2009年12月生活記録(第4期生 福永 梢)[2010年01月13日(Wed)]
新年明けましておめでとうございます。
皆様にとって意味ある1年間となりますように。
皆様にとって意味ある1年間となりますように。
ワシントンDCの雪
12月のワシントンDCはまれにみる、しかも記録的な大雪に見舞われた。ここは札幌か!と思うくらい積もった。ワシントンDCは東京のようにパニックになり、すべての交通網がマヒ、近くの大通りではお店が1店しか開いていなかったそうだ。私はと言えば、天気予報を見ていなくてマイカーを屋根のある駐車場に移動しそびれ、深夜に友人とのらりくらり3時間除雪作業をした。雪に備えてタイヤチェーンなども準備していなかったため、牛乳を買いに行けなくて生クリームでカフェオレを作ってみた。クリーミーすぎて気持ち悪いだけだったので、2日間お茶でガマンした。2日ぶりに飲んだカフェオレのおいしさと言ったら、もう。感動。これはこれでおもしろかったので、また降ってほしいと思う(天災がない程度に)。

↑雪に埋もれたマイカー(このあと除雪しました)
言語と数学
子どもの発達心理に関するクラスで、またもや興味深いことを学んだ。欧米よりアジアのほうが数学に長けていることはよく知られている。その要因として、数字を音声言語で表現したものの長さを提案した研究がある。
<例:182>
日本語: ヒャク ハチジュウ ニ (100、80、2)
韓国語: ペッ パルシッ オ (100、80、2)
英語: ワンハンドゥレッドゥ エイティ トゥ (1-00、80、2)
フランス語: サン キャトルヴァン ドゥ (100、40×2、2)
日本語・韓国語では発音される音が少なく、英語・フランス語では多くなる。脳の働きが発音の分にとらわれ、数学的な思考のために使う分が減って発達に差が出るという考え方である。フランス語では70以上の10の位を発音するとき、掛け算を用いる。それにもかかわらず、アジア圏のほうが数学的思考に長けているという。人は音や形という曖昧なものから言葉に接し、意味や計算は経験や知識などによってあとから学ぶのだろう。
ASLのクラスでのことを思い出す。手話を獲得するとき、子どもは初めはぼやーっとした手指の形しか見ていないし覚えていないそうだ。コミュニケーションを重ねて、経験や知識が増えてくると、細かい違いや意味がわかってくるという。「あいまい」から「はっきり」なのである。日本での手話や日本語の学び方や、手の動きの数と数学的思考との関係をふと考えてみたりした(2桁の数字だと日本手話とASLで手の動きの数は変わらないが、3桁以上になると日本手話のほうが少なくなる)。
冬休み
12月半ばに期末テストが終わり冬休みに入って、ようやく一息ついた。大雪で交通網が乱れる中、クリスマス前に無事日本へ帰ることができた。去年は心のエネルギーはともかく、体のエネルギーを摂り過ぎたので、今年は気をつけたい。皆様、2009年の1年間お疲れ様でした。




