• もっと見る
聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
« 2008年5月生活記録 (第3期生 管野奈津美) | Main | 2008年5月 生活記録(1期生 池上 真) »
2006/4/28ブログ開設時からのアクセス数
UL5キャッシング
最新記事
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新コメント
月別アーカイブ
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/index2_0.xml
2008年5月生活記録(岡田)[2008年06月15日(Sun)]
学期末試験

今月は学期末テストやレポートに追われた1ヶ月であった。特に、私にとって今学期最大のチャレンジであったメインストリームクラスでのEnglish Writingは、先月末にクラスのスケジュールが遅れた関係で、2週間の間にreserch paper, paragraph report, final examが課されるという非常に厳しいスケジュールとなった。

deaf students向けの英語クラスを担当している先生(Nancy先生)にオフィスアワー以外の時間にも見ていただき、事前にエッセイを書いて準備したりできる限りの事前準備をして望んだ結果、幸いにも「B」を取ることができた。

このクラスでは、学期通して様々なエッセイの書き方を練習しコツのようなものを見につけることができた。しかしながら、事前にチューターを受けて提出できる課題では高得点を取ることが可能でも、クラス内で書くエッセイは70点台ということが多く、根本的な英語力が不足していることは否定できない。また、ナンシー先生がいなかったら、このクラスはパスできなかったかもしれない。

そういう点で、独力でやっていくにはまだまだ実力不足なので、サマースクールで履修するEnglish101Aでは引き続き努力していきたいと思う。

Deaf Education、Reading strategyなど他のクラスではなんとか「A」を取ることができた。特にDeaf Educationのテストのエッセイでは、細かな点はともかく、Introduction, Body, Conclusionというエッセイの骨組みを素早く決定して書いていくことができ、多少の上達を感じることができてよかったと思う。


卒業式

学期最終日に卒業式があった。印象的だったことは日本と違ってフレンドリーな雰囲気の中で行われることと、全員がガウンを着ていたことである。日本では博士課程卒業者のみがガウンを着る大学が一般的だと思うが、全員がガウンを着ていて誇らしそうな表情をしていた。deaf studentsも6名が卒業し(出席者は4名だったが)、他のdeafの学生や先生から祝福を受けていた。

あとでメンターの先生に聞いた話では、卒業式に参加するのは半数程度であるとのこと。参加しない学生は様々な事情があるが、コミュニティカレッジで得られる学位(AA,AS)にはそれほどの重みを感じないために卒業式には出ないという学生も少なくないとのことであった。

しかし、その反面、参加する学生の中には、経済的な理由や家庭の事情などで何年もかけてやっと卒業できたり、周りの人の援助や応援を受けながら卒業というゴールにたどりついた学生もいて、そのような学生やその家族にとってはこの卒業式というのは1つの晴れ舞台であると教えられた。事実、家族総出で列席している学生も少なくなかった。

ここアメリカの高等教育の場では、経済的な理由や家庭の事情、あるいは本人の学力などから、ひょっとしたら望んでもこれが最後の卒業式となる学生も少なくない。特にアメリカでは、最終学歴と職業が強く関係しているため、この「卒業」という分岐点がその後の人生に大きく関係する。そのような目で、この卒業式そして大学教育というものを考えてみると、「大きな重み」を感じた一日であった。


通訳者養成課程


卒業式の数日前には通訳者養成課程(Interpreter Preparation Program: IPP)の修了式があった。

友人が通訳者コースにいるので参加させていただいたが、通訳者養成課程の奥深さというか、運営の大変さを感じることができた。たった6名の卒業生であったが、それに関わった人の数はその何倍もいる。6名へのCertificate授与とともに、インターンシップを受け入れた機関やメンターへの表彰も同時に行われたが、その数は数え切れないほどであった。オーロニカレッジで働く通訳者だけでも20名弱になるが、それに加えて学外の機関、他大学の通訳者や先生、その他多くの人が、この6名と一緒に働いていたことがわかった。

日本でも高等教育に対応できる通訳者をというニーズはあり、それに向けて少しずつ進んでいるが、この卒業式を通してどれだけ多くの人がかかわり、そしてその高度な専門性とその多様さを知り、一筋縄ではいかないことを痛感した。今までもカリキュラムを調査したり、授業を見学したり、あるいは学内外の様々なワークショップに参加して、「高度専門領域に対応するのに必要なものは何か」を知ってはいたが、この日はそれを実現している姿を目の当たりにしたのである。

終了後にメンターの先生と、ご自身で通訳者派遣ビジネスをされている方と3人で話す機会があり、「卒業式は楽しかったけど、通訳者養成コースの裏側を見て、あまりにも遠い道を感じてしまった」と率直に感想を述べたところ、「それをするには何十年もかかる。でも誰かがそっと種をまいたからここまで育ったんだよ。種をまくことを恐れてはいけない。誰かがそれをやらないと始まらない」とおっしゃられた。

確かにそのとおりだと思う。私の留学目的である「高等教育機関における障害学生支援プログラムの構築」もアメリカでは40年の歴史があるが、日本でも同じプロセスを踏むとは限らない。ただ「種」がなければ進まないし、人も集まらないのは同じである。残りの留学期間、この「種」の1つとなれるようもっと多くのことを吸収していこうと思う。



この記事のURL
https://blog.canpan.info/deaf-ryugaku/archive/188
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント