
2020年6月生活記録【第16期生 皆川愛】[2020年07月08日(Wed)]
今月のテーマは感覚のヒエラルキー(階級構造)です。
動画はこちらより
@はじめに(0:04)
A感覚のヒエラルキー(0:48)
B感覚のヒエラルキーを強化づけるもの(3:47)
C感覚のヒエラルキーのろう教育への適用(5:23)
Dまとめ(10:35)
12月の生活記録でも触れましたが、人間を理解するのに、感覚は一つの重要な枠組みとなります。
@感覚のヒエラルキー
そこで、Classen(1997) は、感覚にはヒエラルキー(階級構造)があると重要な指摘をします。
このヒエラルキーは、社会における言説となるイデオロギー、それに関連した訓練によって、成立しています。
例えば、以下のイラストは、現代社会で使われるメディア媒体を示しています。
多くはどの感覚に依拠しているでしょうか。
電話やラジオは聴覚、
新聞やインターネットの文字情報は視覚、
テレビはどちらもと言ったように
聴覚と視覚の活用が重んじられています。
ニューヨークのタイムズスクエアは、
写真の通り視覚情報によるコマーシャルで溢れかえっています。
これらは世界の動向を把握するメディアとなり、
それにアクセスできるか否かで、
人間が評価されるような世の中になってしまったのです。
そして、嗅覚や触覚、味覚を劣位に追いやってしまうのです。
これを感覚抑圧というのではという指摘もあります。
一方で、Bahan(2015)の感覚的志向の章では、嗅覚の重要性が描かれます。
それは、著者が出会った南アフリカのザンビアに住むろう者の話で裏付けられます。
彼はジャングルの近くの町で育ちました。ジャングルにはライオンなどの獣がいるわけで、
ジャングルを通る際は命がけです。
どうやって獣が近づいていることを把握するのかと尋ねたところ、
「匂いでわかるさ」と彼は言うのです。
米国で育った著者にとってこの感覚はないに等しいものでした。
そこで、環境やそれに関連づけられた訓練によって、
感覚の優位性が変化することを知ります。
A感覚のヒエラルキーを強化づけるもの
西洋では、伝統的に感覚的イデオロギーはジェンダー、そしてそれに関連した訓練によって強化されていると言います(Howes, 2009)。
訓練というのは具体的には、教育やその職業の養成課程に見られます。
男性的な活動は、学問、軍事、監督、芸術など、視覚と聴覚に依拠する傾向があり、理性的な感覚(rational senses) と呼ばれます。
女性的な活動は、手芸や料理など嗅覚、味覚、触覚に関連するものが主であり、肉体的な感覚(corporeal senses)と考えられてきました。
そして、この視覚・聴覚に依拠する活動がハイカルチャーで、
それ以外をローカルチャーとして位置付けられてしまうのです。
この状況に問題意識を向けたのが、
先月の生活記録で触れた初期のカルチュラルスタディーズです。
いわゆる上部構造であるハイカルチャーに焦点化されるというものです。
B感覚のヒエラルキーのろう教育への適用
ろう教育で長年議論されていることは大雑把に言えば、
口話か・手話か
です。
全世界において、記述されているろう教育の始まりは、
1780年代後期から1800年代初期に見られます。
重要人物がジャン・イタール(Jean Itard)で、
アヴェロンの野生児のヴィクトール (Victor) の教育医として有名です。
推定11歳から12歳にジャングルから捕獲されたヴィクトールは、
言語を習得しておりませんでした。
さらに、ジャングルの中で、四足歩行し、落下しているクルミの実などを食べて過ごしていました。
イタールは、訓練によって、感覚を矯正・修復できると信じ、5年間、熱心に教育しました。
この時のイタールの記述から、まず聴覚を矯正し、次に視覚、最後は味覚を鍛えたことがわかっています(原文をもとにLane, 1976によって記述)。
そして、結果的に触覚・味覚・嗅覚の3つはほぼ回復しましたが、視覚と聴覚については改善が見られなかったと言います。
当時は活字印刷技術がまだ進歩しておらず、視覚の重要性は認識されていませんでした。
そうしたこともあり、言語習得においては聴覚の活用が重要と考えられていました。
後にイタールは、フランス国立パリろう学校の学校医となり、
ろう児を聴力検査でふるい分け、さらに口話教育で聴覚機能を矯正しようとしました。
(昨年の世界ろう者会議参加時に訪れたフランス国立パリろう学校の校門)
こうした経緯が後のろう教育、1880年のミラノ会議での口話
教育の決議に影響を与えたと言われています。
Cまとめ
感覚は、人間において、言語の使用、刺激の受容、世界を把握するために不可欠です。
5感において優劣性はないはずです。
しかしながら、環境や感覚の優位性を強化づける訓練といったシステムによって、感覚の階層構造が成立してしまったのです。
そして、これは今日のろう者の生活、ろう教育にも影響しています。
今一度、感覚とは何か、社会の構造を紐解くことで、突破口が見えてくるかなと思います。
<参考文献>
Bahan, B. (2014). Senses and culture: Exploring sensory orientations. In H-D. L. Bauman & J. Murray (Eds.), Deaf Gain: Raising the stakes for human diversity (pp. 223-254). Minneapolis: University of Minnesota Press.
Classen, C. (1997). Endangering perception: Gender ideologies and sensory hierarchies in Western history. Body and Society, 3(2), 1-19.
Howes, D. (ed.) (2009). The Sixth Sense Reader. Oxford: Berg.
Lane, H. (1976). The wild boy of Aveyron. Cambridge, MA: Harvard University Press.
こちら日本語版もあります
ハーラン・レイン(著). (1980)アヴェロンの野生児研究.
中野善達・松岡清(訳).福村出版

@はじめに(0:04)
A感覚のヒエラルキー(0:48)
B感覚のヒエラルキーを強化づけるもの(3:47)
C感覚のヒエラルキーのろう教育への適用(5:23)
Dまとめ(10:35)
12月の生活記録でも触れましたが、人間を理解するのに、感覚は一つの重要な枠組みとなります。
@感覚のヒエラルキー
そこで、Classen(1997) は、感覚にはヒエラルキー(階級構造)があると重要な指摘をします。
このヒエラルキーは、社会における言説となるイデオロギー、それに関連した訓練によって、成立しています。
例えば、以下のイラストは、現代社会で使われるメディア媒体を示しています。
多くはどの感覚に依拠しているでしょうか。
電話やラジオは聴覚、
新聞やインターネットの文字情報は視覚、
テレビはどちらもと言ったように
聴覚と視覚の活用が重んじられています。
ニューヨークのタイムズスクエアは、
写真の通り視覚情報によるコマーシャルで溢れかえっています。
これらは世界の動向を把握するメディアとなり、
それにアクセスできるか否かで、
人間が評価されるような世の中になってしまったのです。
そして、嗅覚や触覚、味覚を劣位に追いやってしまうのです。
これを感覚抑圧というのではという指摘もあります。
一方で、Bahan(2015)の感覚的志向の章では、嗅覚の重要性が描かれます。
それは、著者が出会った南アフリカのザンビアに住むろう者の話で裏付けられます。
彼はジャングルの近くの町で育ちました。ジャングルにはライオンなどの獣がいるわけで、
ジャングルを通る際は命がけです。
どうやって獣が近づいていることを把握するのかと尋ねたところ、
「匂いでわかるさ」と彼は言うのです。
米国で育った著者にとってこの感覚はないに等しいものでした。
そこで、環境やそれに関連づけられた訓練によって、
感覚の優位性が変化することを知ります。
A感覚のヒエラルキーを強化づけるもの
西洋では、伝統的に感覚的イデオロギーはジェンダー、そしてそれに関連した訓練によって強化されていると言います(Howes, 2009)。
訓練というのは具体的には、教育やその職業の養成課程に見られます。
男性的な活動は、学問、軍事、監督、芸術など、視覚と聴覚に依拠する傾向があり、理性的な感覚(rational senses) と呼ばれます。
女性的な活動は、手芸や料理など嗅覚、味覚、触覚に関連するものが主であり、肉体的な感覚(corporeal senses)と考えられてきました。
そして、この視覚・聴覚に依拠する活動がハイカルチャーで、
それ以外をローカルチャーとして位置付けられてしまうのです。
この状況に問題意識を向けたのが、
先月の生活記録で触れた初期のカルチュラルスタディーズです。
いわゆる上部構造であるハイカルチャーに焦点化されるというものです。
B感覚のヒエラルキーのろう教育への適用
ろう教育で長年議論されていることは大雑把に言えば、
口話か・手話か
です。
全世界において、記述されているろう教育の始まりは、
1780年代後期から1800年代初期に見られます。
重要人物がジャン・イタール(Jean Itard)で、
アヴェロンの野生児のヴィクトール (Victor) の教育医として有名です。
推定11歳から12歳にジャングルから捕獲されたヴィクトールは、
言語を習得しておりませんでした。
さらに、ジャングルの中で、四足歩行し、落下しているクルミの実などを食べて過ごしていました。
イタールは、訓練によって、感覚を矯正・修復できると信じ、5年間、熱心に教育しました。
この時のイタールの記述から、まず聴覚を矯正し、次に視覚、最後は味覚を鍛えたことがわかっています(原文をもとにLane, 1976によって記述)。
そして、結果的に触覚・味覚・嗅覚の3つはほぼ回復しましたが、視覚と聴覚については改善が見られなかったと言います。
当時は活字印刷技術がまだ進歩しておらず、視覚の重要性は認識されていませんでした。
そうしたこともあり、言語習得においては聴覚の活用が重要と考えられていました。
後にイタールは、フランス国立パリろう学校の学校医となり、
ろう児を聴力検査でふるい分け、さらに口話教育で聴覚機能を矯正しようとしました。
(昨年の世界ろう者会議参加時に訪れたフランス国立パリろう学校の校門)
こうした経緯が後のろう教育、1880年のミラノ会議での口話
教育の決議に影響を与えたと言われています。
Cまとめ
感覚は、人間において、言語の使用、刺激の受容、世界を把握するために不可欠です。
5感において優劣性はないはずです。
しかしながら、環境や感覚の優位性を強化づける訓練といったシステムによって、感覚の階層構造が成立してしまったのです。
そして、これは今日のろう者の生活、ろう教育にも影響しています。
今一度、感覚とは何か、社会の構造を紐解くことで、突破口が見えてくるかなと思います。
<参考文献>
Bahan, B. (2014). Senses and culture: Exploring sensory orientations. In H-D. L. Bauman & J. Murray (Eds.), Deaf Gain: Raising the stakes for human diversity (pp. 223-254). Minneapolis: University of Minnesota Press.
Classen, C. (1997). Endangering perception: Gender ideologies and sensory hierarchies in Western history. Body and Society, 3(2), 1-19.
Howes, D. (ed.) (2009). The Sixth Sense Reader. Oxford: Berg.
Lane, H. (1976). The wild boy of Aveyron. Cambridge, MA: Harvard University Press.
こちら日本語版もあります
ハーラン・レイン(著). (1980)アヴェロンの野生児研究.
中野善達・松岡清(訳).福村出版