出向してもらって、非常に大きな戦力にしてもらいました。こうした人たちの中には今でもお付き合いがある人たちがいます。
 
 年度が改まった頃、ひょっと私の部屋に来たことがあります。私が民博教授だったので、興味を示したのか、手には論文を一冊携えていました。

丹下甲一. (2009). 大型ボタ印は何故 63 局で使われたのか--大型ボタ印配備の背景を読み解く. 郵便史研究, (28), 24-44.

というものです。
 明治14年の終わり頃から「大型ボタ印」という郵便の消印が使用されるようになったようです。マニアの方には怒られるかもしれませんが、おおざっぱにいえば唇が上下にあるような、楕円形で横に線が入っているような、あるいは彫刻刀で初めてゴム印を掘ったような不思議な形をした消印です。郵便局のうち全部で63局で使用されていたようです。
 63局の郵便局名は、東京、大阪、横浜、京都、神戸という誰でも知っている名前が並ぶのですが、その中に一つだけ、「山家」(やまえ)と読むそうですが、知らない名前が出てきます。福岡県筑紫野市大字山家です。丹下氏はこれに着目した論文を書いたのです。
 学究肌の方でした。斯界では名の売れた郵趣のコレクターであったとも聞いています。鹿児島県の副知事になられ、いずれは知事になるのではないかと思っていただけに、その早すぎる死が悔やまれます。
 衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。 
               合掌
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