今月は手話について以下の四つの観点で考えてみます。
動画はこちらより( )は、その内容の開始時間です。興味のある内容に合わせてご覧ください。
@今日、手話はどういう存在にあるのか(
0:50)
A歴史的に、形而上学的に、なぜ手話は音声言語より劣っているとみなされてきたのか(
3:15)
B手話と文学の関係(
13:52)
Cまとめ(
17:00)
ビデオで着ているTシャツにある元素記号「Hu」。
現在のところ、元素記号としてHuは存在していませんが、Human(人間)を現しており、
Malzukuhan氏を中心に人権としての手話への平等なアクセスを謳っているキャンペーンです。
今日では、その言説は受けいられつつあるように思います。
@今日、手話はどういう存在にあるのか近年、世界では二週間に一つの言語が消滅しています(United Nation, 2016)。
その言語の話者が完全にいなくなる状態を持ってです。
そこで、ユネスコを中心に2000年代から“Language vitality”という言語のバイタリティ、
すなわち持続可能性についてアセスメントし、
言語を保守、継承するための取り組みが始まっています。
ユネスコは言語の持続可能性を評価するに当たり、
9つの項目を公表しています(UNESCO, 2003)。
世代間の伝達、話者の数と割合、言語の使用領域と機能、メディアの言語に対する反応、教材や文学、コミュニティメンバーのその言語に対する姿勢、行政や法律の言語態度や政策、記述の質と量といったものです。
しかし、そこに手話は含まれていませんでした。
そこで、2011年に世界ろう連盟とヨーロッパろう連合が手を組み、
iSLanDSを主導に消滅危機にある手話の調査と保護について取り組みを始めました(iSLanDS, 2015)。
すると、村落手話(一部の村落コミュニティで聴者とともに栄えてきた手話)をはじめとし、
一部の国の手話が消滅危機にあることがわかりました。
手話がなぜ消滅しつつあるのか、それは単にろう児の減少や人工内耳技術の向上とその装用児の増加といった因子で説明できるものではありません。
実際、多くのろう児は聴者の保護者の元で育つたため、
手話が継承語として自然に獲得されないという永久の課題もあります。
近い将来の可能性として、遺伝子工学などの技術の影響も考えられます。
そして、国や機関、そしてユーザーがその言語にどういう姿勢を持っているのか、
公用語との力関係はどうかなど、、
言語の消滅には根本的なルーツがあります。Aなぜ手話は歴史的に、形而上学的に劣っているとみなされてきたのか
そもそもなぜ手話は音声言語に対して劣勢なのか。音声言語が優位にあるのはなぜでしょう。ユーザーの数?声の方が簡単だから?
それはとてもシンプルなたった一つの思想から来ています。
「
言語とは話すこと(舌を使う)」
その思想は今日に始まったものではありません。
哲学や科学の介入が複雑に強く関係しています。まずはそのルーツを探ることにします。
手話についての最初の記述は、有名な哲学家の一人であるプラトンのいた紀元前の時代、
つまり約2400年前に遡ります。
ろう者と手話の存在はプラトンやレオナルドダビンチの時代から目撃され、記述されています。
プラトンは
「もし、物事を他者に伝えるために、声を使って話せない人がいたなら、
手話を使う手があるけれども、それはろう者による言葉だ」だと記述していました(Plato, 1998, p.89)。
デフアートで活躍されているRouke氏はその状況を絵画にしています。
左にいるのがソクラテス、ヘルゲモニス、クラチュラスというギリシャの哲学者です。
右にいるのがろう者たちで手話をしています。
それぞれが同じアテネという地にいるにもかかわらず、別の世界に住んでいるかのようですね。
人間は従来、手を使ってジェスチャーで話していました。
しかし、声帯が発達し、徐々に言語の機能が音声へ移行しました。人間の生活や仕事の多くには手指動作を伴うため、話す時に手を使うことは不利だということで、
手を使って話すことを放棄し始めたのです(Armstrong, Stokoe & Wilcox, 1995)。
1856年に言語学の父であるSaussure(ソシュール)氏は、
西洋の観点からは「
言語はarbitrary(恣意的)でなければならない」、
つまり言葉と意味内容に必然的な関連はないと主張しました。
言語学の観点から手話は恣意的ではなく、マイムやジェスチャーと同じ類像的な言語として位置付けられました。それがプラトンから続いた長年の形而上学的な言説をさらに強化するものとなりました。
Bourdieu(1988)は、言語学は時に中立ではなく、暴力を生みかねないと言っています。学問は時に武器になりますが、時に何かを抑圧しかねません。
*ただこの時に注意しなければならないのは、ソシュールの原則は絶対かと言われると、
日本の書き言葉としての漢字(象形文字)は文字通り類像的な面があると個人的に思っています。
これはFenollosa氏(1986)も中国の漢字について同様の見解を持っています。
ひらがなは恣意的なのでしょうが、、、
ソシュールの主張はあくまでも西洋の言語のみに限定していると考えたほうが良いです。
1960年代のStokoe氏らによるアメリカ手話の音韻論の研究によって
ソシュールの説は誤りだと実証されます。
音韻論の構成要素であるHand shape(手形)とLocation(手の位置)そのものは恣意的、
すなわち
手形や手の位置とそれを示す概念の間に、象徴的な直接的関連はないという性質を発見し、
長年にわたる言説を覆しました。
こうした音声が言語のモダリティにおいて優位に立つという言説を支えたものとして、
Dearida(デリダ)氏はPhonocentrism(
音声優勢主義)という思想を提唱しました。
神と対話するのには、ロゴス→思想→声(音声言語)→文字(書記言語)→サイン(手話)の順で良い方法だと信じられてきたというものです。この音声優勢主義は紀元前から信じられてきたことなのですが、
その形而上学的な言説とその構造を記述し、彼はそこからの脱構築が必要だと唱えていました。
この音声優勢主義は私たちの日常に溢れかえっています。
多くの聴者は、自分の声を通じて、自分の存在を認識しているそうです。
そのため、中途失聴者の大半は、突発的に聴力を失った時、
自分の声も聞こえなくなるので、「幽霊になった気分」だと言及することが多いのだそうです。
それだけ多くの人間、聴者にとっては、生活、自分の存在認識が音によって成り立っているということが伺えます。
今日テレビ電話(スカイプなど)やメールなど様々な手段があるにもかかわらず、
医療機関を始めとし、通報などの場面で、緊急連絡方法=電話という方程式から抜け出せずにいません。
個々レベルでもシステムレベルでも既にその方程式が浸透しているからです。
さらに、Linguistic imperialism(
言語帝国主義)という概念があります。
現在、世界の論文のは英語で流通されているというデータがあります。
その背景には、言うまでもなく植民地化が影響しています。
植民地化は、単に土地や資源を奪っただけでなく、
その土地の言語、文化的資源までも奪い、支配側に同化させようとしたのです。
例として、ナイジェリアは今日、英語を公用語としていますが、
実際は300ほどの先住民言語(母語でもあるその族や土地特有の言語)があります。
しかし、
植民地化によって教育システムや法律が公用語の使用と先住民言語の棄却を強要させたのです。それは、
その土地特有の文化もないものとしたのです。
手話にも同様のことが言えます。
本来ろうコミュニティの中で自然に話され発展してきた手話が、
口話主義という教育システムによって、禁止され、音声言語の習得を強要されました。
盲の人に手話を覚えろなんて言わないのに、、です。
それだけ社会が音声言語によって成り立っており、
障害者はその基準に合わせなければならないということでしょうか。
B手話と文学の関係興味深いTEDトークがありました。
アフリカのナイジェリア出身の作家のAdichie氏は、
幼少期に読み聞きした物語は、すべて西洋文学だったと語ります。
(日本語字幕あり)
それらは、英語で読み語られるばかりでなく、登場人物はすべて白人で、
彼らはみな英語を話し、見知らぬ食べ物や想像できない家が登場してくるわけです。
彼女の育つナイジェリアが植民地化によって、英語の使用の教養、
そして、文学へのアクセスまでが制限され、そこで流通される物語が全て西洋文学だったのです。
ケニア出身のNgũgĩ(グギ)氏は、植民地化からの解放の一つの手段として、
英語と決別し、自分の先住民言語を取り戻すことを決意しました。
そして、文学を自分の言語で書き、語り伝えていくと言います。
先住民言語は、自分のコミュニティとの所属感を与え、そこでの価値観や歴史との架け橋になりうるからです。それに対して、ナイジェリア出身のAchebe(アチェべ)氏は、
世界に発信するためには英語も必要だと主張しました。
植民地化され、言語とそれを取り巻く文化やアイデンティティを奪われたた事実は変えられません。
でも、それによって
発信の幅が広がったこととして、植民地化を逆手に取っています。この状況はろう社会にも同様のことが言えると思います。
冒頭で言及した言語の消滅危機に繋がります。
少数言語である手話の消滅危機を防ぎ、言語を維持していくためには、
記述、言い伝えによって継承を絶やさないことも必要になってきます。
でも、現状で少数言語を突き通しては世界に届きません。
その支配をどう片手に取るのか難しいですね。
支配を片手に取り、不条理な世の中と戦えるろう者を増やすためにも、
ろうの子どもたちには日本語も必要で、まず自然言語としての手話と、
そして日本語を習得するためのバイリンガルの言語、教育環境が必要だと考えています。
Cまとめ長文になってしまいましたが、手話の消滅危機から、その根元ルートを探ると、
音声優勢主義の形而上学的哲学思想や
言語学の威圧、
文学の影響力に見ることができます。
これらに対してすぐ何かアプローチを起こすわけではありませんが、
こうした学びは私に視野を広げてくれます。
Ladd(2003)は以下のように述べています。
ろう者学の目指すところは、
ろう者に関する諸問題のルーツを探り、問題の根源を撲滅することです。
しかし、それらの多くの根は深く太いものです。
なぜなら、ろう者に関するディスコースは人類が誕生してから何百年、何千年という時を経て
積み重ねてできたものだからです。
でも、問題の根源を理解することで突破口を見つけられるかもしれない。
手話の消滅の原因は、つい最近に始まったことではなく、
約2400年前のプラトンの時代から続く手話に対する形而上学的な思想が社会に浸透していることも一つと言えるでしょう。
今日、手話は言語であるという立証が言語学的になされ、
障害者権利条約は手話は言語であると明記しています。
憲法レベルで手話を言語として認めている国も出てきました。
日本も障害者基本法に言語とは手話を含むと言っています。
手話が音声言語より劣勢にあるという形而上学的な思想を覆す試みは続いていますが、
それでもなおマイノリティ言語です。
人々に浸透している「言語は音声が当たり前」という形而上学的な思想を変えていくことが一歩だと感じています。
医療者へのトレーニングプログラムにはこの伝統的かつ、保守的な思想からの脱却が一つのゴールだと思っています。
<参考文献>Achebe, C. (2005). The politics of language. In B. Ashcroft, G. Griffiths, & H. Tiffin (Eds.)
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Bourdieu, P. (1988).
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http://www.unesco.org/new/fileadmin/MULTIMEDIA/HQ/CLT/pdf/Language_vitality_and_endangerment_EN.pdf