2013年8月生活記録 第7期生 川口聖[2013年09月16日(Mon)]
「やっぱりワシントンDCは蒸し暑い!」、7月上旬から8月中旬までヨーロッパへ行ってきて、ワシントンDCに戻ってすぐ感じたことである。ヨーロッパは、7月上旬にロンドンへ、その後ずっとポーランドのワルシャワに滞在した。ロンドンはTISLRに参加するため、ワルシャワはワルシャワ大学の手語研究にインターンシップとして参加するためであった。

(ロンドン大学でのTISLR案内ポスター)

(TISLR講演会場、左の通訳者はBSL、右の通訳者はASL、
舞台下の通訳者は参加者自身が用意した通訳者)
☆TISLRに参加して
7月10日から13日まで、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(UK:イギリス)のロンドンへ、3年毎に開催されるTheoretical Issues in Sign Language Research (TISLR) Conference 11(手語言語学第11回大会)に参加してきた。主催者はSign Language Linguistics Society(SLLS:手語言語学会)、主管者はUniversity College London (UCL)の The Deafness, Cognition and Language (DCAL)、つまり、ロンドン大学のろう学、認知学及び言語学部が主管する、手語言語学に関する国際会議である。世界のあちこちから300人以上、手語研究に携わっている、関わっている人達、ほとんどが大学関係者中心で集まった。ほとんどは聴者で、ろうの人は全参加者人数の10%に満たないという感じであった。会場はロンドン大学敷地内に講演会場とポスター会場の2つだけ、講演会場では50近くのテーマ、ポスター会場では150近くのテーマで発表されていた。その国際会議における公用語はBSL(イギリス手語)とASL(アメリカ手語)と英語であると、主管者の言語政策(言語政策については、小生の2013年6月生活記録に参照)によって決められていた。やはり学会という性格上、言語学の知識が少しあってもわからないような内容ばかりである。これまで1年ほど言語学を履修してきた小生でも、なかなか頭に入らなかった。英語に未熟の部分があるだけでなく、研究発表内容がわからないというより、ストレスのほうが大きかったからである。なぜなら、今までの大会参加経験からみても、ものすごく高い参加費を支払ったにも関わらず、予稿集(研究発表・ワークショップ等に関するハンドアウトおよびプログラムや会場案内等、大会参加に必要な資料を一括して入手できるよう作られた本みたいなもの)が無料でもらえなかったからである。そのため、各発表時間が20分位であっというまに、50近くの発表を詰め込みすぎたかのようなので、予稿集がないまま理解するのに、よほどの熟練者でないと至難の技という感じだった。また、参加者人数の割に会場が狭すぎるかのようで、しかもエアコンがない会場だったので、ちょっと蒸し暑かった。会議における公用語がBSLとASLと英語ということで、International Signs(国際手話)がないのはおかしいという抗議が大会の終盤に入った頃に出された。有料夕食会で出された食事があまりも少なすぎたなど、いろんな声が出ていて、誠に残念ながら、評判がよくなかったようである。今からちょうど150年前、伊藤博文、井上馨、井上勝、山尾庸三、遠藤謹助の長州五傑が「密航留学」としてロンドン大学に入って、特に、山尾庸三が日本のろう教育の礎を築いたほどなので、ロンドン大学に対して恩義を感じるべきのところが、ロンドン大学はろうの人に冷たいという話も伺って、ちょっと幻滅したものである。今後のTISLRは3年後にオーストラリアで、6年後にはドイツでとなったもようで、手語言語学の国際的な情勢をこれからもずっと掴んでおくためにも、両方とも参加していきたいと思っている。

(ワルシャワろう学校)

(1944年8月ワルシャワ蜂起で結成された、ろうの兵士部隊)
(ロンドン大学でのTISLR案内ポスター)
(TISLR講演会場、左の通訳者はBSL、右の通訳者はASL、
舞台下の通訳者は参加者自身が用意した通訳者)
☆TISLRに参加して
7月10日から13日まで、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(UK:イギリス)のロンドンへ、3年毎に開催されるTheoretical Issues in Sign Language Research (TISLR) Conference 11(手語言語学第11回大会)に参加してきた。主催者はSign Language Linguistics Society(SLLS:手語言語学会)、主管者はUniversity College London (UCL)の The Deafness, Cognition and Language (DCAL)、つまり、ロンドン大学のろう学、認知学及び言語学部が主管する、手語言語学に関する国際会議である。世界のあちこちから300人以上、手語研究に携わっている、関わっている人達、ほとんどが大学関係者中心で集まった。ほとんどは聴者で、ろうの人は全参加者人数の10%に満たないという感じであった。会場はロンドン大学敷地内に講演会場とポスター会場の2つだけ、講演会場では50近くのテーマ、ポスター会場では150近くのテーマで発表されていた。その国際会議における公用語はBSL(イギリス手語)とASL(アメリカ手語)と英語であると、主管者の言語政策(言語政策については、小生の2013年6月生活記録に参照)によって決められていた。やはり学会という性格上、言語学の知識が少しあってもわからないような内容ばかりである。これまで1年ほど言語学を履修してきた小生でも、なかなか頭に入らなかった。英語に未熟の部分があるだけでなく、研究発表内容がわからないというより、ストレスのほうが大きかったからである。なぜなら、今までの大会参加経験からみても、ものすごく高い参加費を支払ったにも関わらず、予稿集(研究発表・ワークショップ等に関するハンドアウトおよびプログラムや会場案内等、大会参加に必要な資料を一括して入手できるよう作られた本みたいなもの)が無料でもらえなかったからである。そのため、各発表時間が20分位であっというまに、50近くの発表を詰め込みすぎたかのようなので、予稿集がないまま理解するのに、よほどの熟練者でないと至難の技という感じだった。また、参加者人数の割に会場が狭すぎるかのようで、しかもエアコンがない会場だったので、ちょっと蒸し暑かった。会議における公用語がBSLとASLと英語ということで、International Signs(国際手話)がないのはおかしいという抗議が大会の終盤に入った頃に出された。有料夕食会で出された食事があまりも少なすぎたなど、いろんな声が出ていて、誠に残念ながら、評判がよくなかったようである。今からちょうど150年前、伊藤博文、井上馨、井上勝、山尾庸三、遠藤謹助の長州五傑が「密航留学」としてロンドン大学に入って、特に、山尾庸三が日本のろう教育の礎を築いたほどなので、ロンドン大学に対して恩義を感じるべきのところが、ロンドン大学はろうの人に冷たいという話も伺って、ちょっと幻滅したものである。今後のTISLRは3年後にオーストラリアで、6年後にはドイツでとなったもようで、手語言語学の国際的な情勢をこれからもずっと掴んでおくためにも、両方とも参加していきたいと思っている。
(ワルシャワろう学校)
(1944年8月ワルシャワ蜂起で結成された、ろうの兵士部隊)




