今月は医療機関における手話通訳についてです。
動画はこちらより日本でもコロナ禍でビデオ電話による遠隔手話通訳の導入が一部地域で始まりましたね。
先月は付き添いやお見舞いのために私自身が米国の病院に訪問することがあり、
その時に医療機関での手話通訳の様子を垣間見ることができました。
訪問した病院の手話通訳体制が米国の全ての病院に適用するとは言えないのですが、
一例として紹介させてください。
1. 医療機関での手話通訳設置の義務付け米国では障害を持つアメリカ人法(ADA法)と1973年のリハビリテーション法によって
週20時間以上働く15人以上の従業員を雇用している機関や団体は、
医療を含めたサービス提供において合理的配慮の提供が義務付けられています。
合理的配慮の提供を怠った場合は、ADA違反として裁判で争われる可能性があります。
つまり、日本のようにろう者が自身で手話通訳を依頼するのではなく、
ろう者にニーズがある限り、
医療機関側が手話通訳を提供する必要があるのです。
米国はその裁判がかなりの数で行われており、特にろうに関する問題は、
全米ろう連盟(Natinal America of the Deaf: NAD)の法アドボカシーセンターに
所属する弁護士団がコンサルを担い、訴訟を手伝ってくれます。
センターのホームページは以下より
https://www.nad.org/about-us/law-advocacy-center/2. 対面手話通訳か遠隔手話通訳かそのような中で、米国は医療機関において対面通訳(On-site/ In person interpreting)か
遠隔通訳(Video Remote Interpreting: 以下VRI)かという議論が従来よりなされていました。
日本では遠隔手話通訳がまだ普及していないのでイメージしにくいかもしれませんが、
皆さんが利用者の場合、実際に現場に来る手話通訳と、画面上の通訳どちらが望ましいでしょうか。
この好みは個人差があると思います。
病院にとっては対面よりも、通訳者の地理的要因に作用されずにすぐに手配できる遠隔通訳の方が、
費用対効果面でも迅速性の面でも都合が良いことはこれまでもよく言われています。
対面通訳の場合は、その医療機関に常に通訳者を設置しなければならず、
ろうの患者がいないときでもコストを支払わなければなりません。
それに対して、遠隔通訳はタブレットとネット環境さえあり、契約している通訳者が空いていれば、すぐに接続が可能です。
これに関して、全米ろう連盟(National Association of the Deaf: NAD)は、
医療機関における遠隔通訳の仕様について次の声明を表示しています。
(英語による文章とアメリカ手話による動画で掲載されています)
↑画像をクリックすると、リンク先に飛びます。
3. どのような場面で遠隔通訳が許容され、許容されないのか司法省(The Department of Justice: DOJ)によると、
遠隔通訳はあくまでも対面通訳が使えない場合の「代替方法」として提案されていますが、
現状として医療機関は遠隔通訳の使用に甘んじています(NAD, 2016)。
規約では
以下の場合において遠隔通訳での提供を許容しています。
・予約なしの受診の場合、対面通訳の到着を待つまで(2時間以内)
・患者の滞在時間が2時間未満である場合
・患者自身が対面通訳を特に希望しなかった場合
さらに以下の患者の状態の場合は、
対面通訳を強く推奨しています(NAD, 2016)。
・
ろう盲者など、触手話(Protactile American Sign Language: PTASLという)が必要な場合
・患者に色弱や弱視があり、
画面上ではアクセシビリティ保障のための調整が不可能な場合
・患者の容態が不安定で、深刻な場合(
開眼できないなど)
・患者の身体可動性が制限されている場合(手腕が動かせないため伝達が困難、顔や目を動かせず画面に注視できないなど)
・患者の痛みや薬物の影響、感情や精神状態のために、
認知や理解に影響がある場合・遠隔通訳のタブレットの可動性に制限があり、スペース的に不可能である場合
・大多数による情報の
やり取りが素早く、複雑である場合・生命に予後を及ぼす、リスクが非常に高い診断や治療に関する話し合いを行う場合
Kushalnagar(2019)らの調査によると、テレビ電話による遠隔通訳を利用したろう者は、
対面通訳のみの利用者に比べて、遠隔通訳は自分の健康状態を話す妨げになり、
それが遠隔通訳の満足度の低下につながったという報告があります。
この調査でも報告されているように、
遠隔通訳は
精度の高いビデオ品質(そのためのネット環境と高い画素数を持つタブレット)と、
医療に親しく、かつ遠隔通訳独特の専門性を備えた手話通訳者の確保が必要です。
4. 遠隔通訳を利用した実際のろう者と私自身の経験実際、私は付き添いの立場で、救急処置室(ER)、術前室、待合室、病室など様々な場面にてこのVRIを使用しました。
コロナ禍で、対面通訳は感染リスクが高いために、全ての場面においてVRIという形での提供でした。
どの場所にもこのようなカートが設置され、タブレットには通訳用のアプリがインストールされてあり、
アメリカ手話による通訳を利用することができます。
真ん中の青いのは音を拾うマイクだそうです。
ちなみに、アプリは、アメリカ手話のみならず、日本語、スペイン語、中国語など多言語に対応しておりました。
この操作は基本的に医療者がします。
それぞれの病室の入り口のボードには本日の担当の看護師、通訳の必要の有無、希望言語が表示されていました。

(↑電子ボードにその日の担当看護師と看護助手の名前に加えて、通訳の必要性:有、希望言語:アメリカ手話と書かれています)
病室に訪問する医療スタッフは、毎回これを確認して、必要時病室内にある通訳カートを利用していました。
配膳を持ってきて「どこに置く?」、看護師が「点滴を入れます」といった身振りで済むような
短いコミュニケーションでは、使用しないという場面もありました。
私は米国の医療機関で対面通訳を利用したことがないので、比較としてはなんとも言えないのですが、
実際に私が利用した遠隔手話通訳の質はかなり高いと評価できるものでした。
画面越しに存在し、点滴につながれ、片腕しか動かせない患者の手話も的確に読み取ることができていました。
片腕だけで表現できる手話表現もありますが、両手の動きや形が不可欠な表現も多くあり、
文脈や表情で補えるというのは、これはかなり高い技術が必要だと思います。
そして、これは私の個人的な印象ですが、医療用語の英語では、略語が多く、多くは指文字で表示されます。
「IV」と言った略語が表示された時に、患者が何?と聞くと、通訳は医療者に「IVとは?」と聞きます。
こうして医療者から「静脈を介した注射、すなわち点滴のこと」といったように詳細の説明を聞く機会がありました。
医療者も話すときは通訳画面ではなく、患者や家族の方を見てくれるので、疑問に思う箇所や質問のチャンスを見逃さないでくれました。
米国では手話通訳の手配を医療者側が行う、具体的にはそのタブレット通訳アプリを医療者自身で開き、
通訳費用を医療者が自己申告し、その医療機関の予算から捻出するという点で、
医療者側における手話通訳者と協働する姿勢を感じられました。
通訳者がいなければ、医療者にとって患者と効果的なコミュニケーションを取る術を失うことになるのです。
ろう者が通訳に依存するのではなく、医療者が通訳に依存するのです。
こうした意識は、医療者側にコミュニケーションの必要性と責任を喚起する点で、必要だと思います。
5. まとめ医療現場における専門性を備えた手話通訳者の育成、設置体制は取り組むべき一つの課題です。
遠隔手話通訳についてまとめると、
・遠隔手話通訳は、医療者とろう者とのコミュニケーションを結ぶ一つの手段となりうる
・ただし、患者の好みや、患者の状況に応じて対面手話通訳が望ましいケースも多い
・医療場面における遠隔手話通訳においては、高い通訳技能はもちろん、医療用語の知識や表現に加え、2D画面での通訳に耐えうること、また患者の状況に応じて必要時アドボカシーできることが必要になる
・対面か遠隔か否かにかかわらず手話通訳を適切に利用し、協働できる医療者の姿勢と技術の育成が必要である
<参考文献>
Kushalnagar, P., Paludnevicine, R., Kushalnagar, R. (2019). Video remote interpreting technology in health care: Cross-sectional study of deaf patients’ experience.
JMIR Rehabilitation and Assistive Technologies, 6(1), e13233,
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6431824/National Association of the Deaf. (2016). Position statement: VIR services in hospitals. Retrived from
https://www.nad.org/about-us/position-statements/minimum-standards-for-video-remote-interpreting-services-in-medical-settings/