2021年12月生活記録【第16期生 大西啓人】[2022年01月07日(Fri)]
※手話内容はブログ記事と同様です。
※日本語字幕はついていません。
皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ここブログでは12月号ですが、投稿日は2022年1月で年越しました
アメリカで元旦を迎えるのは2回目。相変わらず年を越した実感はあまり湧いてこないのですが、友人や先輩と一緒に年末年始を通して様々なことを話して、2022年という新しい一年に向けて、心を引き締めることができました。
今年は私にとって、院2年間を経て、卒業する年になります。無事必要単位を満了し、修論を完了することが卒業するための条件になります。あと数週間で迎える最後の春学期で修論の完了を目標に勉学を励んでいきます。そして無事卒業できたら、帰国の年でもあります。日本のろう教育を貢献できる自信はまだまだないのですが、微力ながら全力を尽くしていきたいと思います。皆さんの今年の抱負は何でしょうか?またお会い出来たときにぜひ聞かせてください。
年末年始に友人や先輩と議論する機会があり、改めてジム・カミンズさんが提唱した「言語相互依存仮説」や「生活言語と学習言語」などの言語能力理論について勉強不足を感じたので、改めてブログを通して勉強し直したいと思います。
ジム・カミンズさんは言語学習に関する様々なテーマを取り扱っており、1970~80年代のバイリンガル教育における議論に対し、理論的視点から影響を与えた心理学者です。彼が提唱した「共有基底言語能力(The Common Underlying Proficiency)」、「言語相互依存仮説(Linguistic Interdependence Hypothesis)」、「生活言語(Basic Interpersonal Communication Skills)と学習言語(Cognitive Academic Language Proficiency)」などを深めていきたいと思います。
●The Common Underlying Proficiency(CUP), Linguistic Interdependent Hypothesis
共有基底言語能力とは、言語に共有基底部分が存在し、新しい言語を習得する際に活用できる共通部分を指します。加えて、言語相互依存仮説は、先程述べた言語における共有基底部分は二言語を超えて共有しており、第一言語(L1)としての言語基盤が第二言語(L2)習得へ移行することができるといった仮説です。例としてL1が母国語である英語学習者はL2としての英語を学ぶ際、母国語(L1)で築いた言語基盤は英語(L2)習得に役立てるということです。ろう者に当てはめてみると、手話言語(L1)における言語基盤は書記言語(L2)の習得に役に立つということになります。カミンズさんによると、英語学習者に対して、英語(L2)を学びながら母国語(L1)で学問的概念を身につけられるようにすることが最良であると共有基底言語能力仮説を基に述べられています。

●Basic Interpersonal Communication Skills(BICS)
上記では、生活言語(能力)となっていますが、英語から直訳すると「基礎的対人伝達スキル」になります。上記で述べた言語相互依存仮説において、それぞれの言語の独立している部分が生活言語に当てはまります。生活言語はほぼすべての人々が身につけることができる能力であり、日常生活の中で活用されるものです。コミュニケーション面において、表情や状況など非言語情報を用いることができる面でコンテクスト的に負担が少ないことで約2年ほどで習得可能とされています。カミンズさんによると、生活言語はある言語において、会話の流暢さを意味するそうです。
●Cognitive Academic Language Proficiency(CALP)
学習言語(能力)ですが、直訳すると「認知学術的言語能力」です。この学習言語は、ニ言語において、相互に依存している共有基底部分に当てはまります。カミンズさんはL1とL2の学習言語は言語相互依存によって、同じ1つの根底部分であると考えています。学習言語は生活言語と比べ、抽象的な思考が必要とされ、さらに書くこと、読むことの言語能力が重要としており、負担が大きいため習得するのに苦労します。カミンズさんによると、学術的成功に関連する概念や考えを口頭と筆記の両方で理解し、表現する能力を意味します。これも社会的相互作用を通して発達しますが、生活言語と明らかに異なるものであると分かります。
●言語能力発達モデル(Cummins' Quadrants)
カミンズさんは1979年と1981年に研究を発表し、生活言語と学習言語の区別を明らかにし、言語相互依存仮説と共有基底言語能力の存在を示しました。これによってバイリンガル教育は大きく影響を受けました。カミンズさんは生活言語と学習言語の違いを考慮した教育をなされなければならないとしています。
以下に象限図がありますが、左上の象限をAにし、右上はB、左下はC、右下はDとします。カミンズさんはA→C→B→Dの順に言語能力が発達するとモデルを示しました。左側は「コンテクスト埋め込み型」といい、日常生活会話やジェスチャー、表情などの非言語情報など、外部から情報を得られながら言語を展開するイメージになります。右側は「コンテクスト削減型」といい、非言語情報なしに電話やメールを通してスポーツを説明したり、教科書を読んで質問に答えたり、学習者が要約しながら言語を展開するイメージです。上部は日常生活やスポーツなど認知的能力が求められていない簡単なものになり、下部はグループワークや講演、読書など認知的能力が求められる複雑なものになっています。

カミンズさんはこの4つの象限(A、B、C、D)において、AとCを生活言語とし、BとDを学習言語と定義しています。教室内に限定して、それぞれの象限について考えていきましょう。
象限Aはクラスメイトに興味分野や趣味などを聞いてメモする、教師や生徒が一緒になって天気について物語を読んだり話したりする例があります。これはコンテクスト埋め込み型に加え、認知的要求が低いものになります。
象限Cは認知的要求は低いが、コンテクスト削減型に当てはまり、例えば、電話やメールでの話し合いです。もし発言者がスポーツ経験者でスポーツのルールを説明している場合は、認知的要求はありません。さらに対面だとジェスチャーなど身体的情報が入りますが、電話やメールだと入りません。そのためにコンテクスト削減型になり、象限Aより高度なレベルになります。これらは生活言語の領域でほぼすべての人が身につけることができると言われています。
次は学習言語の領域になります。象限Dは認知的要求が高く、さらにコンテクスト削減型です。例として、歴史の本を読んで課題に回答するものがあります。達成するために児童生徒は本から情報を得られなければなりません。他に学力検査(標準テスト)も該当します。もし生徒に知識がなければ、テストに回答することも難しく、書記問題だと生徒自身の言葉で要約しなければなりません。見てわかるようにこれはより高度な学術的言語能力が必要になります。
最後に象限Bですが、これは認知的要求は高いが、コンテクスト埋め込み型です。Dと同じように課題が割り当てられたとき生徒は読書スキルに長けていない場合、グループワークを組むことができます。他の生徒から内容を教えてくれたり、一緒にリスト化するなど情報を整理していくことで象限Dより少し簡単になります。また推理小説などレベルの高い小説を用いて、教師と生徒でキャラクターや話の流れ、重要な場面など一緒に情報を整理することも象限Bに当てはまります。
これは教室内だけではなく、家庭や地域社会、コミュニティも言語能力発達モデルに通ずるものがあります。4つの象限を意識しながら、生活言語と学習言語の違いを区別してバイリンガル教育を意識しなければならないとカミンズさんは述べています。
私の体験談ですが、最初に日本手話を学び、日本手話から書記日本語を学びました。最初から学習言語を身についたわけではなく、言語能力発達モデルの象限Aから始まっています。日本手話での読み聞かせ、ろう教師との日常会話を通して、日本手話を獲得してきたと自覚しています。中学生に上がる頃には日本手話は学習言語レベルに使用し、日本語はまだ生活言語レベルだったと思います。中学校から英語を学び始めましたが、当時の英語教師は日本手話ではなく日本語での教育だったため、英語理解が遅かったのではないかと今改めて思いました。乏しい日本語を頼りに少しずつ英語力が積み重ねていったのでしょうか。英語がしっかりわかるようになったのは高校や大学頃からでした。大学では英文学や発達心理学など学問を日本語で学んでいたので、日本語の学習言語レベルが必要になります。現在、アメリカに留学していますが、院で教育学といった学術的学問をASLと英語で学んでいることから象限BかCまで身につけているとは思いますが、これも日本手話と日本語の学習言語レベルのおかげで達成することができたと自分なりに考えています。これはカミンズさんの言語相互依存仮説によると、1つの言語の学習言語能力がもう一つの習得を助け、学習言語レベルまで引き上げています。
カミンズさんの思想をしっかり理解した上でバイリンガル教育を展開しなければならないと強く思い知らされました。これを通して、私自身もこれから教室内でバイリンガル教育を展開する立場として、子どもたちの言語能力レベルを考慮しながら、日本手話(書記日本語)と英語の両立を目指していける道を見つけたいと強く実感しました。
ここまで読んでくださりありがとうございます。ではまた来月に会いましょう!
大西
【参考文献】
・Yvonne S Freeman and David E Freeman(2008), Academic Language for English Language Learners and Struggling Readers, Heinemann, 232pp, https://www.heinemann.com/products/e01136.aspx#fulldesc
・Cummins, J(1979), Cognitive /Academic Language Proficiency, Linguistic Interdependence, the Optimum Age Question and Some Other Matters, Ontario Inst. for Studies in Education, Toronto Bilingual Education Project, https://eric.ed.gov/?id=ED184334
・Cummins, J(2008), BICS and CALP: Empirical and Theoretical Status of the Distinction, Encyclopedia of language and education, (2)71-84, http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.598.5273&rep=rep1&type=pdf
・寺沢宅敬(2011), ジム・カミンズの言語能力理論と日本の第二言語教育, https://terasawat.hatenablog.jp/entry/20110228/1298923995
・第二言語習得理論についてまとめ! https://nihongonosensei.net/?p=16826