今月は、
手話による医療アセスメントについてです。
動画はこちらより( )は、その内容の開始時間です。興味のある内容に合わせてご覧ください。
@はじめに(
0:04)
APollard先生のご紹介(
3:32)
B手話による医療アセスメントで留意すべき4つの項目(
4:19)
Cまとめ(
10:22)
今月の一枚アメリカ側から見る日の出前のナイアガラの滝!
私の具体的な留学目標である
「手話による医療アセスメントツールの開発」についてのヒントを探るために、
ニューヨーク州のロチェスターに行ってきました。
(ロチェスターからナイアガラの滝までは1時間半ほどでした🚘)
現在NTID(国立聾工科大学)の教授で、副研究科長である
Robert Q. Pollard先生にお会いしました。
※(12/8にロチェスターろう工科大学から国立聾工科大学に修正済み、ご指摘をありがとうございました)
先生は長年にわたって、ろう者を対象にした心理テスト、精神保健分野での手話通訳、
公衆衛生など、幅広く研究と実践をされていらっしゃいます。
臨床現場でも多くのろう難聴者と接しており、アメリカ手話にも流暢な方です。
長らく、多くの医療アセスメントは音声言語をベースにして進められており、
それが手話と相性が悪いということで、心理や教育の分野では疑問視されてきました(Pollard et al, 2005)。
私自身、臨床時代、アセスメントをどう行うか幾度も迷いました。
例えば、ジャパンコーマスケールという意識のアセスメントツールがあります。
丸で囲ったところに
「普通の呼びかけで開眼する」という項目があります。
一般的に医療者の多くは、普段通りの音声ボリュームで名前を呼びかけたり、「もしもし」と言ったりします。
そこは、普通ってなんだろうというところから議論が始まるのですが、、
目を閉じているろう者にはどうすれば良いでしょうか。
前職で、私と看護師の同僚は、「普通の呼びかけ」を「肩を叩く」に置き換えていました。
ろう者と長らく接しているとこうした判断が自然とできるのですが、
ろう者と接触体験がない、またろう文化といわれるものを知らない医療者には簡単なことではありません。
ですが、この経験的な知識は正しいのでしょうか。
Pollard先生は手話によるアセスメントの際に常に念頭におくべき4つの事項についてアドバイスしてくださいました。
従来はろう難聴者を対象にした精神保健分野での研究におけるガイドラインとしていますが、
アセスメントにも応用できるということで、
4つそれぞれについて詳しく見ていきます(Pollard, 2002)。
@目的なんのためにこのアセスメントをやるのか。モチベーションは何か。
A指示内容書面や口頭での指示内容はろう者にわかりやすいものか。または有利になってしまわないか。
B言語のモダリティ手話か音声(と書記)というモダリティの違いによって、指示内容や質問内容が歪曲しないか。
C結果(数値の解釈)この結果は信憑性が高いか。それまでのプロセスは適切だったか、参考程度に止めるべきか。
先ほどのケースについて、@からCそれぞれについて考えてみます。
@の目的については、なぜ意識のアセスメントが必要なのか。
例えば、肝臓の病気によって昏睡が起きているなら、毎日の変化を示し、
看護師同士で引き継ぐためにも、このアセスメントは必須と言えます。
一方で、意識低下にまつわる疾患がなければ、
無理にやる必要はないといったように目的に応じて必要性を判断します。
一方で、介護保険や医療保険申請のために、そのアセスメントが必要になることもあります。
その際は更に慎重に行う必要があります。
目的や状況に応じて、このアセスメントの意義を考えることは重要です。
そして、A指示/観察内容とB言語モダリティが特に重要です。
先ほどのジャパンコーマスケールの「普通の呼びかけ」を「肩を叩く」に置き換えることは、Aに該当します。
そして、この判断はろう者学のBahan氏(2014)の
感覚的志向理論 ”Sensory orientation“ によって説明できると考えています。
聴者の
音声/聴覚に依拠するものである「普通の呼びかけ」を、
視覚/触覚的な「肩をたたく」という内容に置き換えるのです。
他のアセスメントツールを概観しても、指示や観察は音声を中心に進められていくことが多いです。
「聞く」「話す」などの音声を使う項目については、「たたく」「見る」などの視覚・触覚的な内容に置き換えていくことが重要です。この置き換えの妥当性についてはまた厳密な研究が必要になりますが、一つの技法として考えてください。
B
言語モダリティには、聴覚音声的、視覚身振り的、書記的の3つがあります(Marschark, Tang & Knoors, 2014)。
モダリティは様式とも訳されます。
例えば、認知症のスクリーニング検査の一つのスケールとしてよく使われるMMSEには
「右手をあげなさい」という音声指示に従うという項目があります。
日本手話にすると表現そのものが、右手の挙上を表してしまいます。
これでは、質問の意味がなくなってしまします。
この項目の目的は、方向の判断を問うことなので、
「右隣にいる人は誰?」といったように質問を置き換えていました。
言語のモダリティが異なると、指示/質問内容への回答が有利になったり、
困難度が上がったりするので、それを考慮する必要があります。C結果の解釈については、「手話で行いました」「文書の代わりに絵を見せました」といったように
プロセスをきちんと書き留めることで、それは
参考に止めるべきなのか、結果として信用できるのかといった判断ができるかと思います。
全てのアセスメントツールを手話版で開発、すなわち翻訳もしくは一から作成するのには限界がありますが、
アセスメントを行う者がこの4つを念頭に置いて実施することで
少しでもバイアス(結果の誤差)の減少に役立てると考えています。
そして、この4つを理解するためには、感覚的志向理論や言語のモダリティなど、
ろう者学の知識は不可欠であることも認識できました。
医療者へのトレイーニングプログラムにもぜひ盛り込みたい内容だと考えています。
師走に突入しましたね、皆さま体調に気をつけて2019年の残りをお過ごしください。
<参考文献>Bahan, B. (2014). Senses and culture: Exploring sensory orientations. In H-D. L. Bauman & J. Murray (Eds.),
Deaf Gain: Raising the stakes for human diversity (pp. 223-254). Minneapolis: University of Minnesota Press.
Knoors, H., Tang, G., & Marschark, M. (2014).Bilingualism and bilingual Deaf education: Time to take stock. In M. Marschark, G. Tang & H. Knoors (Eds.)
Bilingualism and bilingual deaf education (pp.1-20). Oxford: Oxford University Press.
Pollard, R. Q. (2002). Ethical conduct in research involving deaf people. In V. A. Gutman (Ed.),
Ethics in mental health and deafness (pp.162-178). Washington, DC: Gallaudet University Press.
Pollard, R. Q., Rediess, S., & DeMatteo, A. (2005). Development and validation of the Signed Paired Associates Test.
Rehabilitation Psychology, 50(3), 258-265.