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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
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2010年11月生活記録 (第5期生 川俣郁美)[2010年12月17日(Fri)]

ギャロデット大学の校門


 11月に入り、木々はオレンジ•赤•黄色に染まり、すっかり秋となった。葉が落ちるのをみていると、焼き芋が食べたくなる。日が暮れるとかなり冷えるが、日中はまだ暖かい方で、木々を眺めながら歩くのが気持ちいい。


◆◇World Deaf Cinema Festival 世界ろう映画祭◇◆◇
 11月頭に世界ろう映画祭がギャロデットで4日間にわたり開催された。世界中から170本以上の短編•長編映画の応募があり、その中からノミネートされた13本の映画が上映され、最終日にはアワードと交流会があった。

 日本からも大館信弘監督の「アリとキリギリス」もノミネートされ、鑑賞した。秋学期が始まってからあまり映画を観ることがなかったので、とても良い機会であった。「アリとキリギリス」は日本でもなじみの深い童話だが、今日日本に伝えられている結末は、他の国とは違うということに驚いた。日本の結末は、 お腹を空かせているキリギリスをアリが助けるというものだが、他の国ではアリは「自業自得だ。」としてキリギリスを助けず無視する、というものだそうだ。「困った時は、お互い様。」、という助け合い精神が表れていたりと、日本の社会を反映している映画だと思った。


◆◇Audism と Linguicism◇◆◇
 Audism(オーディズム/聴覚差別) ・ Linguicism(言語差別)、という言葉をご存知だろうか。 去年オーロニ大学でAudismという言葉を学んだ。今月、言語差別について学ぶ機会があったので紹介したい。

 Audismとは1975年にできた言葉で、簡単に言うと、「聞こえないこと」に対する偏見•差別•抑圧を指す。


•  「聞こえないから、しょうがないよね。」
•  聞こえないことを哀れむ。「聞こえないのに頑張っていて、すごい。」
•  筆談をめんどうくさそうにする。
•  受付で、筆談で会話しているとき。ろう者が紙に書いている間、「次のお客様ー。」
•  グループで。「(ろう者)ねぇ、何話してるの?」「(聴者)後で言うよ。」
•  発音訓練ばかりに力を入れ、他の教科の学習時間が減り、学力が低下。
•  「(ろう者にしては)きれいな発音だね。」
•  聞こえない、話せない、というだけで、無学無能と決めつける。
•  手話を流暢に話し、日本語が苦手なろう者に対して「読み書きできない人」。


 Linguicism(言語差別)とは、文字通り、言語へ対する偏見•差別•抑圧である。例えば英語圏では、英語の得意な人が社会的上位に立ち、英語を第二言語とする、英語が苦手な人は見下され、良い仕事に就けないというような社会的格差が生じる。 今日では、国際化に伴い、英語が第一言語でない国も、英語ができるほうが就職に有利である国が増えてきている。

 言語差別はAudismの一部でもある。 上で述べた、手話を流暢に話し、日本語が苦手なろう者に対して「読み書きできない人」と見なすのが言語差別の一例である。

 それは聴者による差別だけでなく、ろう者間でも起こっていることである。デフスタディー学部のBenjamin Bahan博士のお話を紹介したい。


 Benjaminはろう者の両親の元に生まれた。父親は手話が流暢だが、英語は苦手な方であった。反対に、母親は手話は日常会話程度だが、英語は流暢であった。発音もスムーズであり、聴者との交流が盛んであった。小さい頃から彼の父親は「父さんは昔から頭が悪かった。父さんは読み書きができない。母さんのほうが頭がいい。」とよくBenjaminに言っていた。TTY(テレタイプライター)というタイプライターに文字入力をして会話をする電話機が発明され、ろう者も電話ができるようになっても、彼の父は一度もTTYを使わなかった。どう英語で表現すればいいのかわからなかったからだ。結局はいつも母親が使っていた。

 聾学校でも口話教育が推進され、英語の読み書き•発音ができる生徒を「優等生」としていた。

 Benjaminには「英語ができること、話せること」が社会で認められるために重要であるという意識が体に刷り込まれていき、父親を恥ずかしい存在だと思うようになった。

 ギャロデットに入学してからアメリカ手話が言語であることを学び、今まで「読み書きできない」と思っていた父親が「読み書きできる」人だったことに気づいた、という。


 英語とアメリカ手話はまったく別の言語なのに、英語の方が優れた言語であると見なし、例えアメリカ手話が流暢でも、英語が苦手な場合は「頭が悪い」とする。 聴者が声を使ってコミュニケーションを図るように、ろう者は手話でコミュニケーションを図る。手話で自分の考えを表現することができるし、読み取ることもできる。それはただ、使用言語が異なるだけである。読み書きできないわけではない。そして言語差別は、周りからの影響を受けやすく、知らず知らずのうちに手話に対するネガティブ意識が芽生え、気づいたら、自分も差別をしていた、という人は数多い。

 日本はまだ手話が言語として認められていないために、日本のろう者は更なる抑圧を受けているのだろう、と思う。

 手話は言語であることを認識していだが、私自身も言語差別をしている時があることに気づいた。そして、日頃自分が発しているメッセージが、周りの人に影響することを改めて思い知らされた。 さらなる手話やろう者への理解と認識を深めるために、まずは自分自身の姿勢を見直し、差別払拭につながるメッセージを発信していきたい。


◆◇Thanksgiving 感謝祭◇◆◇
 11月24日から28日までは感謝祭で学校が休みであった。今年の感謝祭は、友人等と鍋パーティをした。感謝祭の伝統料理である七面鳥は食べられなかったが、おいしいかぼちゃパイをいただいた。感謝祭の翌日はブラック•フライデーと呼ばれる大バーゲンの日で、全米のお店が朝3時からなどという、ありえない時間に開店し、品物を激安価格で売りさばく。アメリカで感謝祭を過ごすのは今年で三度目になるが、今年になって初めてブラック•フライデーに参戦することができた。友人等と深夜12時に開店するアウトレットモールへ行き、ショッピングを楽しんだ。3割引は当たり前で、半額の物も多くあり、さらに深夜3時になっても人ごみがすごく、驚いた。

 秋学期の間、なかなかゆっくり買い物をする機会がなかったので、やっと冬服を買うことができ満足している。さらに食べ過ぎで脂肪も蓄えることができ、去年は100年に一度の大雪が降ったというDCの冬を、完全武装で暖かく迎えられそうである。

 11月が終わったら、秋学期も残り2週間のみとなる。テストやレポート、プレゼンなどで忙しくなるが、最後までしっかり取り組みたい。

今年も残りわずかとなりましたが、皆様が良い年末年始を過ごせますよう、お祈り申し上げます。

Happy Holidays!!!

川俣郁美

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