CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
« 2016年5月生活記録 第11期生【牧谷陽平】 | Main | 2016年4月生活記録 第9期生 福田桂 »
2006/4/28ブログ開設時からのアクセス数
UL5キャッシング
最新記事
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新コメント
月別アーカイブ
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/index2_0.xml
2016年5月生活記録 第11期生 山本芙由美[2016年06月06日(Mon)]
んにちは!第11期生の山本芙由美です。

5月はOhlone collegeで過ごす最後の月であり、最終テスト、進学先とのやり取りなどで、とても忙しい月でした。英語関連のクラスでは最終テストにむけて、Review(復習)が集中的に進められていました。

そして、LGBT関連では、ろうトランスジェンダーで牧師の仕事をしている友達からのお誘いで、CSD(California School for the Deaf :フリーモントろう学校)で高校生を中心とした、GSA (Gay Straight Alliance Club)の集まりに参加してきました。
このGSAは性の多様性をもつ生徒への支援・社会作用・活動提供の3つの機能を柱に、毎週水曜日放課後、中学校や高校の生徒が性自認や性的指向などの問題について話し合いをしたり、安全な場所を提供するために活動されています。これは、フリーモントろう学校だけでなく全米の学校で、このGSAを起用しているところもあります。

IMG_1649.JPG

この日は、NO H8(No hate)にむけたイベントへの準備について話し合われていました。NO H8というのは直訳すると(偏見/憎悪をやめて)という意味です。数字の8が入っているのは、カリフォルニア州の「州憲法改定案8条に抗議する」という意味からだそうです。
カリフォルニア州では2008年6月に州最高裁判所が婚姻を異性間に限定する州家族法が州憲法に反するとして州政府に同性婚の許可が命じられました。これに対して同性婚反対派が婚姻を異性間に限定する州憲法改正を目指して提案したのが、この「州憲法改定案8条」です。これに抗議するかのように、多くの有名人が頬に「NO H8」と描いて銀色のテープを口に貼って表現するようになりました。このような動きは多くの人々の関心を引き寄せ、また、全米のいたるところでムーブメントを引き起こすこととなりました。

スクリーンショット 2016-06-05 15.55.03.png

そのような中で、CSDの生徒も自分たちで「NO H8」を表現しようという取り組みが進められていました。GSAを取りまとめているのはGibbons先生で、彼女自身もレズビアンだと公言しています。CSDではそれぞれの先生の部屋のドアに自分の名前や自画像が貼りつけられているのですが、Gibbons先生は自らQueer※を表現するマークを貼っています。(※Queerのマーク、ピンクトライアングルはホロコーストで強制収容された者に装着が義務づけられていた三角形の識別胸章のうち、同性愛者を表したものです。現在ではLGBTのプライドや権利を象徴するシンボルとして生まれ変わり、使用されています。)

IMG_1646.JPG

また、先生の部屋にはLGBTやFeminism(女性の解放)関連のポスターが堂々と貼られていました。日本ではなかなか見られない光景です。

IMG_1643.JPG

CSDでは多くの教師が自分たちのセクシャリティを公言しています。そのような取り組みは性の多様性をもつ生徒たちが安心して学校生活を過ごすことが可能となります。

また他の日に、サンフランシスコ市立図書館にLGBT関連の本がたくさん配架されているというJames C.LGBTQIA Centerというところにも行ってきました。

http://sfpl.org/index.php?pg=0200002401

サンフランシスコは多くのLGBTIQAが暮らしている都市(特にカストロ地区)として有名ですが、その理由のひとつとして、第二次世界大戦中、アメリカ陸軍は性的指向を理由に除隊させたゲイの軍人をサンフランシスコで放免したことにあります。その数は数千人を超え、多くの軍人はカストロ地区に定住し、その地区に多くのLGBTが暮らすようになりました。そのような歴史の中で、サンフランシスコはLGBTに対してとても寛容な街です。この図書館でも、それらに関する文献や写真などが非常に大切に保管されていました。

IMG_2012.JPG

幸いなことに、Ohlone CollegeがサンフランシスコなどのBay Areaから近いため、LGBTに関する多くの活発な取り組み、多くのろうLGBTたちと交流することができました。
そのような中で私が以前からお会いしたかった、これまでの人生の中でもっとも尊敬する方とお会いすることができました。
その方については次回6月生活記録でふれたいと思っています。

それでは、また。
この記事のURL
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/archive/948
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント