2009年3月生活記録(岡田)[2009年04月22日(Wed)]
私の通っている大学はquarter制なので、今月で大学院生活2quarter目が終了した。高校も二期制の学校だったので、1年が3学期に分かれているというのは未だになれない部分もある。
■NASPA conference
3月7-10日まで、シアトルで開かれたNASPA- Student Affairs Administrators in Higher Educationという団体のカンファレンスに参加してきた。全米から日本で言う学生部にあたるセクションの関係者が集まる会議であり、研究者から職員、大学院生、あるいは海外から1000-2000人の参加者を数え、ワークショップの数は200に上る非常に大きなカンファレンスである。興味深かったのは、初参加の人や大学院生に対してのワークショップやイベントも多数開かれ、就職相談(「相談」と、日本語で書くとだいぶ違うイメージになってしまうが)、メンター制度を取り入れたトレーニングの機会もあり、高等教育機関側がこのような機会を通して積極的に若い人材に活躍の場を提供し、あらゆる人を巻き込んで、高等教育全体として盛り上げていこうという活気があったことである。あまり話す機会がなかったが、20代後半から30代前半のHigher Education Administrationで学ぶ大学院生もかなりいたようで、アメリカの高等教育のパワーを感じた。こうした点は、職員であっても大学院教育を志向したり、Ph. D保持者が職員と一緒に実務を担っていたり、という「教員」「職員」という線引きが必ずしも明確ではない大学システムの特徴とは無縁ではないと思われるが、日本でも研究者・職員・大学院生がもっと積極的に交流できる環境があると、知識や経験の共有や新たなアイディア、活気が生まれていくのではないかと感じた。
7日のクラス終了後にそのまま空港に車を止めてシアトルに向かい、10日の朝一のワークショップ参加後に急いでSFに戻ってそのまま大学に行き、グループワークとクラスに参加というハードなスケジュール(出発20分前に空港に到着というおかしな最短記録樹立(?)というオマケつき)であったが、少しずつ修士論文や、その他の個人的なリサーチなどにとってのアイディアや、考えるときの視点も広がってきているので、行ってよかったと思う。
■クラス
無事に今学期も3クラスをまあまあの成績でパスすることができた。今学期はグループワークも多く、文化や性格の違いもあって、各自の進め方の違いなどにも戸惑ったが、それも一つの経験としてよかったと思う。思えば、日本で学生だったときは通訳者がいなかったため、グループワーク自体に入れなかったし、あまりそのメリットやデメリットを知ることまでは経験できなかった。アメリカで、英語の環境でASL通訳を使いながらというのは、言葉の違いや時間差が二重に影響するという難しい面もあるが、少なくとも対等にグループの一員としてかかわれたことは楽しかった。たとえば、あるクラスで、グループで1つのペーパーを書き上げプレゼンするという課題があり、私のグループは図書館のグループワーク用の部屋で、パソコンをプロジェクターにつないでペーパーをスクリーンに映したり、ホワイトボードのようになっている壁でマインドマッピングをしたりしながらディスカッションをした。こうした結果、メンバー全員が情報を目で確認しながら議論を進めることができ、また私も文章の構成や論点の整合性などの細かい点について意見をぶつけることができた。グループワークの中で、このようなレベルの高い議論ができたことはおそらく初めての経験だと思う。今学期はじめにあったグループワークで、自分がついていけなかったり、メンバー間で歩調がかみ合わずに消化不良で終わったりと、グループワークにあまりいい印象を持っていなかったが、最後のクラスで、グループワークもなかなかいいものだと感じることができ、自分の学習効果に間違いなくプラスになっているとそのプロセスの中で感じた。またこのような経験をしたいと思っている。
今回成功したのは、メンバーのちょっとした話し方の違いや、場所のセッティングのも良い方向に働いたが、通訳者の、黒子ではあるが主張するという態度もかなり良い影響を及ぼした。不明瞭なときや、同時に話すなどディスカッションが混乱したときに、躊躇なく止めたり、通訳者として難しいことが起こるとその理由を説明したり、あるいは私が混乱しているとみるとフォローしたりと、通訳するためにうまく場をコントロールしていた。このときの感覚を文章で説明するのは難しいが、通訳者に「いい意味での存在感」があるのである。日本ではあまり見られないと思うが、通訳者とほかの学生が(時には通訳者から)気軽に会話するということも見られた。こういう行動は通訳者として良くないと見られるが、通訳者を含めた「チーム」としての会話を形成するのに、かなり大きな役割を果たしていることは間違いない。「利用者としての学生」「黒子としての通訳者」という役割が正しいとすれば、今回のようにディスカッションが難しくなる場面になってしまったら、基本は通訳を使う学生が説明したり要望を言うべきではあるが、日本での経験を思い出して考えてみても、すべての状況をつかめていないために時としてうまく説明できなかったり、心理的に大きな負担になることも多々あった。それが今回は通訳者がうまく処理してくれたので、私は一学生として負担なく議論に参加することができたし、変に遠慮することもなかった。ほぼすべてのクラスで通訳者のこうした行動が、自分がクラスに参加するために役立っているが、今回はそれが特にいい方向に働いた。自分とほかの学生や先生を「耳代わり」としてつないでいるというよりも、通訳者が「人」として加わってうまくチームを作っているような感覚である。この「いい意味での存在感」が日本の大学の教室にあれば、もっと聴覚障害学生は授業に参加できるだろうな、というのを感じている。
■NASPA conference
3月7-10日まで、シアトルで開かれたNASPA- Student Affairs Administrators in Higher Educationという団体のカンファレンスに参加してきた。全米から日本で言う学生部にあたるセクションの関係者が集まる会議であり、研究者から職員、大学院生、あるいは海外から1000-2000人の参加者を数え、ワークショップの数は200に上る非常に大きなカンファレンスである。興味深かったのは、初参加の人や大学院生に対してのワークショップやイベントも多数開かれ、就職相談(「相談」と、日本語で書くとだいぶ違うイメージになってしまうが)、メンター制度を取り入れたトレーニングの機会もあり、高等教育機関側がこのような機会を通して積極的に若い人材に活躍の場を提供し、あらゆる人を巻き込んで、高等教育全体として盛り上げていこうという活気があったことである。あまり話す機会がなかったが、20代後半から30代前半のHigher Education Administrationで学ぶ大学院生もかなりいたようで、アメリカの高等教育のパワーを感じた。こうした点は、職員であっても大学院教育を志向したり、Ph. D保持者が職員と一緒に実務を担っていたり、という「教員」「職員」という線引きが必ずしも明確ではない大学システムの特徴とは無縁ではないと思われるが、日本でも研究者・職員・大学院生がもっと積極的に交流できる環境があると、知識や経験の共有や新たなアイディア、活気が生まれていくのではないかと感じた。
7日のクラス終了後にそのまま空港に車を止めてシアトルに向かい、10日の朝一のワークショップ参加後に急いでSFに戻ってそのまま大学に行き、グループワークとクラスに参加というハードなスケジュール(出発20分前に空港に到着というおかしな最短記録樹立(?)というオマケつき)であったが、少しずつ修士論文や、その他の個人的なリサーチなどにとってのアイディアや、考えるときの視点も広がってきているので、行ってよかったと思う。
■クラス
無事に今学期も3クラスをまあまあの成績でパスすることができた。今学期はグループワークも多く、文化や性格の違いもあって、各自の進め方の違いなどにも戸惑ったが、それも一つの経験としてよかったと思う。思えば、日本で学生だったときは通訳者がいなかったため、グループワーク自体に入れなかったし、あまりそのメリットやデメリットを知ることまでは経験できなかった。アメリカで、英語の環境でASL通訳を使いながらというのは、言葉の違いや時間差が二重に影響するという難しい面もあるが、少なくとも対等にグループの一員としてかかわれたことは楽しかった。たとえば、あるクラスで、グループで1つのペーパーを書き上げプレゼンするという課題があり、私のグループは図書館のグループワーク用の部屋で、パソコンをプロジェクターにつないでペーパーをスクリーンに映したり、ホワイトボードのようになっている壁でマインドマッピングをしたりしながらディスカッションをした。こうした結果、メンバー全員が情報を目で確認しながら議論を進めることができ、また私も文章の構成や論点の整合性などの細かい点について意見をぶつけることができた。グループワークの中で、このようなレベルの高い議論ができたことはおそらく初めての経験だと思う。今学期はじめにあったグループワークで、自分がついていけなかったり、メンバー間で歩調がかみ合わずに消化不良で終わったりと、グループワークにあまりいい印象を持っていなかったが、最後のクラスで、グループワークもなかなかいいものだと感じることができ、自分の学習効果に間違いなくプラスになっているとそのプロセスの中で感じた。またこのような経験をしたいと思っている。
今回成功したのは、メンバーのちょっとした話し方の違いや、場所のセッティングのも良い方向に働いたが、通訳者の、黒子ではあるが主張するという態度もかなり良い影響を及ぼした。不明瞭なときや、同時に話すなどディスカッションが混乱したときに、躊躇なく止めたり、通訳者として難しいことが起こるとその理由を説明したり、あるいは私が混乱しているとみるとフォローしたりと、通訳するためにうまく場をコントロールしていた。このときの感覚を文章で説明するのは難しいが、通訳者に「いい意味での存在感」があるのである。日本ではあまり見られないと思うが、通訳者とほかの学生が(時には通訳者から)気軽に会話するということも見られた。こういう行動は通訳者として良くないと見られるが、通訳者を含めた「チーム」としての会話を形成するのに、かなり大きな役割を果たしていることは間違いない。「利用者としての学生」「黒子としての通訳者」という役割が正しいとすれば、今回のようにディスカッションが難しくなる場面になってしまったら、基本は通訳を使う学生が説明したり要望を言うべきではあるが、日本での経験を思い出して考えてみても、すべての状況をつかめていないために時としてうまく説明できなかったり、心理的に大きな負担になることも多々あった。それが今回は通訳者がうまく処理してくれたので、私は一学生として負担なく議論に参加することができたし、変に遠慮することもなかった。ほぼすべてのクラスで通訳者のこうした行動が、自分がクラスに参加するために役立っているが、今回はそれが特にいい方向に働いた。自分とほかの学生や先生を「耳代わり」としてつないでいるというよりも、通訳者が「人」として加わってうまくチームを作っているような感覚である。この「いい意味での存在感」が日本の大学の教室にあれば、もっと聴覚障害学生は授業に参加できるだろうな、というのを感じている。




