2023年4月「言語学の木」鈴木美彩(18期生) 生活記録[2023年05月08日(Mon)]
2023年4月 第18期生 鈴木美彩 生活記録
言語学の木
↓動画はコチラから↓
https://youtu.be/RLAEepqTsPQ
春学期もようやく終わりホッとしています。秋学期に引き続き春学期も合わせて約1年間、言語学について学びを深め、言語学というものがどういうものなのか自分の中であまりしっかりとしたイメージが形成できていなかったのですが、現在は言語学の学びとはなにかを理解できていると自信を持って言えるようになりました。日本手話の研究への意欲も大きくなりました。この夏はDCに残って夏のコースを受講予定です。他の学生が帰省などでいないのでキャンパスは静かです。
この一年間、音韻論、認知言語学、生成言語学の3つの軸をもとに言語学を学んできました。音韻論と認知言語学はちょっとずつ興味深いものやその歴史について紹介してきましたが、生成言語学についてはその名前だけの紹介に留まっています。ちょっとお話するのもためらってしまうような難しいところもあったので、ちょうど1年間の学びを終えた今なら、要点をおさえた良い説明ができるのではないかと思い、今回のテーマにした次第です。
話すのが難しいというのは内容的に難しいということではなく、まず、音韻論や認知言語学の授業とは違って、音声言語と手話言語の両方に応用しながら学ぶのではなく、秋学期は音声言語に集中して生成言語学を学び、この春学期に手話言語における生成言語学を学ぶというやり方でした。なので私にとっては、手話と音声の両方から見た生成言語学を整理するいい機会でもあります。また、生成言語学は数学のような特徴を持っていて、公式を知らないと答えが解けないような部分もあります。だから順序を持って説明したかったというのが理由です。生成言語学の特徴や魅力を簡単にお伝えできればと思います。
生成言語学において最も重要な理論が「普遍文法」で言語が異なっていても深層構造においては共通しているというのがこの普遍文法の理論です。音声や手話で発話されたものはそれぞれ表面だけを見れば文法や語順などはそれぞれ異なります。しかし、その表面構造を分析していくと深層構造が見えてきます。その深層構造には様々な言語の間で共通するものがあるということです。分析するために使うのが「樹形図(ツリー)」です。ツリーは木のことですが、授業では必ずと行っていいほど毎回ホワイトボードにこのツリーを書きまくりました。秋も春もこの授業だけ必ずホワイトボードに囲まれた部屋が割り当てられていました。もちろん課題でもツリーを大量に作成しました。Googleのジャムボードというリアルタイムで自由帳のようなページを共有できるアプリを使ったグループ学習もやりました。このツリーだけを見ても意味不明ですが、ポイントは表層構造から深層構造を見るためにこのツリーが使われるということです。
このツリーのおかげで表層構造では全く異なる構造を持つ言語動詞に深層構造においては同じ機能が見られることを発見できます。例えば、主語が抜けがちな日本語でも、深層構造では主語の機能を果たすパーツがみられ、それは英語の深層構造でも同じ場所に位置しています。また、語順においても日本語はSOVなのに対し英語はSVOで、なぜ違うのか、副詞や否定詞の位置が鍵となり、その相互作用からその言語の語順を説明することができます。音声言語に関する生成言語学の知識を一通り学んだところで、秋学期の最後には、見たことのないような他の外国語を見てその構造を見極めるという課題が出されました。非常に難しかったですが、公式から問題を解いていく数学のような面白さがありました。
そして、この春学期は手話のツリーの書き方を学びました。しかし最初の授業で先生が放った言葉は「手話のツリーはめちゃくちゃだから覚悟を」でした。さらに、多くのツリーに囲まれた教室はどんどん木が生えて森と化すから迷子にならないようになんて冗談も出ました。本当に手話のツリーは難しいです。その理由の一つが、音韻論と同じように歴史が長い音声言語に比べて手話言語はその歴史が短いことです。秋学期の授業では音声言語の生成文法の研究の歴史に沿って学んだので、途中でこのツリーの書き方では応用が効かないので別の方法でやりますと、いろいろな書き方を歴史に沿って学びました。一部の学生がせっかく学んだ方法をリセットして学ぶ直すくらいなら最初から一番新しいツリーの書き方を学んだほうが良いとごもっともな不満を言っていましたが、現在のツリーの書き方ががどのように作られてきたのか知るためにこの変遷をたどる必要があったというわけです。それに比べたら手話言語への応用はまだそれほど歴史が長くありません。だから未踏の地も多く、まだ開拓しはじめたばかりであるとも言えます。もう一つの理由としてはモダリティの違いです。音声と手話という違う音韻構造で発話されているので、名詞や形容詞、動詞などカテゴリーに分けるのが比較的容易な音声言語と比べて、手話のうちどの音韻をどうカテゴリー化するかは非常に難しい問題です。例えば、音声言語の所有格は必ず名詞と一緒になるなど日本語と英語で同じような構造が見られます。しかし、手話言語は現実世界の空間と指差しの方向が一致するので音声言語にはない情報が所有格そのものに含まれるのです。これはどうツリーの中に入れていくのか、多くの議論があります。他には疑問文の例があります。ツリーを書く際に、疑問詞をどこに置くかという問題がありますが、文の最初に来る言語もあれば、最後に来る言語もあります。平文と比べてどう移動させるかでその構造を見るのですが、手話はNMsによって様々なバリエーションの疑問文を作ることができます。なので、そのバリエーションは眉上げの問題なのか、うなずきなのかなど研究者によって様々な見方があります。特にアメリカ手話は頭と最後に繰り返し疑問詞が出ることも少なくありません。だから、それは1つの文章なのか、最後の疑問詞は独立した文章とみなすことができるのか、議論は尽きません。
ここまでで、簡潔に、、簡潔ではないかもしれませんが、生成言語学とは何かをまとめてみました。この学問の魅力はやはり、数学的な部分です。様々な言語にツリーを応用するとき、これまで培った知識を持って説明するのですが、授業において、他の人のツリーは違う構造になることがあり、お互いの意見を主張し合うのが面白い部分です。議論の練習にもなり、新しい見方を学ぶこともできます。違う言語の共通点を見出し、新たなる言語の構造を予測・分析することにも役立ちます。
この一年間、3つの軸をもとに学びを重ねてきましたが、本当にそれぞれ全く異なるフレームワークを持っているので、同時に学びを進めることで自分の言語学的な視点も幅広いものになりました。
言語学の木
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https://youtu.be/RLAEepqTsPQ
春学期もようやく終わりホッとしています。秋学期に引き続き春学期も合わせて約1年間、言語学について学びを深め、言語学というものがどういうものなのか自分の中であまりしっかりとしたイメージが形成できていなかったのですが、現在は言語学の学びとはなにかを理解できていると自信を持って言えるようになりました。日本手話の研究への意欲も大きくなりました。この夏はDCに残って夏のコースを受講予定です。他の学生が帰省などでいないのでキャンパスは静かです。
この一年間、音韻論、認知言語学、生成言語学の3つの軸をもとに言語学を学んできました。音韻論と認知言語学はちょっとずつ興味深いものやその歴史について紹介してきましたが、生成言語学についてはその名前だけの紹介に留まっています。ちょっとお話するのもためらってしまうような難しいところもあったので、ちょうど1年間の学びを終えた今なら、要点をおさえた良い説明ができるのではないかと思い、今回のテーマにした次第です。
話すのが難しいというのは内容的に難しいということではなく、まず、音韻論や認知言語学の授業とは違って、音声言語と手話言語の両方に応用しながら学ぶのではなく、秋学期は音声言語に集中して生成言語学を学び、この春学期に手話言語における生成言語学を学ぶというやり方でした。なので私にとっては、手話と音声の両方から見た生成言語学を整理するいい機会でもあります。また、生成言語学は数学のような特徴を持っていて、公式を知らないと答えが解けないような部分もあります。だから順序を持って説明したかったというのが理由です。生成言語学の特徴や魅力を簡単にお伝えできればと思います。
生成言語学において最も重要な理論が「普遍文法」で言語が異なっていても深層構造においては共通しているというのがこの普遍文法の理論です。音声や手話で発話されたものはそれぞれ表面だけを見れば文法や語順などはそれぞれ異なります。しかし、その表面構造を分析していくと深層構造が見えてきます。その深層構造には様々な言語の間で共通するものがあるということです。分析するために使うのが「樹形図(ツリー)」です。ツリーは木のことですが、授業では必ずと行っていいほど毎回ホワイトボードにこのツリーを書きまくりました。秋も春もこの授業だけ必ずホワイトボードに囲まれた部屋が割り当てられていました。もちろん課題でもツリーを大量に作成しました。Googleのジャムボードというリアルタイムで自由帳のようなページを共有できるアプリを使ったグループ学習もやりました。このツリーだけを見ても意味不明ですが、ポイントは表層構造から深層構造を見るためにこのツリーが使われるということです。
このツリーのおかげで表層構造では全く異なる構造を持つ言語動詞に深層構造においては同じ機能が見られることを発見できます。例えば、主語が抜けがちな日本語でも、深層構造では主語の機能を果たすパーツがみられ、それは英語の深層構造でも同じ場所に位置しています。また、語順においても日本語はSOVなのに対し英語はSVOで、なぜ違うのか、副詞や否定詞の位置が鍵となり、その相互作用からその言語の語順を説明することができます。音声言語に関する生成言語学の知識を一通り学んだところで、秋学期の最後には、見たことのないような他の外国語を見てその構造を見極めるという課題が出されました。非常に難しかったですが、公式から問題を解いていく数学のような面白さがありました。
そして、この春学期は手話のツリーの書き方を学びました。しかし最初の授業で先生が放った言葉は「手話のツリーはめちゃくちゃだから覚悟を」でした。さらに、多くのツリーに囲まれた教室はどんどん木が生えて森と化すから迷子にならないようになんて冗談も出ました。本当に手話のツリーは難しいです。その理由の一つが、音韻論と同じように歴史が長い音声言語に比べて手話言語はその歴史が短いことです。秋学期の授業では音声言語の生成文法の研究の歴史に沿って学んだので、途中でこのツリーの書き方では応用が効かないので別の方法でやりますと、いろいろな書き方を歴史に沿って学びました。一部の学生がせっかく学んだ方法をリセットして学ぶ直すくらいなら最初から一番新しいツリーの書き方を学んだほうが良いとごもっともな不満を言っていましたが、現在のツリーの書き方ががどのように作られてきたのか知るためにこの変遷をたどる必要があったというわけです。それに比べたら手話言語への応用はまだそれほど歴史が長くありません。だから未踏の地も多く、まだ開拓しはじめたばかりであるとも言えます。もう一つの理由としてはモダリティの違いです。音声と手話という違う音韻構造で発話されているので、名詞や形容詞、動詞などカテゴリーに分けるのが比較的容易な音声言語と比べて、手話のうちどの音韻をどうカテゴリー化するかは非常に難しい問題です。例えば、音声言語の所有格は必ず名詞と一緒になるなど日本語と英語で同じような構造が見られます。しかし、手話言語は現実世界の空間と指差しの方向が一致するので音声言語にはない情報が所有格そのものに含まれるのです。これはどうツリーの中に入れていくのか、多くの議論があります。他には疑問文の例があります。ツリーを書く際に、疑問詞をどこに置くかという問題がありますが、文の最初に来る言語もあれば、最後に来る言語もあります。平文と比べてどう移動させるかでその構造を見るのですが、手話はNMsによって様々なバリエーションの疑問文を作ることができます。なので、そのバリエーションは眉上げの問題なのか、うなずきなのかなど研究者によって様々な見方があります。特にアメリカ手話は頭と最後に繰り返し疑問詞が出ることも少なくありません。だから、それは1つの文章なのか、最後の疑問詞は独立した文章とみなすことができるのか、議論は尽きません。
ここまでで、簡潔に、、簡潔ではないかもしれませんが、生成言語学とは何かをまとめてみました。この学問の魅力はやはり、数学的な部分です。様々な言語にツリーを応用するとき、これまで培った知識を持って説明するのですが、授業において、他の人のツリーは違う構造になることがあり、お互いの意見を主張し合うのが面白い部分です。議論の練習にもなり、新しい見方を学ぶこともできます。違う言語の共通点を見出し、新たなる言語の構造を予測・分析することにも役立ちます。
この一年間、3つの軸をもとに学びを重ねてきましたが、本当にそれぞれ全く異なるフレームワークを持っているので、同時に学びを進めることで自分の言語学的な視点も幅広いものになりました。