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民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー (by 出口正之)

日本の民間公益活動に関する法制度・税制は、10数年にわたって大きな改善が見られました。たとえば、公益認定等委員会制度の導入もその一つでしょう。しかし、これらは日本で始まったばかりで、日本の従来の主務官庁型文化の影響も依然として受けているようにも思います。公益活動の増進のためにはこうした文化的影響についても考えていかなければなりません。内閣府公益認定等委員会の委員を二期六年務めた経験及び非営利研究者の立場から、公益法人制度を中心に広く非営利セクター全体の発展のためにブログをつづりたいと考えております。


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日本尊厳死協会の勝訴確定と「パターナリズム漸増仮説」 [2019年12月01日(Sun)]

 一般財団法人日本尊厳死協会の不認定処分取消の裁判について国が上告を断念し、国の敗訴が決定しました。協会の皆様のご尽力に改めて敬意を表したいと思います。上告を断念した国の英断にも拍手を贈りたいと思います。

 以下は出口(法律家ではありません)の法律に関しては素人の解釈ですので、十分にその点を踏まえてお読みください。


 高裁では、判断代置方式(公益認定そのものを公益認定等委員会に代わって行う方式)を退けて,「公益認定に係る不認定処分が違法となるのは, 内閣総理大臣の判断 がその裁量権の行使としてされたことを前提とした上で, その判断が重要 な事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと 認められる場合に限られる」として、その裁量権の行使の過程に着目した方式を採用しています。

その上で 


 ある事項については「前提となる解釈に誤りがあるか,事業目的の評価が明らかに合理性を欠くといえる」し,別の事項については「その前提となる事実を認めることができないか,重視すべきでない考慮要素を重視するなど,考慮した事情に対する評価が明らかに合理性を欠い」ていることから、「登録管理事業が『不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するもの』に当たらず,公益目的事業に該当しないとした判断は, 社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものとして裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。」と非常に手厳しい判決となっています。


 つまり、立法趣旨から非常に狭くなった裁量権の行使の過程が「著しく妥当性を欠く」ときに裁判所は違法と主張でき、今回はそれに相当するということです。また、公益認定等委員会の判断の過程にこれほどまで踏み込まざるを得なかった点も注目されます。


 実は、このブログでは「箸の上げ下ろしを止めるといっていた立法趣旨はどうなったのか」ということを問い続けていましたので、高裁の判断はブログの主張と一致しております。


 以下は出口の専門性(非営利研究者)に基づく記述です。

 かつて、出口はこの事態をある意味で「予言」しておりました。裁量性を「結果の裁量性」と「過程の裁量性」に分け、「箸の上げ下ろしの指導」を政府によるパターナリズムとして捉えております。「結果の裁量性」とは、認定するかしないかのところであり、「過程の裁量性」とは、考慮すべきでないことまであれこれ考慮して介入することです。その上で、公益認定制度は時間軸に対して漸増的にパターナリズムが増大する可能性があることを主張し、そのことを「パターナリズム漸増仮説」と呼んでいました(出口正之2015年「主務官庁制度のパターナリズムは解消されたのか」岡本仁宏編著『市民社会セクターの可能性 110年ぶりの大改革の成果と課題』関西学院大学出版会 pp79-106)。


 これは公益法人制度では具体的な問題事例が生じると、パターナリズムの事例が蓄積し、徐々にパターナリズムの状態が増大していく可能性があるからです。とりわけ、法人側の問題については、立入検査の情報、報告徴収、勧告、(命令)、取消しといったことで情報がどんどん溜まっていきます。それにどうしても引きずられてしまうでしょう。


 案件ごとに多数決で決していければよいのですが、日本社会はなかなかそのような文化が浸透しません。その結果、委員の中で誰かひとりが法人に干渉するような提案を行うと、そのまま、法人への委員会としての過剰な干渉へとつながりかねないのです。


 これを避けるには蓄積したパターナリズム思考を理念的に一挙に撤廃することが必要であることも主張していました(「パターナリズム理念型撤廃仮説」)。制度改革はそのようにして行われました。


 「著しく妥当性を欠く」とまで言われたことについては、重く受けとめるべきでしょう。公益認定等委員会自体が知らず知らずの間に変化していったことを、今一度見直し、しっかりと原点に返る良い機会だと受け止められては如何でしょうか。



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