2021年2月生活記録【第16期生 皆川愛】[2021年03月08日(Mon)]
桜の蕾も膨らみ、春はもうすぐそこですね
今月は手話の多様性と、言語イデオロギーについて考えてみます。
動画はこちらより
@言語イデオロギーとは
人はみんな個々の中に、言語に対する思いや信念を持っています。
「標準語や標準手話と呼ばれるものこそが真っ当な言葉だ」
「英語やアメリカ手話は世界的に影響のある言語だから覚えたい」といったふうにです。
そんなときは、"標準語ってどうやって決めるの?" "なぜ英語が世界で通用する言語という結論に至ったのか?"
を考えてみてほしいと思います。
言語にまつわる観念や思想が、特定の集団になんらかの利害関係を伴うときに
言語イデオロギーと言われるものになります。
それは政治的な利害関係が伴って、制度や文化の中で構成されます。
さらに、それは実践としても現れます。
Aろう社会を取り巻く言語イデオロギーの例
例えば、1880年のミラノ会議(第二回国際ろう教育者会議)では、
「手話は音声・口話法より劣っている」という観念のもと、
ろう教育での手話の使用を禁止し、現場で教職についていたろうの教員の解雇に迫りました。
そして、世界各国で聴覚口話教育法などが制定されるなど、
政治的に思想を実践に取り入れるプロセスも見ることができます。
一方で、バイリンガルの思想を反映している教育現場にもイデオロギーが存在します。
対応手話を容認しないのはなぜか?
対応手話による言語習得の効果についてはまだ研究途上ですが、対応手話はろう社会で自然に生まれた言語ではなく、
音声言語に単語を付加しただけの人工言語だという見方もあります(Branson & Miller ,1998)。
他の例として、施設、センターなどの用語において、
用語の頭文字を「し」や「せ」といった指文字で示すことに対する様々な考え方も
一つの言語イデオロギーとして取り上げられています。
これはアメリカ手話でも同様傾向があり、議論があります(Kusters et al, 2020)。
頭文字を用いない「Family(家族)」の手話
Fの頭文字を用いた「Family(家族)」の手話
(写真はAcadeaficより)
B手話の標準化
近年、世界ろう連盟も懸念点として声明を出しているのが
手話の標準化(Standarilzation of sign languages)です(WFD, 2015)。
(写真はWFDより、クリックするとそのリンク先へ飛びます)
一部の国では、国行政からの公共アナウンスを全国民に伝えるために
各地域での自然言語である手話を一つの国家手話に統一しようとする試みもあります。
それのみならず、手話の言語権や法整備の推進、ろう教育で使用される手話の均一化を目的とすることもあり、
そこには政治的・制度的利害が関与しています。
手話は、地域、年齢、性別、教育、家族背景などに影響され、多様性があるものですが、
それを一つに統一しようとするのは、それぞれの多様性を無視することになります。
日本でも矢野氏が宮窪手話の言語体系の分析と記述を行なっています。
彼女がそれを始めた動機が以下の言葉に集約されています。
『島のは手話じゃなく“ホーム・サイン”。手話とは違う』『日本手話とはかけ離れたもの』『ホーム・サインは言葉とは言えない』と言われました。“地元で皆が日常生活で使う宮窪手話が言葉でないはずがない。宮窪手話も日本手話と同じ言葉だと証明したい”と思って、考え始めたのが中学部の頃です。
(写真はNHK WORLD JAPANより、クリックするとそのリンク先へ飛びます)
いつみても、その言葉は私の胸を突き刺します。
手話にも様々な分類があり、国家手話は洗練された高貴ななものとしてみられることがしばしばあります(Burke, Snoddon, and Wilkinson 2016)。
その分類は上下をつけるものであってはいけませんが、ろう社会でも長年かけて構造化された階層がみられます。
アメリカでの例を取り上げると、
McCaskill先生らを中心に言語の妥当性を証明した黒人アメリカ手話(McCaskill et al, 2011)、
ハワイ手話(Lambrechet, Earth and Woodwark, 2013)などが
純粋なアメリカ手話ではないとみなされてきた歴史があります。
今日ではその言説は撤回されつつありますが、
全米の手話通訳者の試験を管轄している全米手話通訳協会(Registry of interpreters for the deaf: RID)における
有色人種の受験者数は増えているにもかかわらず、合格・登録者数がずっと横ばいという状況です(Hill, 2018)。
白人の受験者に有利なように判断項目が設定されているという指摘もあります。
複数ある手話を単一の表現に統合したり、古いと言われる手話を新しいものに置き換ようとしたりすることは、
まさに手話の標準化であり、その実践に対して警笛を鳴らしています。
Cおわりに
どんな手話にも多様性があり、個々レベルで、また組織や制度レベルでその言語に対するイデオロギーが存在します。
自分の、そして違和感を持った周囲の人の言語に対する考えはどこからきているのか、
どんな影響を受け、何に触発されているのか(動かされているのか)ぜひ考えてみてください。
<参考文献>
Branson, J., & Miller, D. (1998). Nationalism and the linguistic rights of Deaf communities: Linguistic imperialism and the recognition and development of sign languages. Journal of Sociolinguistics, 2(1): 3–34.
Hill, T. (2018). Is diversity a mask for tokenism in the field of Sign Language Interpreting?. Retrieved from https://streetleverage.com/tag/interpreters-of-color/
Kusters, A., Green, M., Moriarty, E., & Snoddon, K. (2020). SIng language ideologies: Practices and politics. In A. Kusters et al (eds.). Sign language ideologies in practice. https://doi.org/10.1515/9781501510090
Lambrecht, L., Earth, B., & Woodward, J. (2013). History and documentation of Hawai’i Sign Language: First report.” Third International Conference on Language Documentation and Conservation, University of Hawai’i, February 28–March 3.
McCaskill, C, Lucas, C., Bayley, R. Hill, J., King, R. (2011). The hidden treasure of Black ASL: Its History and Structure. Washington, DC: Gallaudet University Press.
NHK.(2018). ろうを生きる難聴を生きる「故郷の手話を守りたい」番組ダイジェスト.
https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/rounan/789/
World Federation of the Deaf. (2015). WFD Statement on standardized sign language. Retrieved from https://wfdeaf.org/news/wfd-statement-on-standardized-sign-language/
今月は手話の多様性と、言語イデオロギーについて考えてみます。
動画はこちらより
@言語イデオロギーとは
人はみんな個々の中に、言語に対する思いや信念を持っています。
「標準語や標準手話と呼ばれるものこそが真っ当な言葉だ」
「英語やアメリカ手話は世界的に影響のある言語だから覚えたい」といったふうにです。
そんなときは、"標準語ってどうやって決めるの?" "なぜ英語が世界で通用する言語という結論に至ったのか?"
を考えてみてほしいと思います。
言語にまつわる観念や思想が、特定の集団になんらかの利害関係を伴うときに
言語イデオロギーと言われるものになります。
それは政治的な利害関係が伴って、制度や文化の中で構成されます。
さらに、それは実践としても現れます。
Aろう社会を取り巻く言語イデオロギーの例
例えば、1880年のミラノ会議(第二回国際ろう教育者会議)では、
「手話は音声・口話法より劣っている」という観念のもと、
ろう教育での手話の使用を禁止し、現場で教職についていたろうの教員の解雇に迫りました。
そして、世界各国で聴覚口話教育法などが制定されるなど、
政治的に思想を実践に取り入れるプロセスも見ることができます。
一方で、バイリンガルの思想を反映している教育現場にもイデオロギーが存在します。
対応手話を容認しないのはなぜか?
対応手話による言語習得の効果についてはまだ研究途上ですが、対応手話はろう社会で自然に生まれた言語ではなく、
音声言語に単語を付加しただけの人工言語だという見方もあります(Branson & Miller ,1998)。
他の例として、施設、センターなどの用語において、
用語の頭文字を「し」や「せ」といった指文字で示すことに対する様々な考え方も
一つの言語イデオロギーとして取り上げられています。
これはアメリカ手話でも同様傾向があり、議論があります(Kusters et al, 2020)。
頭文字を用いない「Family(家族)」の手話
Fの頭文字を用いた「Family(家族)」の手話
(写真はAcadeaficより)
B手話の標準化
近年、世界ろう連盟も懸念点として声明を出しているのが
手話の標準化(Standarilzation of sign languages)です(WFD, 2015)。
(写真はWFDより、クリックするとそのリンク先へ飛びます)
一部の国では、国行政からの公共アナウンスを全国民に伝えるために
各地域での自然言語である手話を一つの国家手話に統一しようとする試みもあります。
それのみならず、手話の言語権や法整備の推進、ろう教育で使用される手話の均一化を目的とすることもあり、
そこには政治的・制度的利害が関与しています。
手話は、地域、年齢、性別、教育、家族背景などに影響され、多様性があるものですが、
それを一つに統一しようとするのは、それぞれの多様性を無視することになります。
日本でも矢野氏が宮窪手話の言語体系の分析と記述を行なっています。
彼女がそれを始めた動機が以下の言葉に集約されています。
『島のは手話じゃなく“ホーム・サイン”。手話とは違う』『日本手話とはかけ離れたもの』『ホーム・サインは言葉とは言えない』と言われました。“地元で皆が日常生活で使う宮窪手話が言葉でないはずがない。宮窪手話も日本手話と同じ言葉だと証明したい”と思って、考え始めたのが中学部の頃です。
(写真はNHK WORLD JAPANより、クリックするとそのリンク先へ飛びます)
いつみても、その言葉は私の胸を突き刺します。
手話にも様々な分類があり、国家手話は洗練された高貴ななものとしてみられることがしばしばあります(Burke, Snoddon, and Wilkinson 2016)。
その分類は上下をつけるものであってはいけませんが、ろう社会でも長年かけて構造化された階層がみられます。
アメリカでの例を取り上げると、
McCaskill先生らを中心に言語の妥当性を証明した黒人アメリカ手話(McCaskill et al, 2011)、
ハワイ手話(Lambrechet, Earth and Woodwark, 2013)などが
純粋なアメリカ手話ではないとみなされてきた歴史があります。
今日ではその言説は撤回されつつありますが、
全米の手話通訳者の試験を管轄している全米手話通訳協会(Registry of interpreters for the deaf: RID)における
有色人種の受験者数は増えているにもかかわらず、合格・登録者数がずっと横ばいという状況です(Hill, 2018)。
白人の受験者に有利なように判断項目が設定されているという指摘もあります。
複数ある手話を単一の表現に統合したり、古いと言われる手話を新しいものに置き換ようとしたりすることは、
まさに手話の標準化であり、その実践に対して警笛を鳴らしています。
Cおわりに
どんな手話にも多様性があり、個々レベルで、また組織や制度レベルでその言語に対するイデオロギーが存在します。
自分の、そして違和感を持った周囲の人の言語に対する考えはどこからきているのか、
どんな影響を受け、何に触発されているのか(動かされているのか)ぜひ考えてみてください。
<参考文献>
Branson, J., & Miller, D. (1998). Nationalism and the linguistic rights of Deaf communities: Linguistic imperialism and the recognition and development of sign languages. Journal of Sociolinguistics, 2(1): 3–34.
Hill, T. (2018). Is diversity a mask for tokenism in the field of Sign Language Interpreting?. Retrieved from https://streetleverage.com/tag/interpreters-of-color/
Kusters, A., Green, M., Moriarty, E., & Snoddon, K. (2020). SIng language ideologies: Practices and politics. In A. Kusters et al (eds.). Sign language ideologies in practice. https://doi.org/10.1515/9781501510090
Lambrecht, L., Earth, B., & Woodward, J. (2013). History and documentation of Hawai’i Sign Language: First report.” Third International Conference on Language Documentation and Conservation, University of Hawai’i, February 28–March 3.
McCaskill, C, Lucas, C., Bayley, R. Hill, J., King, R. (2011). The hidden treasure of Black ASL: Its History and Structure. Washington, DC: Gallaudet University Press.
NHK.(2018). ろうを生きる難聴を生きる「故郷の手話を守りたい」番組ダイジェスト.
https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/rounan/789/
World Federation of the Deaf. (2015). WFD Statement on standardized sign language. Retrieved from https://wfdeaf.org/news/wfd-statement-on-standardized-sign-language/