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民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー (by 出口正之)

日本の民間公益活動に関する法制度・税制は、10数年にわたって大きな改善が見られました。たとえば、公益認定等委員会制度の導入もその一つでしょう。しかし、これらは日本で始まったばかりで、日本の従来の主務官庁型文化の影響も依然として受けているようにも思います。公益活動の増進のためにはこうした文化的影響についても考えていかなければなりません。内閣府公益認定等委員会の委員を二期六年務めた経験及び非営利研究者の立場から、公益法人制度を中心に広く非営利セクター全体の発展のためにブログをつづりたいと考えております。


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公益法人協会をはじめとする3公益法人が学校法人ガバナンス改革会議に意見声明 [2022年01月25日(Tue)]

 公益法人協会、さわやか福祉財団 、助成財団センター の三団体(いずれも公益財団法人)は「公益法人として同じ民間の非営利活動を担っている立場から、こ の改革会議の結論に対し重大な疑念」を抱くとして意見表明を行っています。


公益法人関係団体が他の法人格の政府の議論に意見を表明することは異例のことですが、意見表明せざるを得ないほど、学校法人のガバナンス議論が迷走したためだと考えます。


学校法人の不祥事にたたみかけるような形で、「企業のガバナンス」を学校法人に導入しようとするあまり「評議員会」という摩訶不思議な機関に株主総会と同じような役割を期待しているわけですから、そのことで現場が混乱している公益財団法人が意見を述べることは無理からぬことと言えるでしょう。


企業のスタイルを無批判に「善」とする考え方を私は「ビジネスセントリズム」と称していますが、今回もまさに「ビジネスセントリズム」の極致といってよいと思います。


上場企業に適用されているコーポレート・ガバナンスも、その雄とされたT社が問題を惹き起こすなどしても、「ガバナンス」に対してしっかりとした考察が行われていません。


「ガバナンスの外形的強化→不祥事→ガバナンスが不十分という指摘」の繰り返しの中で一体何が起きているのかそろそろ考える時期ではないでしょうか?


 残念ながら、無批判のガバナンス礼賛といった宗教に近い信仰は一向に衰えることはありません。


 さらに、学校法人のガバナンス議論では、公益法人とりわけ公益財団法人のガバナンスがより良きモデルとされ議論が進みましたから、当の公益法人が戸惑いを隠せないこともよくわかります。


学校法人のガバナンスの議論は以下の通り、三段階で進んでいきました。


@「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」(以下「有識者会議」)

  報告書 学校法人のガバナンスの発揮に向けた 今後の取組の基本的な方向性について」令和3年3月 19 日


A 学校法人ガバナンス改革会議(以下「改革会議」)

  取りまとめ 「学校法人ガバナンスの抜本的改革と強化の具体策」令和3年 12月3日



B学校法人制度改革特別委 員会(以下「特別委員会」) 令和4年1月7日設置。


有識者会議は議論のYouTube公開などされており、しっかりとした議論が展開されていたと思いますが、二つ目の改革会議は第1回目から「日程の件ですけれども,いろいろな審議会がありますが,ヒアリングをこれほど回数やらなければいけないのかどうか。しかも骨太の2021年で基本方針が示されており,やるべきことはもう決まっているわけでありますから,(中略)少なくともこの方針に賛成でない人の意見を幾ら聞いてみても,この会議のミッションとの関係で意味がないのではないでしょうか。」といった意見が飛び出すなど、驚きの議論がまかり通っていたので、各方面から大反対が起こったという経緯があります。



 もちろん、「ガバナンスが十分に機能」するための措置には、誰も反対はないでしょう。しかしガバナンスの議論が「機能」面ではなく、絵にかいた餅の「形式面」での解決で決着をみていることに問題の本質があるように思います。


 この種の議論が外部からは「改革派対既得権益者」という構図で見られがちですが、問題の本質は違うところにあると思います。


 また、会計監査人の設置を義務付ける結論が用意されているときの真の利害関係者とは誰なのかも考える必要があるでしょう。


 公益法人では会計監査人設置法人とその他の法人で勧告を受けた比率に差がなかったこともよく知られた事実でした。


 ビジネスセントリズムを廃して、評議員会とは何なのか、株主の関心と、評議員の関心とは同じなのだろうか、コーポレート・ガバナンスを入れることで本当に解決しうるのか?といった本質論を是非議論していってもらいたいものです。


”Good Governance” 信仰の宗教からいち早く脱してもらいたいものです。


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