CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
« 2015年12月 | Main | 2016年02月 »
2006/4/28ブログ開設時からのアクセス数
UL5キャッシング
最新記事
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新コメント
月別アーカイブ
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/index2_0.xml
第9回留学奨学生帰国報告会、開催[2016年01月30日(Sat)]
第9回留学奨学生帰国報告会、開催

去る1月9日(土)、帰国奨学生のいない今回は、毎々主体となって活動してくれている同窓会の特別企画として、現在、また将来の社会を担う方々に向けて、『未来を築くろう・難聴者たちのためのワークショップ』と題して、全体会と4分野のワークショップ(米国留学、心理、教育、情報保障)を実施しました。

開 会/福永梢(第4期生)
Photo8.jpg

基調講演「合理的配慮と多様性」
 /太田琢磨(第1期生):右 &岡田孝和(第3期生):左

Photo4.jpg

ワークショップ「アメリカ留学のススメ 〜留学ノウハウを伝授!!〜」
 /管野奈津美(第3期生)

IMG_7186-1.jpg

ワークショップ「知ってるつもり?!カウンセリング」
 /高山亨太(第2期生):上 & 福永梢(第4期生):下
 
Photo6.JPG

Photo1.JPG

ワークショップ「ろう児・重複児のための教材作り」/武田太一(第4期生)
Photo1.jpg

ワークショップ「職場・学校のアクセシビリティ」
 /太田琢磨(第1期生):上 & 岡田孝和(第3期生):下
 
Photo9.jpg

Photo5.jpg

●奨学生のチームワークは不滅です!
同窓会が中心となった今回の報告会。日本に帰国中だった奨学生たちも応援に駆けつけ、一緒に活動してくれました。当日朝に顔合わせたばかりなのに、目白押しのプログラムを難なくこなす団結力を発揮。他にはないチームワークと一目置かれるほど。その良さは、こんなところにも! みなさん、お疲れさまでした。

『奨学生集合、整列〜!』  なんの順番?
Photo2.jpg
(左から)太田1期生、高山2期生、管野3期生、岡田3期生、武田4期生、福永4期生、川俣5期生、瀧澤9期生、牧谷11期生、福島12期生、西12期生

参加者からは、実践形式で学ぶことが出来、わかりやすかった。進行も内容も素晴らしかったとの感想も寄せて頂きました。
参加してくださったみなさま、ありがとうございました
今後とも、ご支援のほど、よろしくお願いします。


事業担当:根本
Posted by 事業担当者 根本和江 at 13:57 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
日本財団笹川会長表敬訪問[2016年01月30日(Sat)]
日本財団笹川会長表敬訪問

1月8日(金)、これから留学・進学を目指す西、福島両12期生が選出の報告のご挨拶に伺いました。
笹川会長は、それぞれの留学目標に熱心に耳を傾けてくださり、西12期生はろう教育とデフアートを学び、教育の現場でろうの子供たちに伝えていきたいと、福島12期生はデフスペースを学び、聴覚障害のニーズに合わせた建築等を提案していきたいと帰国後の活動を語った。

西12期生               福島12期生
Photo3.jpg Photo4.jpg

笹川会長へ留学目標を語る2人
Photo5.jpg Photo2.jpg

ご挨拶終了後に、笹川会長(中央)を挟んで記念撮影
Photo1.jpg
左から -福島12期生、日本財団笹川会長、西12期生

事業担当 根本
Posted by 事業担当者 根本和江 at 13:55 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
2016年1月生活記録 第9期生 福田桂[2016年01月29日(Fri)]
 9期生の福田桂です。

こんにちは。大変ご無沙汰しております。
この度、私情により2015年1月から1年間休学させて頂きました。
休学中は一時帰国し、国内で眼の手術と治療を専念しておりました。
急な事で関係者の皆様には驚かせてしまい、本当に申し訳なく思っております。
『急がば回れ』というように、
今まで大学への復学・留学継続に向けて着実に準備を進めてきました。
おかげさまで、1月19日からギャロデット大学の国際特別生(International Special Student Program)として、春学期開始とともに留学を再開することができました。
 支援して下さった皆様のご厚情に感謝いたします。
 今後ともよろしくお願いいたします。



 さて、昨年の冬季休暇中に経験したことを書きたいと思います。

 一度体験してみたかったアメリカ大陸の旅を「アムトラック」で実行してみた。
私は鉄道ファンではないが、アメリカ大陸を走るアムトラック鉄道に興味をもち、
経済的な事情で一番安い15日間のレールパスを利用していろんな場所へ旅してきた。
日本といえば、青春18切符。それを使って何度か帰郷したことがあり、
どうしてもアメリカで挑戦したいという強い気持ちがあった。

 最初の旅は西海岸からスタート。

 ワシントン州のシアトルを訪れ、盲ろうの友人達とクリスマスを過ごしてきた。
またPdo-Tactileの先駆者であるJelica Nuccio氏宅で、
再会した友人と新たに出会った人と一緒にパーティーを楽しんだ。
 
 盲ろう者は自力で公共交通機関を利用している。全盲ろう者も同様だが、全盲ろう夫婦がおり、事前に作成した彼らの住所が書かれているメモを持ち、タクシーを呼ぶ為誰かに依頼する等、完全に独立した生活を送っている様子を拝見した。
以前にも書いたが、盲ろう者の外出については、日本では、当事者自身の安全感が強く、通訳・介助者派遣事業というサービス制度を活用して日常的に通訳介助者と同行するのが欠かせないという現状にある。
しかし個人的には、できるだけ単独で自立した生活を目指すことを望んでいる。当事者の自立が必要だと感じているので、ぜひ、そのアメリカの盲ろう者の姿勢を見習ってほしいと思っている。

IMG_4276.jpg
【写真】Jelica氏と撮影

 @シアトル〜ロサンゼルス (走行距離 1,310マイル)
 アムトラックは、シアトルのキング・ストリート駅から出発して南下し、寮のルームメイトが住んでいるロサンゼルスのオックスナードという町へ。
ところが、途中で車両故障が発生し、オークランド駅で2時間くらい立ち往生、更に遅延が進んで、目的駅には6時間遅れてようやく辿り着いた。そのルームメイトとここで正月を過ごし、サンタモニカとハリウッド等の有名な観光地を巡った。

IMG_4286.jpg
【写真】出発駅のキング・ストリートの前

IMG_4487.jpg
【写真】写真の上側にハリウッドの看板が見える

 Aロサンゼルス〜サンフランシスコ (走行距離 350マイル)
 チューターでお世話になった院生が滞在中のサンフランシスコで会おうということになり、半年ぶりに訪ねた。懐かしいのと、街に変化はなく嬉しい気持ちと両方あった。サンフランシスコでは、その友人の一言がきっかけで、LGBTコミュニティを散策した。

IMG_4560.jpg
【写真】 LGBT歴史館

 Bサンフランシスコ〜シカゴ (走行距離 2,247マイル)
 シカゴまで2日間半かけて到着し、夏で知り合った盲ろう友人と会ってきた。その友人は妹がいて、兄妹揃ってアッシャー症候群でした。私にも同じ症状を持つ姉がいる。彼らに市街の観光を案内してもらった。氷点下の観光でしたので、日本以上の寒さを経験した。

IMG_4588.jpg
【写真】ロッキー山脈を通る中、車窓から見た景色
IMG_4745 (1).jpg
【写真】ミシガン湖から望む高層ビル
黒色の建物が全米2番目の超高層ビル「ウィリス・タワー」

 Cシカゴ〜ワシントンDC〜ボルチモア (走行距離 745マイル)
 車内で、偶然も大学の学生と出会い、ともに東海岸のワシントンDCへ向かった。その後、メリーランド州のボルチモアにて知人宅に一週間滞在した。

旅を終えて...

 シアトルから出発し、ワシントンDCまでの総走行距離は4,652マイル(約7,485km)
 旅行において、到着はすべて定刻外れ。アムトラックは遅延が当たり前のようです。まさか、列車まで遅れるとは思わず、2日間以上の列車の旅は体力の限界があった。アムトラックでの旅は恐らく最初で最後になるかもしれませんが、走行中に何カ所か素晴らしい風景を眺めることができよかったです。
第5期川俣奨学生、帰国[2016年01月29日(Fri)]
第5期川俣奨学生、帰国

12月29日、2014年に支援を完了した第5期川俣奨学生が帰国しました。
米国の大学、大学院へと進学し、国際開発学と行政学を学んできました。日本でのインターンシップを終えた今年5月に大学院修了予定です。


<郷里・栃木県宇都宮市にて>

過日1月9日に開かれた帰国報告会では、早速元気な姿を見せてくれ、同窓会に合流。ワークショップのサポートほか奨学生スタッフの一員として大活躍でした。

*記事掲載が遅くなり、申し訳ありませんでした。

事業担当:根本
Posted by 事業担当者 根本和江 at 18:37 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
2015年12月生活記録 第10期生 山本綾乃[2016年01月15日(Fri)]

けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

IMG_3210.JPG
(ニューヨーク市のクリスマスツリー:この上ない輝きを放していました。世界中から厳選された木がここに運ばれてくるんだとか…)

さて、昨年を漢字1文字で表すとしたら、「」でした。
早くも院生のクラスの四分の一が終わりました。今学期は、指導案の作り方、バイリンガル教育、読み書き能力の三つのテーマを中心に学習しました。(それぞれの詳しい内容は2015年9月〜11月の生活記録にあります)
12月の最終週は、二つのプレゼンテーションプロジェクトがありました。院生には学期末テストはなく、プレゼンテーションやレポート課題が中心です。

1、半年かけて作った指導案の発表
私は小学4年生の通常レベルの子どもたちを対象に、新聞をテーマにしながら一週間の指導案を作りました。好きな新聞記事を読む、新聞会社へ訪問する、新聞関連の仕事内容を体験するなど、子どもたちにより魅力的な指導方法や内容は何か、使える技術は何かについて考え、発表しました。

2、日本と中国のろう教育についての発表
同級生に中国出身の留学生がいたので、彼女と一緒に日本と中国それぞれのろう教育についての状況を発表しました。教授やアメリカ人学生にとって、私たちの発表内容はとても興味深かったらしく、たくさんの質問がありました。
ろう教育をテーマにした発表だったので、ろうの有名人がろうの子どもたちにどう影響するかについて発表される学生もあり、興味深い内容でした。
Screenshot 2016-01-14 22.35.34.png

入学当初は不安だらけだった院生活も、多くの教授や同級生、後輩・先輩方に支えられながら、楽しく乗り越えることができました。図書館や学習室で友達に会うと学習のモチベーションが上がり、楽しく課題をこなすことができました。またギャロデット大学の教授は、忙しい状況に置かれながらも、個人指導の時間を作ってくれたり、質問に答えてくれたり、親身になって相談にのって下さいます。また希望制の英語の個人指導システムも学内にあります。アメリカ人は冷たいという言葉をよく聞きますが、それは日本と同様一部の人たちだけです。自分から必要なことを伝えていけば、国境関係なく人は助けてくれます。悩みや問題を一人で抱え込まず、どんどん発信していくことが必要だと感じています。分からないことが分かる、質問ができる、それは自分を観ることや知ることにつながります。

2015年は自分を観る年でした。
2016年は引き続き自分を観ながらも他者を観る年にしたいと思います。

いよいよ春学期からは教育実習が始まります。かつて大学のゼミの教授に言われた言葉、”自分の足を使って行動してごらん” が今でも心に残っています。自分の頭だけで考えても同じことの繰り返しで解決されることは少ないそうです。本やインターネットを使って調べたり、信頼できる相手に伝えたりすることで、心の整理ができます。理論だけでなく自分の身体を使って考え、実行していく姿勢を大切に頑張っていきたいと思います。

Spring Awakening (スプリング アウェイクイング)
話題のろうミュージカルを観にニューヨークへ行ってきました。これはドイツ、教育、愛、性、人生を総合的に描いた人情物語でした。私にとってミュージカルは人生初であり、前から三番目の特待席での観劇。観客席は満員で、ほとんどが聴者ということにも驚いたのですが、暗幕が上がるとそこには手話で堂々と歌うろう者と聴者の姿がありました。ろう者が手話で語ったことを聴者が一緒に舞台に立ってろう者のナナメ後ろから読みとる、聴者自身は手話と声両方使って演じる。通常日本では、ろう者が発表したり演じたりする時は、聴者が舞台の下で合図をしたりろう者の手話を読み取ったりしますが、今回は違っていたのです。まさにろう者主演のろう者によるろう者のためのミュージカルだと感じ今でも忘れられません。初めて見る様々な光景に感動でいっぱいになり涙が止まりませんでした。もう一度観たい素敵な舞台でした。1月末までニューヨーク州で毎日上演されているそうです。いつか来日して頂き、より多くのみなさんに観て頂きたいと思いました。
spring-awakening-deaf-west-review.jpg
(聴者とろう者が共演:http://variety.com/2015/legit/reviews/spring-awakening-review-deaf-west-broadway-1201603519/より引用)
2015年12月生活記録 第10期生 辻功一[2016年01月15日(Fri)]

こんにちは、今日も生きています。
10期生の辻 功一です。

日本では既にちらほら初雪がみられる頃、こちらでは隣のオレゴン州でかなりの降雪があったようです。ここチコでは山に囲まれた平野のせいかめったに雪が降らない地域のようで、さほど寒くはありません。それでも夜間はマイナスに達し、車などには霜が降りたりしています。
チコでも数年前にホームレスが凍死したという悲しいニュースも聞きました。

木とリス
<すっかり葉も落ちました>

さて、12/18に無事、カリフォルニア州立大学 チコ校での初めての学期を終えることができました。

EFLM 170: English as a Foreign Language(英語)
学期を通して主にエッセイの書き方について学びました。最初は「American Ways」という教科書(というかアメリカの歴史の本)を使い、解読力を磨きつつ、章ごとに要約を書き上げることにより要約の書き方を学びました。
そして後半はテーマを自由に選択しCause and Effect(原因と影響)についてエッセイを書くという課題を与えられ、僕は「Individuals with Disabilities Education Act(障害者教育法)」が聾者にもたらす「影響」をチョイスしました。インターネットや大学のネットワークを利用したオンライン図書館などを利用した調査方法や、エッセイの構成などを学びつつ、エッセイを書き上げました。
それと同時にスピーチ力の向上のため、学期を通して2回プレゼンテーションが行われたのですが、僕はASLのスキルを評価してもらう形でした。といっても、もちろん教授はASLを理解しているはずもなく、あくまでも通訳者のスピーチを通して評価する形なので、少なからず通訳者の語彙力などに依存します。これはメインストリームの宿命ですね。まあASLに限らず、通訳者との事前の打ち合わせや息の合わせ方は重要だと思うので、これはこれでアリだと思いました。
留学生の為のクラスで、日本人の他、中国、南米(のどこか)、ニュージーランド、ドイツ、インドなど様々な国からの留学生と机を並べたことは、お互いの文化を知る上でもとても良い経験でした。

BADM 101: Understanding Global Business (グローバルビジネスの仕組み)
グローバルビジネスというよりはどちらかというとアメリカの会社の組織や各役職の役割、会社形態の種類について学びました。それと同時に5名ずつのグループごとに仮想会社を立ち上げ、ビジネスプランを練ることから始めコスト計算などを経て、プレゼンテーションを行いました。僕のグループはサンフランシスコに立地する水族館風のレストランでした。
教授は楽しくて良い人だったのですが講義がよく脱線しあちこち話が飛ぶので、通訳者も通訳に苦労し、僕も理解に苦労しました。そこでやむなく通訳者の裁量で重要でない内容は通訳しないようお願いし、教授がマシンガントークしているにも関わらず、通訳者が静かに佇んでいるシュールな光景も度々ありました。通訳を通して授業を受ける僕にとっては若干つまらなくても理路整然と講義する教授の方が良いと感じました。

CMST 132: Small Group Communication (グループでのコミュニケーション)
小グループにおいてうまく問題解決し円滑に物事を進めるにはどうすれば良いか、グループにはどんな役割があるか、各メンバーの役割をどのように振り分けるか等を講義や小テスト、数回のプレゼンテーションを通して学びました。
既に日本の企業で10数年勤務経験がある僕にとっては特に目新しいものではなかったのですが、それでも人間の心理の深層みたいなことも興味深く学ぶことができました。
プレゼンテーションではグループでテーマに沿って定期的に打ち合わせや調査を行い、一人一人の持ち時間内で順にプレゼンを行うものでした。幸いなことに僕のグループは良い人ばかりだったので(それでも病気などで2名の脱落がありましたが)スムーズに進めることができました。各メンバーの評価をプレゼン後に教授に提出するのですが、特に文句のつけようがなかったので全員に良い評価をつけたところ、教授からはもっとシビアに採点するようにと言われました。ここらへんはちょっと日本のとは異なる文化のような気がしました。

201512_2.jpg
<Sierra Nevadaのトレーラー。かっこいいです>


以上です。
日本ASL協会から8,188km離れたカリフォルニア州立大学 チコ校からの報告でした。ありがとうございました。
今月のコロンブス
隣り合わせのガソリンスタンドでも価格が全然違うことを発見
日本では競争意識からなのか、客がマメにチェックするからなのか、大体同じ価格のガソリンスタンドが並んでますよね。しかしこちらでは隣同士でも1リットルあたり66.3円と75.8円の開きがあったりします。(1ガロンあたり2.1ドルと2.4ドルを120円で換算)

2015年12月生活記録 第11期生 佐藤太信[2016年01月08日(Fri)]
新年あけましておめでとうございます!

12月のFremontは少し肌寒くなってきました。12月に入ると、どの家もクリスマスに向けての準備が着々と進んでいる様子がうかがえます。下の写真は近隣の家による装飾後の様子です。

IMG_20151212_134332.jpg
<近隣の家によるクリスマスの装飾後の様子>

4日にTOEFLの試験、その後はレポート作成、秋学期の試験と慌ただしい日々を過ごしました。英語の読み書きは、以前よりも向上しているとOhlone大学の先生から労いの言葉をかけられましたが、私自身はまだまだ勉強不足であることを痛感しています。

秋学期を振り返って、講義やイベントを通して多くの人と交流ができ、多文化に触れることができました。また、一緒に勉強している同時期に留学した他の11期生とはお互いに支えあい、時には衝突することもありました。お互いにまずかったこと、失敗したことは、次に活かすようにしています。今では信頼できる仲間です。下は私のお気に入りの写真の1枚です。広々とした風景、澄んだ空を見ていると心が癒されます。

IMG_20151122_063832.jpg
<サンフランシスコから見えるゴールデンゲートブリッジ>
2015年12月生活記録 第9期生 瀧澤泉[2016年01月08日(Fri)]
IMG_4466.JPG

寮の中の雪の飾り付け

 シントンD.C.は真冬だというのに雪のない12月で、最終試験やレポートの提出など盛んな時期でした。国際開発学部は単語暗記の試験があり、単語を百語も覚えるのに必死でしたが、今後の学期によく出てくる重要な単語が挙げてあるので覚えるべきだと感じました。他に「Ending Global Poverty」の著者であるスティーブンC.スミス氏に関連する「八つの罠」について最終レポートを15ページ書き、更にプレゼンを一週間の内に終える必要があったため必死だったため終わった時、達成感がこみ上げました。

Screenshot 2016-01-08 01.03.20.png


(プレゼンの様子)
貧富の差が激しいインドの「八つの罠」の内、二つの罠を選び、それについてのプレゼンをしました。
評判が良かったそうです。


 経済学クラスに最終試験やレポートを提出し、経営論理学クラスの最終ディスカッションで秋学期を終えた。

 各クラスの専門語や知識を深め、世界中に活動している団体やビジネスに関連する組織、活動の歴史、活動分野、データなどを調べる技術を学びました。
アメリカでは日本にあるJICA・ジャイカ(独立行政法人国際協力機構)と似た支援活動のUSAID (アメリカ合衆国国際開発庁)は海外支援する政府組織であり、貧困や災害にあった地域、経済・貿易における紛争、保健などの人道援助をしています。身体障がい者たちに援助する分野もあり、USAIDの中に働いているろう者が何人かいます。国際開発学の卒業者の何人かが集い、情報交換や経験話をシェアしてくださいました。

 やはり聴者たちの理解が足りない部分をろう者がアドバイスすることで正しい解決方法を挙げることができるので、ろう者たちが行動しなければ周辺の人々の理解を深める事ができるのではないかと考えられました。


一年振りの帰国

IMG_4772.JPG

 
留学生活から一年振りの帰国、「日本に着いたらまず何を食べる?」とよく友人から聞かれますが、まず食べたものはしゃぶしゃぶでした。


 京に着いたときはワシントンD.C.と同じ位寒く、室内と室外との温度差があまりないため忍耐できずに温かい服装を沢山着ました(自分のアパートの室内がとても温かったので慣れてしまったのかもしれません)。留学経験者何人か逆カルチャーショックを受けたことがあるとよく聞くのですが、確かにビックリしてしまったことがいくつかありました。
 アメリカであれほど、自分からミスがないかどうか確認したり、周りに盗まれないか気をつけたりしなければならかったが、それが嘘のようにあちこちスタッフが確認してくれるサービスに恐縮しました。他にも英語を毎日読んだせいなのか、日本に着いた時、日本語を見る抵抗感を覚えました。不慣れに感じているかもしれません。
 しかし、感動したことがありました。空港に着いてまずバスの切符を買おうと思い、複数の受付スタッフのうち、空いている所へ行ったら手話のできる女性に偶然会いました。その時、長時間の旅の疲れと筆談コミュニケーションをしなければならないという疲労感が吹っ飛んだ気持ちでした。手話があると本当に助かるんだなあと実感しました。多分、2020年オリンピックに向けてろう者たちが来ても満足できるように手話通訳やコミュニケーション対応が増えていくのではないかなと思いました。

IMG_4848.JPG

地元のろう者たちとの忘年会

 族や地元にいるろう者たちの活躍やなかなか会えなかった人たちと交流し、皆それぞれの努力している姿に励まされ、素敵な休暇になりました。もしかしたら、それがクリスマスプレゼントかもしれません。
IMG_4793.JPG
2015年12月生活記録 第11期生 山本芙由美[2016年01月02日(Sat)]
年あけましておめでとうございます。

2015年は私自身にとって大きな節目でした。
まず、何よりも米国留学を決心し、英語の勉強に奮闘していることです。
それ以外にも、多様な人たちとの出会い、話し合いによって、日本ではなかなか感じられない「多様性の可視化」というものを生活の中からたくさん感じ取ることができました。

また、英語の勉強のほうですが、Essayの読み方、書き方、文法の組み立て方を中心に学ぶことで英文を読むスピードが以前より早くなってきていることが分かり、嬉しくなりました。「理解できる」ことを少しずつ増やして、英語力をどんどん高めていきたいと思っています。


そして、私自身のキーワードであるSexualityについてですが、
毎週日曜日、「Deaf Rainbow of Faith」という、ろうLGBTクリスチャンの集いに通っています。

普段はカフェに集まって、聖書における性的少数者への解釈や、それぞれが考えること等を議論し合ったりするのですが、12月最初の日曜の時は、ちょっと特別でした。
聴者クリスチャン主催の教会でのクリスマスプレ企画に私達ろうLGBTを招待してくださいました。

天井がとても高い教会、パイプオルガン、コーラス、人々、どれも初めてみることばかりでなかなか新鮮でした。もちろん、私たちのために手話通訳者も用意されていました。

S__5726215.jpg

(クリスマスソングを歌う子どもたち)

アメリカ合衆国には国民の80%がキリスト教を信仰しているように、
多くのプロテスタント教派が存在し、同一地域内で多様なキリスト教信仰がみられることに特徴があります。

聖書の中には、同性愛は「性的逸脱」と捉えられ、宗教上の罪として扱われてきました。今でもなお、同性愛は罪であるという考えをもった宗派が存在します。

しかし、私たちが訪れた教会は同性愛者など性的少数者に寛容で、積極的に受け入れようとするところでした。そのような教会は「EDEN UNITED CHURCH OF CHRIST」略して
「UCC」といわれています。そして、以下の画像にあるように、教会の入り口には「性の多様性を支援する」とうたう証書が掲示されています。
そのような掲示は、クリスチャンのLGBTが教会で安心して祈ることができます。

S__5726213.jpg

つい最近、同性婚法案が可決されるなど(2015年6月)、性の多様性については前進的なアメリカなのですが、実際には進んでいない「陰」の部分というものを目にして、日々考えさせられています。LGBTについて表面的な部分しか取り上げられていない、そのギャップに苦しめられているLGBTたちのことなど、アメリカ特有の課題がまだまだあるようです。

そして、春学期もOhlone Collegeでの勉強を続けながら、様々なろうLGBTの集まりにも積極的に参加し、「多様性が認めあえられる社会づくり」に必要な材料づくりに磨きをかけていきたいと思っています。


ーーホホのホーーーーーーー

ある日、お風呂上がりに眼鏡をかけようとしたところ、なんと眼鏡がまっ二つに割れてしまいました。力を入れているわけでもなかったのですが、なにか縁起の良くないことが起こるのでは、フッと頭をよぎりましたが、何も起こらずホッとしました。

かし、眼鏡を購入するのに、検査予約が一週間、完成するまでに約一週間。
して、眼鏡にガムテープを巻いての通学、多くの人に笑われてしまいました。
かも、検査代は保険適用外、眼鏡購入も高く、結局、痛い出費となりました。
(一番安いWall Martで購入したつもりですが・・・)

今後、留学される方にアドバイスです。
眼鏡は念のため、日本から予備の分も持っていくことをおすすめします。

S__5726216.jpg

(身振り手振りで検査を受けています)
2015年12月生活記録 第11期生【牧谷 陽平】[2016年01月01日(Fri)]
2016年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。


12月は主にWritingのEssayを中心にしてきました。もうEssayもここまでくると,
自分が思ったことを,少しずつ表現できるようになりました。
Writingでは2つのEssayを作ったのですが,2つ目のEssayは2つのものを比較して,
似ている点と異なる点を自分で考えてそれを記述していくEssayでした。
テーマは全部で15個ぐらいあり,私は「ハリケーンと地震」を選びました。
ハリケーンと地震の似ている点は,自然災害であること,多くの被害をもたらすこと,
などで,違う点は,海(水)の上で作られることと,地中で発生することが例に
挙げられます。

IMG_7449.JPG
↑友人の家でクリスマスパーティをしたときに,家の中に飾ってあった
クリスマスツリー。大きい木でした

さて,日本では1月の第3土,日に大学入試センター試験が行われるのですが,
アメリカでは American College Test (ACT) という試験がこれにあたります。
このACTには English(主に文法),Math(数学), Reading(読解),
Science(理科) (, Writing [オプション])の問題が出されます。
12月にこのテストを受けてきましたが,
先ほどのEssayと同じように述べます。

「日本のセンター試験とアメリカのACT」
毎年1月になると,全国の高校3年生が大わらわになってセンター試験に向けて
勉強をしている。1月の半ばの大寒の真っただ中,2日間,朝から晩にかけて寒い中,
十数時間も人生を左右する大学入学試験を受けるのである。
一方で,アメリカではこれにあたるものが American College Test (ACT)という
試験である。この2つには似ている点があるが,多くの異なる点がある。

まず似ている点は,
どちらも大学に入るために必要な試験である。
また,高得点をとったほうが有利になる。
しかし高得点を取ったからといって,100%の入学が保障されるわけではない。

IMG_7628.JPG
↑試験を受けた高校。高校なのにすごい建物のある高校でした

それに対して,異なる点がたくさんある。
申し込み時期と申請金が異なることである。
日本は1年間にたった1度の試験で,1月の第3土日に開催されるのに対して,
アメリカではほぼ1か月に1度の頻度で行われる。
申請金(受験料)は,日本の場合,30,000円に対して,
アメリカでは$56.50(約\6,000 [注 $1 = \120])である。

試験会場は,日本の場合,主に大学で行われるが,アメリカの場合は主に
高校で行われる。高校の門から入り,建物の中に教室に入ったかと思いきや,
長い廊下を歩いて,校舎の奥のほうにいかなければならなかった。
それに案内も不親切であった。

IMG_7629.JPG
IMG_7631.JPG
<さき>建物の中に入ったあとは長い廊下を歩かなければならなかった。先ほどの外観には騙されました
<あと>長い廊下をくぐったあとは,急に開けた場所に着きました。ここが試験会場でした

日本の試験官の服はスーツにネクタイ,派手でない服を着ている試験官が,
40人の試験室に2〜3人いるのに対して,
アメリカでは上下ともにスウェットのパーカーを着た試験官が一人だけ,
40人ぐらい入る試験室にいる。
他の試験室には,日本の小学生が通学のときにかぶる黄色い帽子を,
ずっとかぶったままの試験官もいた。

試験官の対応についてだが,私は聴覚に障害があるため,特別措置をしてもらうように,
日本ではセンター試験本部に,アメリカではACT本部のそれぞれに依頼した。
日本の場合は試験官が言うことを印刷したプリントを,別の試験官から見せてもらう措置で受験した。
それに対して,アメリカでは手話通訳者を依頼した。
当日,会場に着いたが,手話通訳者が来なかったため,スタッフの人に
「他の対応をしてもいいですか?」あるいは
「別の日に変更しますか?」と聞かれた。
別の日に受験しなおすと1月の受験になるため,大学への出願に間に合わないために,
結局,この日に受けることにした。

また,試験当日のスケジュールのことだが,
日本の場合は科目ごとに時刻が分ごとに決められており,
試験官は本部から送られてきた電波時計を用いて,タイムスケジュールを確認する。
試験と試験の間の休憩時間も40〜50分と長く,休憩ができたり,
参考書を見ることができるのだが,
アメリカの場合は,試験と試験の間の休憩時間が1分しかないときもあった。
途中の "長い" Break Time (休憩)の時間も "わずか" 10分であった。
日本の場合は2日間,両日とも終日の試験だが,
アメリカの場合は半日で終わる試験であった。
時計も受験票には「試験会場には時計がないので,時計を持参してください」
とあったのに対して,当日会場に行ったときは思いっきり壁時計が前にあった。

最後に,問題冊子についてだが,日本では科目ごとに1冊の冊子が配られる。
その冊子は本部から持ってくるときに,青の半透明のビニールで厳封されて,
試験室で受験生の目の前で開封するのである。
それに対して,アメリカでは冊子の見開きのところにシールが貼ってあって,
受験生がそれを開いて試験を行う。
しかもその冊子はその半日でやる問題が1冊にすべて収録されており,
最後のページをめくるときに,誤って2枚めくってしまったら,
次の科目の試験の問題が見えてしまうという甘さが見られた。
なんといういい加減さ・・・。

IMG_7638.JPG
↑試験が終わったあとも長い廊下を歩いて帰りました

以上,12月の報告でした。
IMG_7724.JPG
↑冬になると日没の時間が早くなるため,大学で勉強して帰るころには真っ暗になりますが,夜景はきれいです

◆今回のひとこと◆
アメリカにはいろいろな観光名所がある。サンフランシスコやロサンゼルス,
ニューヨークやマイアミなどがその例である。
そのどれもアメリカ人ならパスポートなしで旅行できる場所である。
しかし,大学のクラスメイトに「アメリカのどこに行ったことがあるか?」ときくと大部分がニューヨークに行ったことがないという。
これにはびっくりした。さらには,カリフォルニア州から1回も出たことがないと
いう人までいた。