2012年11月生活記録 第4期生 武田太一[2012年12月02日(Sun)]
今月は感謝祭週間もあり、比較的休みの多い月だったので大学院と聾学校勤務の二足のわらじ状態である自分にとってはありがたい月であった。感謝祭週間はゆっくり休めるかと思ったら風邪を引いてしまい、ほとんど寝てばかりの休みであった。日本から持ってきた風邪薬が底をついてしまい、アメリカに来て4年目にして初めて現地の風邪薬を購入した。薬の大きさが日本よりも一回り大きくて飲む込むのに必死であったが、効果はあったのでよしとする。

左がアメリカの薬。日本と比べると一回り大きい
家族に障害をもっている一員がいたら?
現在受講している「家族と障害児」という講義ではさまざまなゲスト講師が招かれ、彼らが今までに経験したこと、感じたことなどを聞く機会があった。自分の子どもが障害児、兄弟が障害児、自分自身が障害者などさまざまなケースがあり、どれも興味深かった。その中でいくつか感じたことをまとめてみたい。
特別支援教育の知識がない
普段障害児に出会う機会がないと、自分の家族に障害児がいるときどのように対応すればいいか分からないというのが大抵である。特別支援教育コーディネーターがあらゆるサービスを紹介しようと試みようとすると、最初のうちは何がなんだか分からない状況に陥ってしまう。そして慣れて来た頃に、学校側のサービス提供に不満があったりすると不満をこぼしたり、サービスを提供してもらうために保険会社と交渉したり、いろいろなスキルが身についてくる。障害をもつ家族のことを理解してもらうために、周りにどのように伝えるかもその障害児を通して学んでいく。
家族愛
親は障害児に対して注意を向けすぎるあまりに、他の兄弟への愛情が疎かになってしまう。「どうして○○ばっかり」なんてことは日常茶飯事である。しかしそれでも兄弟仲は他の障害児がいない兄弟と比べて、倍強い。当たり前のように言われているが、親は子どもよりも先に死ぬのだから兄弟で支え合う大切さを自分自ら認識しているようである。
障害って何?
「障害児」というラベルがあるだけで周りの目がガラリと変わってしまい、特別視するようになる。しかし実際に障害児たちは障害がない子どもたちと比べて特別なものがあるわけでなく、みんなと同じようにいろんなことを学んだり、考えたりすることが出来る。その方法やスピードが異なっているだけである。そのため、「障害」とレッテルを自分の家族に貼られることを嫌がる人たちも多い。特に医者は障害児へ障害があるという診断を下すときに絶望的な言葉を投げかけることが多いため、例えば「この子は○○が出来ません」など親にとってはショックを受けるだけに過ぎない。障害児/者に対する見方が悲観的なものではなく、ごく当たり前に存在していると受け入れられる社会にしていかねばならない。
これらの話を聞いて、今後先生として働くなら必然的に家族との関わりも持つため、家族に対してどういうケアやサポートをしていくべきなのかいろいろ考えさせられた。アメリカでは様々なサービスや情報が充実していっている中で、日本はまだ遅れている部分があるように感じた。日本の現状を、改めて探っていくとともに留学後に何か貢献出来ることを整理していきたい。
聾学校ではこのようにイラストを使ってコミュニケーションを取ったり
12月は期末レポートなど慌ただしい時期を迎えるが、それを乗り越えた後は慌ただしい日々もようやく終わりになる。冬休みが終わった後は実習に専念するだけなので、今からでも心構えておきたい。
いつぞやの晩ご飯




