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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
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2015年5月生活記録 第10期生 辻功一[2015年06月16日(Tue)]

こんにちは、今日も生きています。
10期生の辻 功一です。

日本からサンフランシスコ行きの機上からアメリカの果てしなく広がる大地を見て、思わず武者震いしたのがつい最近のようで、カウントしてみたら10ヶ月目を迎えようとしています。

そして、とうとう春学期が終わりました。

機上から撮影
<どこまでも広がる大地>

ENGL-151B Fundamentals of Composition

自分の英語力では敷居が高かったのですが、一般学級での授業の進め方を経験しておきたいのと通訳を通してASLスキルを向上させたいという理由で、151Bを選択しました。

英語のクラスではあるものの、学期を通して6つのエッセイを書き上げることにより、エッセイを書くための調査や分析力を上げるのと、エッセイの組み方(構成)のノウハウを学ぶことに重点が置かれていました。

Bennett-Walker教授はいわゆる社会の裏側の事情に詳しく、物事を表層的に捉えるのではなく、一旦視野を広げて見えてなかった部分も総合的に考慮した上で真相を深く掘り下げるというアプローチを取るべきだと講義を通して何度もおっしゃってました。
その為には教育やマスメディアなどによる洗脳、画一的な思考、思想を取り払わなければならないとも。権力者がそう言っているからそうなんだと思い込むのが最悪なパターンですね。

自身の英語力の無さやプレッシャーもあり大変でしたが、真実(一般的に考えられているものとは異なる)を追求するというプロセスが楽しくて、Nancy教授の個人指導の助けもあり、無事にやり遂げることができました。

余談ですが、マイノリティが直面する困難についてディスカッションを行った際、Bennett-Walker教授がギャロデット大学の歴史についてスラスラと説明したことには驚かされました。どんなことでもそうだと思うんですが、まず相手を知るということが一番大事なことだと改めて感じました。

私の英語力がもっと向上したら、また講義を受けたいと思う教授の一人でした。

DEAF-175B IUPP Grammar II

Nancy教授のGrammerクラスは英文法の基礎からしっかり学べるので、昨年の秋学期に引き続き、春学期もGrammerクラスを選択しました。

今学期はクラスを2つに分けて、各生徒のレベルに合わせて振り分けていたので多すぎず少なすぎず(12人程度)、ちょうど良いペースで講義が進行していました。

秋学期では20人位いて、重要じゃなかったり関係ない質問やおしゃべりで、その都度、講義が止まってフラストレーションを感じていたので今学期はとても有意義な学期だったと思います。

ASL-103A Principles of ASL III

今後のためにもASLスキルをもっと上げたかったので、英語とは別に今学期初めてASLクラスを選択しました。
先月の生活記録の報告のとおり、主にASL動画やBunny教授が表現する手話を通して試験を受けたり、プレゼンテーションを行いながらASLスキルを上げていくという内容でした。

ちなみにこのクラスは単位が「5」で、ENGL-151Bは「4」。ENGL-151Bの方が単位が少ないのに何度も徹夜して、一方このクラスは余裕を持って楽しく学ぶことができたので、腑に落ちずカウンセラーに聞いてみたところ、聴者は逆に英語クラスは余裕持って学べるのに対し、ASLクラスはすごく大変だし動画の課題も多いからとのこと。

境遇や環境が違うだけでこんなにも違うものかと。ちょっと面白いなと思ったのでした。

以上です。
日本ASL協会から8,320km離れたオーロニ大学からの報告でした。
ありがとうございました。
今月のコロンブス
何もない広大な荒野の真ん中にぽつんと一軒家が建っていることをたびたび発見
どこまでも広がる荒野、本当に何もなくて、太陽と雲が淡々と時間を運んでいくその中で、一体、何を胸に馳せ何を糧に生きているのだろう?何となくその心は理解できますが、悟りの境地ですよね。

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