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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
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2008年7月生活記録(岡田)[2008年08月11日(Mon)]
7月はサマースクールとインターンシップで忙しい日々だった。通常の学期に比べて短期間で行ったため、必然的に時間が凝縮されたような1ヶ月であり、大変ではあったが、集中できた期間だったように思う。


サマースクール終了


先月報告したサマースクールだが、7月に入ってからうまくペースがつかめずに苦労した。というのも先生がいい加減な進め方をする人で合わせるのに苦労したからである。

例えば、シラバスに沿わずに、課題の締切日を「あさって」などと突然告知したり、逆に当日回収せずに期限を引き延ばしたり、テストの内容が前日に変更されたこともあった。説明もあまり論理的ではなかった。もしかしたらアメリカ人なら「この先生ダメだ」「このクラスやめて秋に取ろうとか」などと捉えて受け止め方はまた違うのかもしれないが、私は性格上、曖昧なのは落ち着かず、特に右も左もわからない留学生という立場なので、「To Do List」をこなすように確実にこつこつと進みたい。

そのため、できるだけ質問をしたり、オフィスアワーでシラバスとの違いを確認したりした。しかし結局最後まで自分の感覚と合わせることができず、結果として、自分の意思でここにいる、主体的に取り組んでいるんだという感覚にはなれず、精神的に少しきついクラスだった。

ただ、最終的には、1000語レベルのreserch paperを2つ、2000語レベルのものを1つ、最後の2週間の間に書き、評価も「A」を取れたのでその点はよかった。essayを書く際のコツというか、時間配分やリサーチの手順、どこまで深くやるか、などがわかり、今後に役立つものとなった。英語のクラスは春・夏と取ってきたが、英文自体のバリエーションなども増えてきたと感じることが多くなり、自分で多少成果が感じられている。

英語に関してはこれで一番上のクラスまで到達したが、内容が多少異なる同レベルのクラスがほかにあるので、機会があれば受講しようと考えている。


インターンシップ


7月も先月と同様に、サービスに関わるスタッフと個別に合って、仕事内容などの聞き取りとまとめを行った。特に夏は学生が少ないこともあって、管理職の立場にある人から連日のようにレクチャーを受けることができ有意義だった。

興味深い点も多々あり、これらをどうまとめていくかが今後の、そして留学期間を通しての課題であると感じている。


秋以降について


秋より大学院に進学して、Educational Leadership in Higher Edication もしくはHigher Education Management というプログラムで、より専門的に大学運営・プログラム運営を学びたいと考えている。

しかしながら、進学を予定していた大学院が当初と違う入学要件を言い出してはじめからやり直しになったり、トフルの受験がうまくいかなかったりと、多くの障害が生じてしまい、結果的に現時点で秋以降どこの大学にいるか未だに決まっていない状況である。今後のことは決まり次第報告したいと考えている。

なお一連の出来事のなかで、日本の大学や自治体、企業・組織などの質の高さはすばらしいと感じた。例えばトフル受験のために必要な手続きが進むまでに1ヶ月はかかり(そのほとんどは担当者の連絡忘れやミスやたらい回し)、試験会場確保の最後の段階では、VPで4時間話して説明し、時には強く苦情を言い、やっとのことで話がついたという有様である。

他にも、家のインターネット回線とVPの不具合で呼んだテクニカルサポートが2時間遅刻した上に、うまく対応できずに予定時刻をオーバーしたために、ルームメイトも含めて全員がその日の予定をキャンセルをせざるを得なくなったり、その上前よりも悪くなったまま、また後日別の人が来るなんてこともあった。

こういう体験を通して、アメリカのサービス業の一面を知ることはできたが、時間の限られている留学生の立場からは、ストレスがたまる日々でもあった。日本は何でも満足度100からマイナスしていくように感じるが、アメリカは最低50あれば、消費者も多少は辛抱するということなのだろうか。
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