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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
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2012年10月生活記録(第5期生 川俣郁美)[2012年12月19日(Wed)]
frame analysis.jpg


「いっぱいなのはどれですか?」


「Deaf Gain」の講演で、講師Dirksen Baumanが聴衆に聞いた。
私も含め、大抵の人が当たり前じゃないかという顏で
「一番右のコップ」と答えた。講師がもう一度聞く。


空気がいっぱいなのはどれですか?」


「いっぱいなのはどれか?」この質問に、大抵の人は「水がいっぱいのコップはどれか」と解釈する。それは、社会が作り出した「普通」をいう概念のフレームを通して物事を見ているからだ 、とBauman氏は言った。

では、「普通」というフレームを通して見る、
「ろう者」は何者なのだろうか?

「普通」からみた「ろう者」は、水が空か半分のコップだ。

聞こえない。しゃべれない。コミュニケーションができない。学習能力不足。

社会に適応できるよう、コップの水を満たそうとする。

治療。補助器具。

「普通」というフレームを通して見る「ろう者」は、
聴力損失した耳しか映されていない。

mechanic ear.jpg
「Mechanical Ear」Chuck Baird

では、「普通」というフレームを取り外し、
「Deaf Gain」というフレームを取り付けたらどうなるか。

「Deaf Gain」は、聴こえない耳にではなく、ろう者がろう者であることで得すること、
ろう者が社会に貢献できること、に焦点をあてる。



例えば、ろう者は言語界へ「手話」という新しい分野を切り拓いた。
長い間、言語は音声言語のみとされてきたが、今日は手話も言語であるということが、
各国で証明されている。



ろう者は相手の目を見て話す、聞く。
そのため、両者間に信頼感・安心感が生まれやすい。

アイコンタクトを大事にしたデフスペースデザインは、
信頼感・安心感が生まれやすい空間を作り出す。

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ギャロ大に今夏オープンした新しい学生寮のロビー。



ろう者は聴こえる人とうまく会話ができないから孤立していてかわいそう。
そう言われることがある。

だが、全国ろうあ者大会やデフリンピックなど、全国・世界各地の人々が集まる行事に積極的に参加するろう者は、全国・世界各地に友人を作る。世界を旅したとき、ろう者は言語が異なるその国のろう者と国際手話やジェスチャーで会話し、すぐ親しくなる。

そんな時、孤立しているのはどちらだろうか?



ある研究では、聴こえる小学3〜4年生の子どもを3つのグループにわけ、それぞれに算数の授業を行った。Aグループは音声言語のみで身振りを一切使わず、Bグループは身振りのみ、Cグループは音声言語と身振り両方で。結果、 Aグループの子どもは33%の問題が解けたのに対し、Bグループは85%、Cグループは92%であった。

Bauman氏は言う、
「この研究が正しければ、本来、視覚言語である手話で教育を受けた児童は、
音声言語で教育を受けた児童よりも優秀なはずだ。」



「Deaf Gain」という言葉はイギリス人男性Aaron Williamson氏によって初めて提唱された。耳が聞こえなくなった時、どの医者も口を揃えて彼にこう言った。

「聴力が落ちていますね。(You are losing your hearing.)」

Williamson氏は不思議に思った。なぜ誰も

「ろう度が上がっていますね。(You are gaining your deafness.)」

とは言わないのか。それが「Deaf Gain」のはじまり。



フレームを変えれば、世界も変わる。

弱みや短所、欠点ばかりに焦点を当ててばかりでだと、
問題解決ばかりに目が行き、強みや長所に気づかず、
ひとりの人間として見ることを忘れてしまう。

フレームを変えれば、弱みは立派な強みに転じ、
自分らしく生きていく道を発見することができる。
また、社会はその人の強みを見いだし活かすことで、
社会を活性化させることができる。


私もそういう柔軟性のある考え方ができる人を目指したい。

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