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民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー (by 出口正之)

日本の民間公益活動に関する法制度・税制は、10数年にわたって大きな改善が見られました。たとえば、公益認定等委員会制度の導入もその一つでしょう。しかし、これらは日本で始まったばかりで、日本の従来の主務官庁型文化の影響も依然として受けているようにも思います。公益活動の増進のためにはこうした文化的影響についても考えていかなければなりません。内閣府公益認定等委員会の委員を二期六年務めた経験及び非営利研究者の立場から、公益法人制度を中心に広く非営利セクター全体の発展のためにブログをつづりたいと考えております。


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会計関係者の論理矛盾を剥ぐ―その3 [2019年10月18日(Fri)]

 会計学者の大御所のお一人、「柴健次先生の会計学の研究会」(以下「柴研究会」)での話の続きで、この話題はとりあえず今回が3回目で最終回のつもりです。


少々長くなりますが、お許しください。


今まで自分の報告のタイトルを申し上げていませんでしたが「アウトサイダーから見た論理矛盾」と銘打ちました。


l  なぜ、内閣府の公益認定等委員会委員である公認会計士は、内閣府休眠預金等活用審議会において公益法人に関して15回発言し、そのうち14回も間違えたのか。

l  なぜ、内閣府公益認定等委員会会計研究会は公益法人が大中小の規模別に三区分されているのに小規模法人は定義できないとしたのか。

l  ほとんどの外国では公益法人(チャリティ)に規模別会計が導入されているのに、なぜ、著名な会計学者は規模別会計規制を行っている国がほとんどないと言っているのか。

l  公益法人には関連当事者の概念があるにもかかわらず、なぜ、「関連当事者の概念がない」と内閣府の「新公益法人制度10年を迎えての振り返り」報告書(以下「10年の振り返り」)には記載されているのか。

l  10年の振り返り」には「適切な業務執行が行われているかという点について、法人の外部からの視点、すなわち、国民による外部からの監視も重要である」と記載しながら、なぜ公益認定の会計研究会の議事録を公開せずに、「外部からの監視」ができないようにしているのか。

l  10年の振り返り」には、「十分な牽制効果が働く よう、外部性(独立性)が担保される者が役員等に選任されることが望まれる」と主張しながら、公益認定の会計研究会には会計関係者だけで議論し、外部の者を入れようとしないのか。

l  各国のチャリティには現金主義が認められているのに、なぜ、日本では公益法人が「発生主義でない」という理由が掲げられて解散までさせられたのか。

l  上記の他にも次々と論理矛盾があるが、それらは会計に集中しているのはなぜか。

l  なぜ、これらの論理矛盾が修正されずに放置されているのか。


といったような疑問を会計学者にぶつけていきました。


これらは出口の理解を超えることでしたので、会計学者にぶつけてみたのです(なお、時間の関係で柴研究会では上記の疑問すべてを報告しておりません)。


なお、出口はこの論理矛盾はたまたま変な人がいただけだというような個人レベルの問題としてでは説明できないと思っています。現にこの中には小生が尊敬する会計学者も交じっております。ここではそうした個人に対する攻撃がしたいわけではなく、ここまで次々に会計に関して論理矛盾が発生していることを、アウトサイダーとして指摘したまでです。


さらに次の論理矛盾に行きつきました。


l  非営利法人の会計監査人設置が法律で義務付けられているにもかかわらずに、非営利法人会計については官も民もその能力を担保していないという論理矛盾です(会計関係者の論理矛盾を剥ぐ―その1参照)。

l  外国の公認会計士の資格者(一部例外を除く)にすら、監査をさせないという「会計士の質の担保」に傾注しながら、「非営利会計の公認会計士の質の担保」は全くしないのかということも同じ種類の論理矛盾です。

l  さらに、休眠預金等活用審議会で審議会委員の中で公認会計士の委員だけが「審査アドバイザー」として別格の立場を与えられるのはなぜか、という疑問も湧いてきます。



以下はこれらの論理矛盾を踏まえた上での出口なりの非営利法人会計に対する見方です。


利益を目的とし資本金のある企業会計と

利益以外の様々な目的を持ち資本金のない非営利法人会計とが

全く同じものだと思っている人はいないと思います。

  その上で次の二つの「立場」が出てくると思います。


@企業と非営利の会計はほとんど同じであるという考えに立脚する「同一説」

A企業と非営利の会計は重要なところで異なるという考えに立脚する「相違説」


非営利法人の会計を体系的に考えた最初の会計学者である番場嘉一郎先生(故人)は熟考の上「相違説」をとっています。また、柴健次先生も非営利組織はミッション遂行会計となり、目的が企業とは異なるのであるという理由で「相違説」をとっていることになると理解しています。私は十分に理解していなかったのですが、この「相違説」を唱える会計学者は小生の想像よりも少なくはありませんでした。


他方で、調査したわけではありませんが、会計関係者のうち、「同一説」を取る人は、数の上では圧倒的に「相違説」の方より多いのではないかという印象を持っております。


「同一説」を取る人は、企業と非営利法人の違いについて「思考停止」とまでは言いませんが、少なくとも「鈍感」になっているように見受けます。会計にとって企業も非営利も同じであることを延々と繰り返して、「相違説」の人を説得しようとしています。これについては何度も現場を見ていますし、柴先生も同様のことを言われたご経験があったようです。「同一説」の「根拠」を語る時に、「どちらも資産の増加と減少という点で同じである」というのは、単なるトートロジーでしかありません。したがって、「同一説」の人と「相違説」の人の話を「アウトサイダー」として聞くと、延々と「同じだ」「違うではないか」と相互に繰り返しているようにだけ見えます。


相違があるのは事実ですから、「同一説」を唱えようとするならば、「相違説」を取る場合の問題点を指摘しなければならないと思います。


「相違説から出発してあるべき会計基準としての同一説が導かれる」のならば、それを採用することに対して何も言うつもりはありません。ここで問題にしているのは単なる「論理矛盾」です。「同じだから同じである」ということを繰り返すならば、マイノリティ(非営利会計の世界で生きてきた人々)にとっては、マジョリティ(企業会計の世界で生きてきた人々)のルールに従えという圧力に見えてしまうのです。


これを「ビジネスセントリズム」(企業中心主義)と呼ぶことにしました。


「同一説」を取っているから人から見ると、公認会計士の試験に非営利会計が入っていないという「論理矛盾」すら「論理矛盾」であることを理解していただくことが難しくなります。そんなことはどうでもよく、小生の疑問など何を言っているのか理解できないことでしょう。これがマジョリティの論理の恐さです。


「同一説」に対する疑問は「同一説」で反駁されやすい傾向にあるように見受けられます。

「公認会計士の試験も司法試験も同じではないか。全範囲が試験対象とはなっていない」と。こう言った場合に、次の点の思考につながるのでしょうか?


l  同じ業務独占の国家試験である公認会計士試験と医師国家試験は同じなのか異なるのか。


医師国家試験は、「二つの例外」を除いて皮膚科や外科などのすべての「科」が試験に課されます。それゆえ、医師国家試験に合格すれば、「法的」には、すべての「科」の治療ができます。さらに、民間資格としての「専門医」制度があります(専門医資格はそれぞれの学会が出しています)。したがって、皮膚科のお医者さんが、ある日突然、胃の手術をことはありません。


ところが、公認会計士の世界では、ほとんどの人が「同一説」をとっていますから、企業会計しか知らない人が、ある日突然、非営利会計の政府の委員になったりします。


l  そこで「公認会計士ならば非営利会計はわかるはずだ」という方に問いたいと思います。「あなたは皮膚科の先生に胃の手術をしてもらうことに抵抗はありませんか」と。


実はこの問いかけも、必ずしも正確ではありません。皮膚科の先生も外科を含めた試験を通っているからです(私の論点は試験をするかしないかという点ではありません。念のため。質の担保と法定義務との間の論理矛盾です)。


実は会計の「同一説」に医師の比喩を使うのなら、試験範囲に入っていない二つの例外に着目しないといけません。それは「歯科」と「獣医」であり、もはや「医師」という名称の外にあります。


「同一説」の方は次の思考実験にお付き合いください。

あなたのお子さんが病気になりました。そこへ獣医がやってきました。そして治療をしようとします。そしてあなたは叫びます。「この子は人間です。動物とは違うではありませんか?」そして「同一説」に固執する獣医は堂々と言います。

「何を言っているのですか。動物も人間も同じ生き物です。肺もあれば胃もあります。呼吸もすれば、血液も流れています。同じではないですか?」


ここまで長文を読んで頂いた方には感謝します。これで私には「変人」のレッテルが次々と貼られるかもしれません。「常識」に挑戦するということはそういうことですから。

ついでに言えば私に「変人」のレッテルを貼ることは、それこそイソップの"Sour grapes"でしょう。むしろ是非論理的に論駁してもらいたいと願っております。


ただし、「アウトサイダーから見た論理矛盾」という指摘は、最終的には会計関係者にはご理解いただけるのではないかと思っています。


なぜならば、会計関係者はこぞって以下のことに賛成しているように感じているからです。


l  企業には外部役員を入れるべきだ!!!!


よもや、アウトサイダーの指摘に「変人」のレッテルを貼るだけで終わるわけはないと思っております。


幸いなことに柴研究会では、小生のことを「変人」扱いする人はいませんでした。さすがに学者の集まりだなと感服しました。

どうやら「公会計」の分野でもビジネスセントリズムの弊害が出ているようです。

そして、最後に柴先生はこうおっしゃいました。


「これは会計の話ではないですね。」


その通りです、私の専門の話なのです。

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