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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
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第14回留学奨学生帰国報告会、開催[2020年12月25日(Fri)]
第14回留学奨学生帰国報告会、開催

去る11月3日(火・祝)、初の試みZoom を使ったオンラインで、8月に帰国した第12期西雄也奨学生による帰国報告会を実施しました。参加者は、首都圏以外の方が半数近く、北海道から九州・沖縄まで全国各地からご参加頂きました。

Fukushima.jpg
司会は、西奨学生と同期の福島12期生

帰国報告 西雄也(第12期生)
「アメリカのろう教育におけるデフアートーDe'VIA(デビア)カリキュラムを通してー」
Nishi.png
「De’VIA にはろう者の文化や歴史、ポジティブなことやネガティブなこと等が表現された作品があり、作品を観たろう者は共感を得たり、ろうアイデンティティを知るきっかけとなる。De’VIA をろう教育関係の現場に取り入れ、実践し、ろうの子ども達へのろうアイデンティティの発見の手助けやろう者の問題に対する意識づけなどに繋げていきたい。」

同窓会企画
米国、大学、ろう文化などから、みんなが楽しめる三択クイズを出題。Zoomの投票機能を使って、みんなで楽しみながら、クイズに挑戦しました。
Photo1.JPG
進行担当は盛り上げ上手な牧谷11期生(右写真)〈Zoom画面から〉

参加してくださったみなさま、ありがとうございました
今後とも、ご支援のほど、よろしくお願いします。


*2021年度 第18期生 4月募集開始(予定)です*
2021年4月に日本財団からの助成が正式に決定後、事業実施が確定します。

<お詫び>投稿が遅くなり、申し訳ありませんでした。

事業担当:根本
Posted by 事業担当者 根本和江 at 11:01 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL
2020年11月生活記録【第16期生 大西啓人】[2020年12月07日(Mon)]


※手話内容はブログ記事と同様です。
※日本語字幕はついていません。

今月は「良い教育者」について考えたいと思います。授業の一環でとても感銘を受けた内容があるのでそれを投稿します。

もしもあなたが以下のような学校の校長ならどうしますか?
生徒が同級生や先生からいじめにあったり、暴力などで非行が酷かったり、特別な支援が必要な生徒が支援を受けられなかったり、授業の質が低いことで成績が伸びなかったり、教育をうけるために必要な備品がなかったりなど、とても“学校”と呼べない状態の学校があります。あなたはどのようにアプローチやプログラムを提示しますか?

以下の動画は実際にこのような学校に校長として赴任した女性の体験を話されています。


動画の内容で重要なポイントを私なりにまとめてみました。教育者を目指す者として参考になれば幸いです。

@  "If you are going to lead, Lead."
「リーダーが先頭に立つことで、みんなを導く」


校長が自ら先頭に立ち、学校に沿った教育指針や方向性を提示することによって、教職員はどのように行動するべきか理解できるようになります。もちろん教育者は一人だけでは成立しません。<チームとして一丸となり問題に対処することが求められます。

A“So what, Now what?”
「結果や事実より、今後どうするか大事よね?」


重要なのはこれまであった事実について考えるより、今後どうするべきかを考えることです。教育者全員が学校の抱えている問題を今後どうするか各々が考え、今後の方針を決定し、解決に導くことは学校を発展させることにつながります。

B“If nobody told you they loved you today, Remember I do”
「もしあなたを愛してるという人がいないならば、私が言いましょう」


教師が本当に生徒に対してしなければならないことは無条件に生徒の可能性を信じること<生徒を愛することです。生徒が夢を語り、目標に向かって努力することができる環境を整えるには教育者の正しい導きが必要不可欠です。また教育者は「なぜ校則があるのか」「何のために勉強するのか」といったあらゆる疑問を持っている生徒に対し、その価値を伝えることで生徒に対して期待をしていると伝えることが求められています。

C何のために学校があるのか?
それは【生徒たちが世界に向けて舵をとるための知識と精神の成長を促す場所】です。

ここまで長くなってしまったので、
私の考えを短くまとめて載せます。より議論したい方はぜひ声かけてくれると嬉しいですひらめき

もし私が校長なら、
チームで取り組むことを忘れずに物事や問題に対処したり、生徒の言動を観察し、次にどうするべきか常に考えたり、生徒の可能性を信じることはもちろんですが、教師に「学校がもつ目的は何?」「生徒は何のために学校にくるのか?」を常に意識させ、それを維持します。常に意識できるように維持するために教師同士で議論する場を設けたり、生徒を常に見守る環境を整えることに尽力します。教師は授業の質や成績を向上させる義務がありますが、生徒を大切に思う気持ちを持つことこそが教師に必要なことだと思います。

あなたはどのように考えますか?
Posted by 大西 at 09:39 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年11月生活記録【第16期生 皆川愛】[2020年12月07日(Mon)]
コロナ禍で再浮上した社会の格差や不公正さについて、ろうの問題と関連づけて考えてみたいと思います。

新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、全世界で感染者数を伸ばしています。患者数の爆発的増加により医療ひっ迫が問題となり、助かるはずの命が助からない事態が起きています。誰を最優先に治療するのか、いわば誰を犠牲にするのか、また中には医療費の懸念から受診せず、治療を受けられないような人も現に出ています。こうして不平等と言われるようなことが起こりうります。

ワクチンに関しては異例のスピードで開発と臨床試験が行われ、今月にはいくつかの国でワクチン承認や摂取が始まることがわかっています。
病原体が確認できてから1年以内でのワクチン開発は歴史的にも初めてです。それだけ科学が進歩しているということ、またこのパンデミックがどれだけの脅威を持っているのかを実感させられます。
そしてこのワクチン接種にあたり、私は公衆衛生上のいくつかの懸念を持っています。一つの大きな問題はワクチンの分配です。まず誰に届けられるのか。市場原理に従えば、多くの投資をした者や国に先ず配給されます。欧米諸国は既にこのワクチンの開発に巨額の資金を投じています。そして、現にロシア、アメリカ、イギリスが主導権を握っています。日本も後に追う形で確保を見込んでいます。
このように先進国と発展途上国で格差が見られています。

「コンテイジョン」というハリウッド映画では、架空の新型ウイルス感染症のパンデミックにおける一つのシナリオを見ることができますが、まさにこれが現在起こっています。ワクチン接種の順番をくじ引きで誕生日順に決めるシーンがあります(これはまさか現実世界では起こらないと思いますが)。興味ある人はぜひ。
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この映画では、アジアでウイルスが動物から人へ伝播し、最初に感染した存在としてアジア人が疑いをかけ、責められ、そして白人がパンデミックから救うヒーローストーリーに仕立てられています。このシナリオ自体が差別構造を生んでいるように個人的には思っています。

米国では白人警官による首を膝で押さえつけられて死亡した黒人のジョージフロイトの残忍な死をきっかけにブラック・ライブズ・スマター”Black Livrs Matter “の運動が更に盛んになりました。このムーブメントは今年始まったものではなく、黒人に対する警察の残忍行為をきっかけに2013年に始まった人種差別抗議運動です。
そして、「人種差別を公衆衛生の問題として扱うべき」という主張をよく見るようになりました。

日本でも新型コロナウイルス関連のニュースから、公衆衛生という言葉を見かけるようになったと思います。公衆衛生は文字通り、「公衆=社会の人々」の「衛生=清潔や健康」を保つことです。
感染症対策は多くの人々に影響を及ぼす疾患ですから、公衆衛生において一つの大きなイシューです。人種差別もそうなのか、ということなのですが、社会の格差や不公正に取り組む点で、公衆衛生が取り組むべき課題と言われています。これが3月の生活記録でも触れた健康格差です。

なぜ社会には格差が起きるのか、「人種」という身体的特性に起因するものではなく、「経験や環境」によって身体に取り込まれるといいます。
1800年代から人種間に健康格差があるとデータが打ち出されていますが、その理由は医師の都合のように解釈されていました。結核に感染した黒人のうち28%もの人が死亡しているのに対し、 白人は14%しか死亡していないことについて「黒人は寒い気候に向いていないから」などと、人種間の病気の差は黒人が白人に比べて劣っていることによると説明しました。生物学的特性に帰結したのです。実際は、黒人奴隷が強いられている密集した居住環境や、その他の劣悪な生活環境、すなわち衛生状態が影響していました。

こうして、人種というのは、単なる肌の違いという生物学的な分類ではなく、白人による黒人の弾圧の中で生まれた社会的な分類と考えることができます。公衆衛生は、健康格差という明白な結果について、社会の格差や不平等で説明しようとしています。差別があるところに健康格差が生じるわけです。
悲しいことに今日でも黒人の死亡率が極めて高いという1800年代の結核と同様のデータは、新型コロナウイルス感染症に起因した死亡率にも見出すことができます。

そして、この考え方はろう社会の格差にも適用できると思っています。
歴史的に語られてきた聴覚障害者が劣っているという考え方は、身体的特性に帰結したものであり、それを取り巻く教育環境や社会的システムについては無視されてきたのです。
ろう児を取り巻く音声中心の言語環境はなぜ今日も続くのか?保険が適用できる人工内耳のマーケティングと行政からの補助が一切ない手話のマーケティングとの力関係を見れば明らかです。

冒頭のワクチンの話に戻りますが、金銭的動機の市場原理に従うと、格差は間違いなく続きます。ろうの子どもたちにも補聴器や人工内耳のマーケティングが影響しており、今後はさらに格差を繰り広げる可能性があります。
世紀に稀なるパンデミックは社会における格差を改めて浮き彫りにし、私たちに投げかけているように思います。

寒さも増してきましたので、お大事にしてください。
Posted by 皆川 at 09:11 | 奨学生生活記録 | この記事のURL