
2019年9月生活記録【第16期生 皆川愛】[2019年10月06日(Sun)]

( )は、その内容の開始時間です。興味のある内容に合わせてご覧ください。
@文化学とろう文化 〜授業より〜 (0:08〜)
A手話の権利と文化的資源 〜国際ろう週間のイベントより〜 (8:25〜)
今後、最初に今月のショットを一枚をお送りさせてください。

とある日暮れ前、ギャロデットのキャンパスがピンク色に包まれていました。
@文化学とろう文化
<文化学(Cultural studies)とは何か?>
現在、ギャロデット大学大学院のろう者学部は3つの専攻があり、私は文化学を専攻にしています。
科学の功績は言うまでもありません。
ですが、科学は実験的な結果に基づき、規範を生み出し、
それが”Tyranny(制圧)”にもなりうります(Branson & Miller, 2002)。
例えば、ろうに関して言えば、聴力検査などの明確な基準を作り出し、
ろう者について”Deviance(逸脱)”や”Inferiority(劣等)”といったラベルを生み出しました。
それがろう教育における発声訓練という圧政にも結びついたのです。
それに対して新しい視点を持ち込んだのが文化学です。
ですが、ろう文化とは何か?ろう文化は科学で説明できるのか?
科学でいう規範では説明しきれない人間の現象、また人間を取り巻く社会の構造を解明しようとしたのが文化学です。
さらに、文化学は抑圧された声の再発見に力を注いでいます。
社会には、優越とされる文化もありますし、迫害される文化もあります。
ろう文化は後者の方です。だから、ろう文化研究が重要だと言えるのです。
<ろう文化(Deaf culture)とは?>
ろう文化という言葉は今日、私たちの生活に深く浸透しています(いると思われます)。
ろう文化の概念は、1988年にPadden氏とHumphries氏という
デフファミリー出身のろう夫婦によって、初めて提唱されました。
また、科学の話に戻りますが、Myklebust(1965)という心理学者は、
ろう者について心理的観察に基づき、「攻撃的」「自己中心的」などと記述しました。
夫婦はろう文化について一石を投じた意図は、
Myklebust氏のような権威のある科学者の言説に対する懐疑と倫理的批判にあると言及しています。
それこそ科学に対抗する新しいアプローチですね。
そして、Padden・Humphries氏によると、ろう文化には以下の要素があると言います。
@”Language”言語:文化の大きな要素、アメリカでは視覚言語であるASL
A”Speaking”声を使うこと;音声を使うことは適切ではないという価値観
B”Social relations”社会的関係:親族関係というよりも、他のろう者との繋がりが重要視される
C”Stories and literature of the culture”文化における物語と文学:ろうの子どもがアクセスできる絵本など
納得するような気もします。
なお、2012年にはHolcomb氏によって6つの要素にアップデートされています。
けれども、ろう文化はリストで説明できるものなのでしょうか。
Padden・Humphries氏は文化的価値観など抽象的なものについては
明確に述べていないという課題を自ら言及しています。
Turner(1996)はその限界を踏まえてもなお、その定義が短絡的ではないかと指摘しました。
一つは”Culture as a verb(文化は動詞的である)”
文化は静的なものではなく、変化するものであり、単なるリストでは説明しきれないこと。
二つは、アメリカの状況に基づいて書かれており、
それが他の国のろう文化への”Hegemony(ヘゲモニー)”支配を生むのではないかということ。
例えば、Kusters氏は、国際手話がASLの影響をすごく受けていることに視点をつけました。
それはギャロデット大学で発案された様々な学術用語の手話表現が世界に広まっていること、
国際手話を使う場面では英語を中心に使われているため、口形と連動してASLに引っ張られることなど、
様々な理由が考えられますが、英語とASLはパワーであり、アメリカのろう社会がまさにヘゲモニーだと指摘しています。
最後に、ろう文化を取り巻く状況として、
”Colonarism(植民地主義)”聴者マジョリティ社会との関係や、他の国のろう文化や手話への支配、
”Biopower(生権力)”医学モデルにはなぜ勝てないのか、
すなわちパワーについて言及せず説明しているところにも不足があると書いています。
冒頭の、文化学は単に文化とは何かを説明するだけに留まってはいけないという視点と繋がるところがあります。
繰り返しますが、社会の中にある文化には、優越にある側であれ、迫害される側であれ、パワーが働いており、
それを含めてこその文化学なのだということをTurner氏の指摘からも学ぶことができます。
Padden・Humphries氏の論文は、ろう者について文化という新しいメガネを社会に持ち出した点で、
その業績は大きいものです。
実際、日本もその影響を受けて、1996年に木村・市田氏によってろう文化宣言が出されました。
(ろう文化宣伝→ろう文化宣言 10/16に修正済み、ご指摘をありがとうございました)
ろう文化の著書にろう者の定義を言及していますが、
「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」
というもので、文化については言及されていません。
また、社会の中でろう者や手話がどのように位置づけられているか、パワーについての言及もありません。
そして、その後ろう文化について具体的な議論や動きはあまりなされていないように思います。
ろう文化は私の今後の活動、自分自身の人生にとっても重要なキーワードです。
ましてや対象は医療者です。
科学、エビデンスを武器にしている医療の中に文化という概念をどう組み込めるのか、
医療現場でろう者が直面している抑圧、パワーについてど説明できるるか、
文化学をじっくり理解しながら、今後取り組んでいきたいです。
A手話の権利と文化的資源
世界ろう連盟によると、9月の最後の週は”International week of the Deaf(国際ろう週間)”と呼ばれています。
今年は、「Sign language rights for all(手話の権利はみんなのもの)」というスローガンで各地でイベントが開かれました。
ギャロデット大学では、9月24日に「Sign language rights for all deaf children(手話の権利を全てのろうの子どもたちに)」に焦点を当てて、シンポジウムが開かれました。
バイリンガル教育をミッションにしているろう学校が複数ある米国でさえも、
85%のろう・難聴の子どもたちが口話法に向けられていて、
手話にアクセスできる機会をもっていません(ASHA Pediatrics Statistics, 2013)。
医療機関がろうに関するほとんどを支配しているからです。
そして彼らの多くは文化について気にしていません。医学に関する言説がやはり影響力を持っているのです。
さらに、システムの観点で見れば、行政は人工内耳や補聴器など「聞こえ」に焦点を当てた支援には金銭面で支援をしていますが、
ろう子どもを持つ保護者に「手話」を学ぶための金銭面での支援はしていません。
さらに、「手話」でアクセスできる文学、絵本がどれだけあるのでしょうか。
手話に関する資源が大変不足している現状をなんとかしなければ、ろうの子どもたちへの手話の機会はなかなか増えません。
手話やろう文化を学ぶ機会(オンライン形式やマンツーマンの講習など)、保護者に対するメンター制度、手話の絵本、など様々な文化的資源の開発に尽力されている方々によるパネルがありました。
<文化的資源の例>
・ASL CONNECT(ギャロデット大学が中心に運営している手話やろう文化を学ぶオンラインコース:まだ発展途上のサイトですが、一部無料で提供しています)
https://www.gallaudet.edu/asl-connect/asl-for-free
・National Deaf Mentor Program(デフメンタープログラム:こちらは全国にトレーニングプログラムを提供している機関で、実際は各州によって委託されており、家庭訪問やビデオ電話を通して、ろうのメンターが助言をしたり、ろう児との関わりの指導を行っています)
https://www.deaf-mentor.skihi.org
・VL2 Storybook (VL2というラボがアメリカ手話の絵本をアプリをアップルストア経由で一冊500円程で提供している:ただ、現時点ではアメリカのアカウントでないとダウンロードできないみたいです、、)
https://apps.apple.com/us/app-bundle/vl2-storybook-apps-the-collection/id1063763821
この文化的資源の重要性は、医療場面でも同様のことが言えます。
医療関係において、手話でアクセスできる健康情報、健康相談はごく僅かです。
また、手話や文化に精通している医療者、手話によるアセスメントツールもほぼ皆無です。
私の目標は何か、医療関係の「文化的資源」の開発だということを改めて再認識することができました。
こちらはすっかり秋めいてきました

季節の変わり目、体調に気をつけてお過ごしくださいね。
<参考文献>
・Branson, J., & Miller, D. (2002). The cosmological tyranny of science: From the new philosophy to eugenics. In J, Branson, and D, Miller (Eds.), Damned for their difference: The cultural construction of Deaf people as disabled (pp, 13-35). Washington, DC: Gallaudet Press.
・Holcomb, T. K. (2012). Introduction to American Deaf culture. California, CA: Oxford University Press.
・Kusters, A. (2019). How much is too much? On the use of ASL signs in International Sign. Retrieved October 6th, 2019 from https://mobiledeaf.org.uk/aslis/
・Myklebust, H. (1964). The Psychology of Deafness: Sensory Deprivation, Learning, and Adjustment, New York, NY: Grune and Stratton.
・Padden, C., & Humphries ,T. (1988). Deaf in America: Voices from a culture. Boston, MA: Harvard University Press.
・Turner, G. H. (1994). How is Deaf Culture?: Another Perspective on a Fundamental Concept. Sign Language Studies, 83, 103-126.