新年明けましておめでとうございます。
昨年からこちらのブログを通して、さらに皆さんと対話する機会が増え、とてもありがたく思っています。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今月の一枚!国会議事堂とクリスマスツリーのコラボです。
今月はろうについて捉える際に役立つであろう二つの理論枠組み、
デフゲインと感覚的志向についてです。
「ろう」ってなんだろう。みなさんはどう説明しますか?
経験に基づいてろうについて語ることもできます。
医学の観点でみれば、聞こえないこととみなすこともできます。
動画はこちらより ()は開始時間です。
@はじめに(
0:00-)
ADeaf gain(以下、デフゲイン)(
0:55-)
BSensory orientation(以下、感覚的志向)(
6:38-)
Cまとめ(
10:40-)
@はじめに10月の生活記録でも紹介したソシュールによると、
言葉はその対象と、表意するいわゆる概念の双方が合致してこそ、その意味をなします。
「ろう」という言葉が表意するものはなんでしょうか。
先日も看護大学の学生に同じ質問をしましたが、
「耳が聞こえない」「口がきけない」といった医学的視点に基づく答えが返ってきました。
Goffman(1986)によると、物事をどう捉えるか、信念や視点、解釈というものは、
個々が知覚している世界を通して形成された枠組みの影響を大きく受けています。
「ろう」の概念についても同様のことが言えます。
個々の「ろう」の概念を変えるための試み、挑戦がろう者学の担う分野と言えます。Aデフゲインデフゲインは「
ろうについて感覚や生物学的多様性の観点で吟味し、捉える機会を提供する一つの枠組み」です。
そして、最終的には、ろう者の経験や強みが人間と社会の向上に寄与できるという考えです(Bauman & Murray, 2014)。
難しいですね、、ちょっと噛み砕いてみます。
提唱者の二人はギャロデット大学の教授であり、Bauman先生は私の指導教員でもあります。
そして、Murray先生は今年から世界ろう連盟の会長も務めていらっしゃいます
(ちなみに世界ろう連盟の会長、副会長、理事は給与なしのボランティアなんだそう)。
この社会はNormalcy(
ノーマルシー:正常化)という概念から切り離せずにいます。
このノーマルシーの概念は、産業化によって発生しました。
生産の効率化のために人々を物差しで測り、スタンダードの基準を作り、
仕事ができる人、できない人のスクリーニングを始めたのです。
その基準は言うまでもなく身体です。
それでは一つの物差しで世界を見ることに止まり、正常の追求、メインストリームがゴールになってしまいます。
ろうに関して言えば、ノーマルシーかどうかをふるいわける物差しの例が、聴力検査です。
そして、ろう者はノーマルシーを追い求めるように、口話訓練を受け、
言語も行動も聴者らしく振る舞うことを求められるのです。
デフゲインは、ろうについて、
ノーマルシーの概念を取っ払い、
Diversity(多様性)という新しいレンズでろうのことをみようとする動きです。
具体的には、生物学的多様性、感覚的多様性などがあります。
生物学的には、生態系として、多様であれば多様であるほど、生態系を維持できると言われています。
その例がジャガイモ飢饉です。
アイルランドで主食とされていたジャガイモは二種類しか生息しておりませんでした。
19世紀のあるときに一つのジャガイモが疫病により枯死し、
もう一つのジャガイモもそれに近い遺伝子を持っていたため、凶作となってしまいました。
そうしたことからも生態系の維持に多様性は重要であると言われています。
ろうの遺伝子の一つであるCx26(コネキシン26)は、遺伝子の突然変異が起こっている状態です。
この変異によって、聴覚障害を引き起こす一方で、厚い皮膚構造を有し、
さらに感染に対する強い防御機構を持ち、傷の治癒を促進することがわかりました。
変異遺伝子が引き起こす疾患が一方で、健康に良い面をもたらす場合もあることがわかりました。この発見は、鎌状赤血球症という貧血をしばしば引き起こす変異遺伝子は、
同時にマラリアに対する耐性を高めるという利点があることもわかってきました。
また、
Sensory diversity(感覚的多様性)の面で、多くのろう者は、鋭い視覚を持っています。
メキシコのオアハカ州では、防犯カメラを監視し、何か怪しい、事件が起きた時に報告する適者として、ろう者を雇用しました。
それによって確かに監視が強化されたことがわかっています(Mazaltan Messenger, 2012)。
ろうであることは
聴力というノーマルシーの基準レンズで見れば、機能障害ですが、
多様性のレンズで見れば、ろうであることはポジティブに捉えうるというのが彼らの主張です。そして、興味深いことに、Murray氏はデフカルチャーにも
結局ノーマルシーが存在するのではと指摘していました。
ろう者であるか否かスクリーニングされ、スクリーニングにパスした人には、
ろう者という枠組みに自ら入ってくることを強要するような風潮があります。
上図にあるような曲線を見ると、真ん中がデフファミリーで、ろう学校育ちのろうの子どもに当たるのかもしれません。
実際、デフファミリーのろうの子どもはろうコミュニティに自動的に歓迎される傾向があるのに対し、
聴者の家族のろうの子どもは、ろう学校やろうの団体などに自ら飛び込んで行かないと文化の一員になれない。
それに対して、
デフゲインの概念にノーマルシーは存在しません。
すべてのろう者、すべての人間に、人間としてそっとろう者への門戸を開くきっかけになってほしいと言うのが彼らの願いだと言います。
デフゲインは、あくまでも概念であり、
社会的に構築されてきた正常化からの脱構築の試みです。
それをどう生かすかは多様なやり方、答えがあります。
B感覚的志向次にBahan氏が提唱した感覚的志向です。
個人的に好きな理論枠組みで、これまでも何度かでていますが、詳しく書かせてください。
この理論もデフゲインの本の中に一つの章で紹介されています。
ろう者について、手話だとか文化だとかいろんな議論がありますが、
それを一旦置いておき、
ろう者の感覚的体験ってなんだろうと追究が始まります。
ろう者はPeople of the eye(目で生きる人たち)とよく言われています。
人間には対償性が備わっていて、聴覚に疎い分、視覚の面が強化されることは研究でも明らかです。
例えば、脳の言語野は手話を通じても活性化されます(Pettito et al, 2000)。
脳に言語の選り好みはなく、言語=音声という言説は覆えされています。
しかし、多くの社会のシステムやモノは、なぜか聴覚をベースにデザインされ、構成されています。
連絡方法と言われれば電話が常識だということは言うまでもありません。
視覚的なテレビ電話じゃダメなのか。そんなことは全くないわけです。
でも、社会は聴覚が優位に立っています。
病院も聴覚的体験をメインにデザインされています。
一般に人工呼吸器で声が使えない状況になる事前には注意深く説明し、同意書をもらいます。
それに対して手術室で両腕を拘束されたり、点滴で腕が動きにくくなる、
すなわちろう者にとって手話や筆談などでコミュニケーションが取れなくなるという状況には
気に留められていないことがあります。
また、散瞳薬で目が霞んだり、検査室で突然照明を消され、視界が途絶えることについて、多くの医療者は無関心です。
ろう者の感覚的体験から見れば、それは聴者が耳を塞がられるのと同じことです。
人は毎日いろんな感覚を持って、感覚を通して世界を理解し、生きています。
Hall(1995)は、
異文化の人々同士は言語が異なるだけでなく、異なる感覚的体験を持っていると言及しており、
ろう文化を説明する一つの枠組みになると考えています。
Cまとめろうについてどう見るのか、どう理解するのかには、いろんな枠組みがあります。
伝統的には、いうまでもなく医学、聴力テストに基づき、正常を追い求めるために、
口話訓練というリハビリが重要視されてきました。
また、ろう文化という枠組みもあります。しかし、文化ってかなり曖昧なんですよね。
ろうの子どもたちの聴者の保護者にとって、異文化という言葉はかなり熾烈に感じることがあります。
医療者を含め、医学モデルを中心にろうを理解してきた人たちに、
ろうについてどう説明するか、ひとつのストラテジーとして、
多様性という視点を用いたデフゲイン、そして感覚的体験に基づく感覚的志向が彼らにレンズを提供し、
ろうの意味を再探索するのに役立つと考えています。
<参考文献>Bahan, B. (2014). Senses and culture: Exploring sensory orientations. In H-D. L. Bauman & J. Murray (Eds.),
Deaf Gain: Raising the stakes for human diversity (pp. 223-254). Minneapolis: University of Minnesota Press.
Bauman, H-D. & Murray, J. (2009). Reframing: From Hearing Loss to Deaf Gain.
Deaf Studies Digital Journal, September 2009 fall.
Bauman, H-D. & Murray, J. (2014). Deaf Gain: An introduction. In H-D. L. Bauman & J. Murray (Eds.),
Deaf Gain: Raising the stakes for human diversity (xi-xlii ). Minneapolis: University of Minnesota Press.
Davis, L. (2006). Constructing normalcy: The bell curve, the novel, and the invention of the disabled body in the nineteenth century In Davis, L. (Ed.).
The disability studies reader (pp. 3–16). New York: Taylor and Francis.
Goffman, E. (1986).
Frame Analysis: An Essay on the Organization of Experience. Boston: Northeastern University Press.
Hall, E. T. (1982).
The Hidden Dimension. New York: Anchor.
Mazaltan Messenger. (2012). Deaf Police Monitor Security Cameras. Retrieved January 6th, 2019 from
http://maz
messenger.com/2012/05/26/deaf-police-monitor-security-cameras/
Petitto, L. A., Zatorre, Rl J., Gauna, K., Nikelski, E. J., Dosite, D., & Evans, A. (2000). Speech-like cerebral activity in profoundly deaf people processing signed languages: Implications for the neural basis of human language.
Proceedings of the National Academy of Sciences, 97(25), 13961-13966.