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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
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2009年3月生活記録 (第4期生 福永梢)[2009年04月02日(Thu)]
 この色は緑か、否か。3月4日は聖パトリックの祝日(St. Patrick’s Day)。何かしら緑色を身につけないといけない日。身につけていなかったら、つねられる日。つねられたくない私はもちろん「緑色」の服を着て行ったが、「緑じゃない!いや黄緑だ!いやこれは黄色でしょ!」とつねりたい人(友達)とつねられたくない人(私)の戦いが待っていた。誰が何と言おうと、黄緑で、緑色のうちに入ります。

□クラス
   英語クラスは他に5つクラスを取っていることもあり、一時期2週間分くらい後れを取った。ASLクラスも宿題が多く、特に、一人手話劇のDVD作成では他の宿題のための時間を費やした。ピエロになったり浴衣を着たりして1人で3役演じたのは、楽しかった。中間テストも重なって大変だったが、DVDは好評だったし英語クラスでの遅れもなんとか取り戻すことができた。DVD作成を通して、同時通訳の大変さ、手話の見せ方など手話通訳の立場を学ぶことができた。ろう教育、ろう文化、心理学の授業では、同時に取ってよかったと感じている。1つの授業で学んだことが他の授業で結びついてより深く考えさせられる。特にろう教育の授業では、私の好きな言葉でもある「無知の知」の大切さを授業のたびに感じる。1つにはくくることができないろう・難聴者と関わるとき、広い視野を持つことは欠かせない。「聴こえる、聴こえない(聴こえにくい)に関係なく、どのようにして人々の視野を広げるか、自分もまたどのようにして自分の考えを伝えていくか」、これは私の課題の1つでもある。そのため、先生の授業の進め方や言葉の選び方はとても参考になる。

□初体験
  手話を全く知らない聴こえる人の中で一緒に会話を楽しむ、というアメリカでは初めての体験をした。聴こえる友達の誕生日パーティーに招かれ、その際に手話を知っているのは2人だけだと言われた。私はASLも英語もまだまだなので、みんなにとっては話し相手としてつまらないだろうから早く去ることになるかもなと思いながら、あまり深く考えずに参加することにした。19時から始まって、気がついたら深夜1時になっていた。正直楽しくて、時間に全く気付かなかった。もちろん、手話を知っている人とも話したし、その人を通して他の人とも話したし、手話を知らない人とも直接筆談で話した。この体験を通して、伝え合うことができればコミュニケーション方法や言葉はなんでもいいこと、伝えよう、わかろうとする気持が大切であることを改めて確信した。加えてタイミングや解釈、価値などを考えると、『言葉=賭け』だとつくづく思う。

□大学院進学に向けて
  TOEFLとGREでの英語の得点が心配だったが、無事大学院への進学が決まった。将来やりたいことをするために、今の自分には柔軟なコミュニケーション手段、ろう文化やろう者に対する理解が必要だと考えている。そのための大学院選びで、自分にとって決して楽ではない道だが、自分を揺るがさずに楽しんでいきたい。
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