
2021年3月生活記録【第16期生 皆川愛】[2021年04月06日(Tue)]
ワシントンDCにも桜の花が咲きました!
動画はこちらより
2020年4月の生活記録でも書かせていただいた、
ろう健康研究センター(以下、研究室 正式には” Center for Deaf Health Equity”)で、
今も引き続き院生助手として働かせていただいています。
当センターのミッションはろうコミュニティにおける健康格差の是正です。
従来、ろう者の健康については、聴者集団(一般住民)との比較調査によって、健康状態が不良というようなことが言われてきました。
実際、ろう者集団も背景や経験は多様であり、その健康状態は一概には言えません。
研究センターは、ろう者を取り巻く様々な健康社会決定要因に着目しています。
子宮頸がん検診の受診率についての論文を紹介させてください(Kushalnagar et al, 2019)。
まず聴者集団と比較をしたところ、特に若年層(20から40代)において受診率が低いことがわかります。
その若年層内で分析すると、LGBTQのアイデンティティを回答した人々の中でとりわけ受診率が低いことがわかりました。
ろうLGBTQコミュニティ中で啓発活動を行ったり、
そうした集団の人々と子宮頸がん検診を躊躇する理由について話し合ったりすることで、
健康格差を埋めるための戦略を講じることができます。
このようにコミュニティと対話をしながら研究を行い、
還元していく取り組みをコミュニティに基礎を置く参加型研究(Community Based Participatory Reserach: CBPR)といい、
当センターが大事にしていることです。
他にも1524人を対象にした研究では、
ろう者の中でも子供の頃に家庭の中で会話から取り残された経験がある集団は、
肺がんやうつ・不安障害の発症率が高い、
保護者との直接のコミュニケーションに障壁があった集団は
糖尿病、高血圧、心疾患といった慢性疾患の発症率が高いことがわかりました(Kushalnagar et la, 2020)。
このようにろう社会の中でどのような集団がどのような健康状態について
不利益を受けているのかを明らかにする研究とその集団への介入の示唆を行なっています。
これまでに2000人以上のデータを収集しており、
このようにろう者を対象にした健康に関する大規模研究は、
将来的には日本でも必要だと考えていることもあり、
研究のプロセスについて記しておきたいと思います。また、量的研究と質的研究の混合の重要性も述べます。
1. 全国のろう者のリクルート
アメリカ全土のろう者を対象にする場合は、@SNSを使った参加者収集とA各地域のろうコミュニティのインフォーマントに頼る方法があります。
@SNS
研究協力の趣旨を説明した文章とASLによる動画をソーシャルメディアにアップし、参加者を呼びかけます。

(センターのフェイスブックでに掲載されているリクルート動画:ろう介護者の経験のインタビュー調査の呼びかけです)
A各地域のろうコミュニティのインフォーマント
各地域にリクルートとデータ収集のために研究者が出向くことはほぼ不可能なので、
各地域にリクルートに協力してくれる人が必要です。
地域のろう協会やろうコミュニティセンター(日本でいう情報提供施設)、そのほか関連する団体などに頼むことになります。
チラシを置かせてもらったり、研究協力の趣旨を説明した動画をソーシャルメディアにアップします。

(コミュニティセンターでの研究リクルートのチラシの写真:当該チラシ以外はぼかしています)
興味を持ってくれた人は、当研究室までビデオ電話かメールで連絡が来るので、そこで研究の趣旨が英語とASLで説明されたページを見てもらい、同意を持って研究が開始されます。
2. 手話による調査
私が関わらせていただいているろう女性の健康に関する調査は、新型コロナウイルス感染拡大以前から基本的にビデオ電話 (Videophone:VP)で行っています。
なぜならインタビュー調査を行う人が全ての各地域に出向くことは費用や時間の関係上、困難だからです。
興味深いことにアメリカでは、電話リレーサービスとは別に、ろう者同士が持つ電話番号で動画でリアルタイムで通信ができるのです。
デモグラフィックと呼ばれる基本情報の調査は、
オンライン上に英語とASL(全て動画)による質問があるので、インタビューの前に各個人で答えてもらいます。
必要時、インタビュー中に対面形式で行うこともあります。


(調査の一画面の例:質問文書と質問の手話動画、答えも選択肢をクリックすると回答の手話動画が再生されます。また必要に応じてイラストも活用されています。)
この書記言語から手話への翻訳過程については4月の生活記録をご参照ください。
もし、機会があれば、その地域に出向き、リクルート兼対面形式でインタビューを行います。私自身ロサンゼルス(LA)に行くことがあったので、一例として紹介させてください。
地域のろうセンターが主催するろう女性イベントがあったので、そこでブースをセットし、参加者を募りつつ、可能な場合はその場で、プライベートが確保された部屋に誘導し、インタビューを行いました。

(地域のろうセンターでのブースの様子:机横断幕を垂らして、そこで研究室のメンバーとリクルート協力者が立っている様子)
一人ひとりにインタビューを行い、最終的に約250名のろう女性のデータが集まりました。
インタビューは全て選択式というクローズドクエスチョンによる回答で、
数によるデータで表されるため、そのような結果に至った背景や因果関係まで見ることは難しいです。
そこで、重要と思われる所見について、参加者に共有し、
それに至る背景や理由についてグループで話してもらう、フォーカスグループ形式での研究を現在、行なっています。
このように量的データと質的データを交えた研究を行うことで、結果により深みを付加することができます。
3. コミュニティへの還元
研究成果はもちろん論文出版や学会発表を通してなされますが、
抄録を翻訳したASL動画も作成し、SNSやホームページに公表しています。

(Facebookに公表されている抄録を翻訳したASL動画の一例:
乳がん検診と子宮頸がん検診の受診率のろう者と聴者の比較について説明しています)
また、その結果を政策提言の資料として活用したり、
ろう者の医療の経験を共有するパネルディスカッションのイベントを開催したり、
ろう者の健康知識底上げのための手話による動画作成をしたりなど、
コミュニティに還元するためのさまざまな活動も行っています。
<参考文献>
Kushalnagar, P., Engelman, A., & Simons, A. (2019). Deaf Women's Health: Adherence to Breast and Cervical Cancer Screening Recommendations. American Journal of Preventive Medicine, 0(0), 1-9. https://doi.org/10.1016/j.amepre.2019.04.017
Kushalnagar, P., Ryan. C., Paludnevicience, R., Spellun, A., & Gulati, S. (2020). Adverse childhood communication experience associated with an increased risk of chronic diseases in adults who are deaf. American Journal of Preventive Medicine, 59(4), 548-554. https://doi.org/10.1016/j.amepre.2020.04.01

2020年4月の生活記録でも書かせていただいた、
ろう健康研究センター(以下、研究室 正式には” Center for Deaf Health Equity”)で、
今も引き続き院生助手として働かせていただいています。
当センターのミッションはろうコミュニティにおける健康格差の是正です。
従来、ろう者の健康については、聴者集団(一般住民)との比較調査によって、健康状態が不良というようなことが言われてきました。
実際、ろう者集団も背景や経験は多様であり、その健康状態は一概には言えません。
研究センターは、ろう者を取り巻く様々な健康社会決定要因に着目しています。
子宮頸がん検診の受診率についての論文を紹介させてください(Kushalnagar et al, 2019)。
まず聴者集団と比較をしたところ、特に若年層(20から40代)において受診率が低いことがわかります。
その若年層内で分析すると、LGBTQのアイデンティティを回答した人々の中でとりわけ受診率が低いことがわかりました。
ろうLGBTQコミュニティ中で啓発活動を行ったり、
そうした集団の人々と子宮頸がん検診を躊躇する理由について話し合ったりすることで、
健康格差を埋めるための戦略を講じることができます。
このようにコミュニティと対話をしながら研究を行い、
還元していく取り組みをコミュニティに基礎を置く参加型研究(Community Based Participatory Reserach: CBPR)といい、
当センターが大事にしていることです。
他にも1524人を対象にした研究では、
ろう者の中でも子供の頃に家庭の中で会話から取り残された経験がある集団は、
肺がんやうつ・不安障害の発症率が高い、
保護者との直接のコミュニケーションに障壁があった集団は
糖尿病、高血圧、心疾患といった慢性疾患の発症率が高いことがわかりました(Kushalnagar et la, 2020)。
このようにろう社会の中でどのような集団がどのような健康状態について
不利益を受けているのかを明らかにする研究とその集団への介入の示唆を行なっています。
これまでに2000人以上のデータを収集しており、
このようにろう者を対象にした健康に関する大規模研究は、
将来的には日本でも必要だと考えていることもあり、
研究のプロセスについて記しておきたいと思います。また、量的研究と質的研究の混合の重要性も述べます。
1. 全国のろう者のリクルート
アメリカ全土のろう者を対象にする場合は、@SNSを使った参加者収集とA各地域のろうコミュニティのインフォーマントに頼る方法があります。
@SNS
研究協力の趣旨を説明した文章とASLによる動画をソーシャルメディアにアップし、参加者を呼びかけます。

(センターのフェイスブックでに掲載されているリクルート動画:ろう介護者の経験のインタビュー調査の呼びかけです)
A各地域のろうコミュニティのインフォーマント
各地域にリクルートとデータ収集のために研究者が出向くことはほぼ不可能なので、
各地域にリクルートに協力してくれる人が必要です。
地域のろう協会やろうコミュニティセンター(日本でいう情報提供施設)、そのほか関連する団体などに頼むことになります。
チラシを置かせてもらったり、研究協力の趣旨を説明した動画をソーシャルメディアにアップします。

(コミュニティセンターでの研究リクルートのチラシの写真:当該チラシ以外はぼかしています)
興味を持ってくれた人は、当研究室までビデオ電話かメールで連絡が来るので、そこで研究の趣旨が英語とASLで説明されたページを見てもらい、同意を持って研究が開始されます。
2. 手話による調査
私が関わらせていただいているろう女性の健康に関する調査は、新型コロナウイルス感染拡大以前から基本的にビデオ電話 (Videophone:VP)で行っています。
なぜならインタビュー調査を行う人が全ての各地域に出向くことは費用や時間の関係上、困難だからです。
興味深いことにアメリカでは、電話リレーサービスとは別に、ろう者同士が持つ電話番号で動画でリアルタイムで通信ができるのです。
デモグラフィックと呼ばれる基本情報の調査は、
オンライン上に英語とASL(全て動画)による質問があるので、インタビューの前に各個人で答えてもらいます。
必要時、インタビュー中に対面形式で行うこともあります。


(調査の一画面の例:質問文書と質問の手話動画、答えも選択肢をクリックすると回答の手話動画が再生されます。また必要に応じてイラストも活用されています。)
この書記言語から手話への翻訳過程については4月の生活記録をご参照ください。
もし、機会があれば、その地域に出向き、リクルート兼対面形式でインタビューを行います。私自身ロサンゼルス(LA)に行くことがあったので、一例として紹介させてください。
地域のろうセンターが主催するろう女性イベントがあったので、そこでブースをセットし、参加者を募りつつ、可能な場合はその場で、プライベートが確保された部屋に誘導し、インタビューを行いました。

(地域のろうセンターでのブースの様子:机横断幕を垂らして、そこで研究室のメンバーとリクルート協力者が立っている様子)
一人ひとりにインタビューを行い、最終的に約250名のろう女性のデータが集まりました。
インタビューは全て選択式というクローズドクエスチョンによる回答で、
数によるデータで表されるため、そのような結果に至った背景や因果関係まで見ることは難しいです。
そこで、重要と思われる所見について、参加者に共有し、
それに至る背景や理由についてグループで話してもらう、フォーカスグループ形式での研究を現在、行なっています。
このように量的データと質的データを交えた研究を行うことで、結果により深みを付加することができます。
3. コミュニティへの還元
研究成果はもちろん論文出版や学会発表を通してなされますが、
抄録を翻訳したASL動画も作成し、SNSやホームページに公表しています。

(Facebookに公表されている抄録を翻訳したASL動画の一例:
乳がん検診と子宮頸がん検診の受診率のろう者と聴者の比較について説明しています)
また、その結果を政策提言の資料として活用したり、
ろう者の医療の経験を共有するパネルディスカッションのイベントを開催したり、
ろう者の健康知識底上げのための手話による動画作成をしたりなど、
コミュニティに還元するためのさまざまな活動も行っています。
<参考文献>
Kushalnagar, P., Engelman, A., & Simons, A. (2019). Deaf Women's Health: Adherence to Breast and Cervical Cancer Screening Recommendations. American Journal of Preventive Medicine, 0(0), 1-9. https://doi.org/10.1016/j.amepre.2019.04.017
Kushalnagar, P., Ryan. C., Paludnevicience, R., Spellun, A., & Gulati, S. (2020). Adverse childhood communication experience associated with an increased risk of chronic diseases in adults who are deaf. American Journal of Preventive Medicine, 59(4), 548-554. https://doi.org/10.1016/j.amepre.2020.04.01