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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
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2022年2月生活記録【第16期生 大西啓人】[2022年03月08日(Tue)]
皆さんこんにちは。
この最後の学期が残り半分になり、ラストスパートをかける頃となってきました。改めて春学期が終わるまであと2ヶ月であっという間でしたが、無事卒業できるように引き続き頑張りますのでご応援よろしくお願いします。

今月は、自分の研究で取り上げている内容の一部をテーマにしようと思います。皆さんは「第二言語習得理論」を知っていますか?言語学的視点から、新生児期、乳児期、幼児期にかけてたくさんの子どもたちは様々な要素(両親、学校、地域など)から言語を獲得しています。前回紹介した「言語習得(獲得)理論」もそこに含まれていますね。そこで、今回は第二言語習得理論に焦点を当てたいと思います。

前に紹介したジム・カミンズ氏も言語獲得理論だけではなく、第二言語習得理論にも大きく関わった人物ですが、今回は別の人物を紹介します。スティーブン・クラシェン(Stephen Krashen)という人物にスポットライトを当てます。クラシェン氏が提唱した「モニターモデル(Monitor Model)」についても紹介します。

クラシェン氏は1970年代後半に、第二言語習得に関する一連の意見をまとめ、論文を通して「モニターモデル」と名付けて世間へ広めました。時間を経て、研究者、教育者など人々からモニター理論と呼ばれるようになります。この理論は当初、妥当性がないといった批判を受けていましたが、その妥当性をめぐる議論が「第二言語習得理論がどうあるべきか」という議論のきっかけになるほど大きく影響を与えました。クラシェン氏のモニター理論とは何か考えていきましょう。

●モニター理論(モニターモデル)とは?
モニターモデルの核となる部分は相互に関連する5つの仮説で構成されています。5つの仮説は以下のものです。
・Acquisition-Learning Hypothesis(習得学習仮説)
・Monitor Hypothesis(モニター仮説)
・Natural Order Hypothesis(自然習得順序仮説)
・Input Hypothesis(インプット仮説)
・Affective Filter Hypothesis(感情フィルター仮説)

があります。それぞれ異なる仮説ですが相互に関連しており、その5つの仮説をまとめて提唱したことでモニターモデルと呼ばれるようになりました。ちなみに「クラシェン理論」(“Krashen's theory”)と書かれている場面もよく見かけます。
次に、今から5つの仮説を順番に説明していきます。

@習得学習仮説
クラシェン氏は「習得」と「学習」を第二言語を学ぶにあたって、別の異なる独立した方法として完全に区別しています。この主張は簡単にまとめると、「言語の『習得』は無意識的なプロセスであり、言語獲得もまた無意識的なもの。『学習』は意識的であり、知識や規則を知り、意識しながら学んでいくもの。」としています。クラシェン氏によると、習得は言語使用に対する感覚を養うための潜在的な暗黙的なプロセスに基づいており、子どもの母語習得に類似しているとのことでした。一方、学習は意識的かつ明示的なプロセスに基づいており、意識的な練習と記憶によって学習されていく。とされています。

すなわち、「学習は習得に基づくことはない。」と2つのプロセスは完全に別のものとし、誰しも学習によって第二言語習得が可能であると信じていました。

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Aモニター仮説
モニター仮説は習得学習仮説と密接に関連しており、「学習」と「習得」をどのように使われているか明らかにしようとしたものです。クラシェン氏は「習得」が第二言語能力の発達を直接的に促進するもので言語使用における生産メカニズム(言語能力)を使用できるが、「学習」は言語構造を意識的に知る結果として、言語使用におけるモニター役を担っている。という考え方です。つまり、「習得」と「学習」を明確に区別した上で、学習は習得によって発話した言語に対して文法や規則上正しいかどうかチェックするモニター役でしか役割を果たさないため、言語向上につながらないとされています。「習得」と「学習」が互いに独立したプロセスとされているが、連続的なものとして捉えたほうが分かりやすいでしょう。

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B自然習得順序仮説
クラシェン氏は習得者、学習者に関わらず、言語習得に「自然の摂理」が存在すると主張していました。クラシェン氏によると、「文法や言語構造の習得は予測可能な順序で習得する。言語構造、文法構造において、ある構造は早く、他の構造は遅く習得される。」としています。他の言語学者が『子どもが第一言語習得時に形態素順序がある』と発見していたものを参照に、仮定されたものです。ただクラシェン氏は個々の形態素を順序付けるのではなく、形態素のグループを順序付けるというふうに主張していました。分かりやすく言うと、ある3つの形態素(ing形、複数形など)を「早期習得」としてグループ化し、他の形態素より早く習得されると仮定した訳です。クラシェン氏が仮定した習得順序はこのようになります。

「進行形(ing形)、複数形(s)、Be動詞」

「助動詞としてのBe動詞、冠詞」

「不規則動詞の過去形」

「規則動詞の過去形、三単現のs,所有格のs」


Cインプット仮説
この仮説はモニターモデルにおいて、一番重要な仮説になります。クラシェン氏はインプットを4つの段階にわけて説明しています。

・インプットは学習ではなく、習得に関係する。
・現在の能力レベルを少し超えた(i+1)レベルを理解することによって習得される。
・コミュニケーションが行われ、インプットが理解され、十分な量を確認できると、i+1が自動化される。
・生産メカニズムが出現する。(言語能力向上)

2番目に説明された「理解可能なインプット」は言語習得をするにあたって欠かせない要素ということになります。コミュニケーションを通して、大人のアウトプットと子どものインプットが適切に行われていれば、自然に子どもたちのレベルは「i+1」されていくということになります。(iは子どもの現在の言語レベルを指し、+1は大人の会話、言語教材など本人より少し高いレベルを指す。) そのように、現在のレベルより少し高いインプットによって子どもの言語能力が向上されていくという考え方がインプット仮説になります。

D感情フィルター仮説
ここはインプット仮説と深く相互しており、この仮説も同様に「理解可能なインプット」は欠かせない要素としていますが、様々な感情的要因がインプットの結果に影響する可能性を考えたものになります。この感情的要因をクラシェン氏は「メンタルブロック」としており、感情的要因とは、以下のものを含まれています。

モチベーション:明確な目標を持っているかどうか
性格:自信に溢れているかどうか、積極的であるかどうか
感情:不安の度合いがあるかどうか

つまり、これらの要因を経て、初めて「理解可能なインプット」が求められることになります。メンタルブロックは簡単にいうと、自信かない、不安があるなどといったネガティブ感情が言語能力の低下につながっているとされています。

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●まとめ
クラシェン氏が主張したモニターモデルとして仮定された5つの仮説を説明しました。それぞれ相互に関係しており、第二言語を習得するにあたって重要な要素になっています。ただクラシェン氏が主張したこれらの仮説はもちろん批判されたものもたくさんあります。多くの心理学者がクラシェン氏が主張したものに対して、この仮説は明確ではない、定義付けがちゃんとされてないなどと批判していますが、第二言語習得に対する根本的な言語学的な考え方は正しいと思われます。今まで発表されてきた言語理論にこのクラシェン氏の仮説が基盤となっているものも多くあります。

クラシェン氏によると、第二言語習得において何より重要なものは「インプット」だと分かります。第二言語を学んでいく中で、インプットをするにあたって不安や自信のなさなど感情的要因が妨げているところもあると思います。インプットについて、クラシェン氏によると、理想的なインプットは次のような特徴から構成されているとしています。

・理解しやすさ
・興味深く、適切である
・文法的に配列されていない(習得を目的する理解可能インプットであれば、文法に則った指導は必要ない)
・十分なインプット(練習問題や文章だけではなく、面白い記事やコミュニケーションも含まれる)

感情フィルター仮説であったように不安といったネガティブ感情をできるだけ取り除くには、安心させる必要があります。上のような特徴がちゃんと出来ていれば子どもも「分かる!」といった成功経験を積むことができ、ポジティブ感情が大きくなってきます。日本では英語を学ぶ際に、第二言語習得において十分な学習環境を整えなければなりません。それは教師による働きかけも含まれているのでしょう。英語教師として指導をするにあたって意識しなければならない部分として、インプット仮説、感情フィルター仮説が挙げられると思いますが、他の3つの仮説も意識できれば嬉しいです。

今回はクラシェン氏の第二言語習得理論における「モニター理論」を取り上げました。何かの参考になればと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました。

第16期生
大西

【参考文献】
Lai & Wei (2019), A Critical Evaluation of Krashen's Monitor Model, Theory and Practice in Language Studies, 9(11), 1459-1464, http://dx.doi.org/10.17507/tpls.0911.13

Lichtman & VanPatten(2020), Was Krashen right? Forty years later, Foreign Language annals, 55(2), 283-305, https://doi.org/10.1111/flan.12552

クラッシェンが唱えた第二言語習得5つの仮説「モニターモデル」とは?, https://englishhub.jp/sla/krashen-monitor-model
Posted by 大西 at 05:10 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
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