
2019年8月生活記録【第16期生 皆川愛】[2019年09月05日(Thu)]

( )は、その内容の開始時間です。興味のある内容に合わせてご覧ください。
@はじめに (0:05〜)
Aろう者学の目指すところ〜オリエンテーションより〜 (0:28〜)
Aろう者学におけるインターセクショナリティとモビリティ〜世界ろう者会議より〜 (3:35〜)
はじめに
私のブログのスタイルは、手話による映像(Vlog)と文章(Blog)の二つによる発信です。
構成や文脈が少し違うことがあるかもしれませんが、基本的には同じ内容で発信していきます。
お好みの方をご覧いただければと思います。
@ろう者学の目指すところーオリエンテーションよりー
ろう者学って何するの?なんのための学問なの?としばしば聞かれます。
今後2年の自分への戒めも込めて、
オリエンテーションで学んだろう者学部の目指すところを記させてください。
一つは、既存のろうに関する知識に対するクリティーク(To critique)すること。
ろうに関する知識は、これまで歴史や文学、文化人類学、言語学と様々な領域で研究がなされ、記述されてきました。
例えば、1990年代の心理学の著名な本ではろう者の特性に関して、
「攻撃的」「利己的」「非共感的」といったネガティブな記述がありました。
これは今日でも同じでしょうか。
極端な例ではありますが、こうした既存の知識に対して、懐疑的になる必要性を強調していました。
また、1960年代にアメリカを中心の手話の音韻、すなわち秩序性を見出す研究がなされ、
手話と書記言語は異なる言語だと立証されてきましたが、
アメリカ手話と日本手話の秩序性は同じでしょうか。
既存の知識が内容が果たして世界中のどのろう者にも適用できるのか、
時代とともに変化するもの、しないものは何か改めて考える必要があります。
二つは、新しい知を創成(To product)すること。
既存の知識をアップデートすること、新しい知識を発信することです。
これまでろうに関しては、圧倒的に医学界を中心に様々な知識が蓄積されてきました。
ろう者学は1970年代から学問として始まり、1990年代にアメリカやイギリスでろう者学部が設立されましたが、
それに関する論文や書籍はまだわずかです。
まだまだ可能性がたくさんあるといったところでしょうか。
ろう者学の目指すところは、
既存の知へのクリティークと新しい知の創成の二つを通じて、
社会の中にある、ろうに関する不利なイデオロギー(思想)を個人、組織レベルで変えることを通じて、
ろうコミュニティに革新をもたらすことです。
看護を含めた医学界において、「ろう」であることは欠損として見なされ、
文化として受け入れられることはなかなかありませんでした。
ろう者にとって快適かつ充実した看護ケアとは何かを、
文化モデルという新しいレンズを通じて追究することが私の目標であります。
Aろう者学におけるインターセクショナリティとモビリティー世界ろう者会議よりー
7月末にフランスのパリで開催された世界ろう者会議に参加しました。
ろう者学に関して興味深い発表があったので紹介させてください。
テーマは「ろう者学におけるインターセクショナリティ」で、
Kusters氏、Moriarty氏、Lyer氏による合同プレゼンテーションでした。
“Intersectionality” インターセクショナリティという用語は、
米国の法学者で、市民運動家でもあるCrenshaw氏(1989)によって提唱されました。
フェミニズムの理論が白人の中流階級の女性を前提としていることに対する普遍性への批判から始まったものです。
白人女性と黒人女性の経験は同じものか、そうではありません、
その時にインターセクショナリティの考えが重要になると主張しています。
今日、インターセクショナリティは
「性や民族、経済状況などの様々なアイデンティティの交差」
として理解されることがしばしば見受けられますが、
本来は「様々なパワーと抑圧の交差」を意味しています。
Hill Collins氏とBilge氏(2016)の著書には、
世界には様々なパワー(すなわち抑圧)が働いており、
二重、三重と抑圧を受けているということを考慮すべきだと強調されています。
ろう世界はどうでしょうか。
ろう世界にも様々なパワーが働いており、それは”Mobility” モビリティー(移動性)とともに変化するという話でした。
この概念を医療場面に置き換えてみます。
例えば、日本で、私はバイリンガルの立場で、また看護師という専門職としての特権、
いわゆるパワーを持っています。
医師の説明で違うと思うことは自分の持ってる知識と日本語で異議申立てられますし、
受診を不安に思うことは一度もありませんでした
(病気の種類によっては大きな不安を持ちうることもありますが、
受診や入院そのものに対して躊躇は基本的にあまりないです)。
しかし、米国に来てみると、まだ受診経験はないのですが、
言語の壁、医療システムの違いから、受療が抑制されるのを感じます。
環境の変化によって、自分の持ってきたパワーが変化するのです。
また、これまでろう者学が研究してきたことは、あくまでも白人のろう者です。
移動性や他の民族についてはあまり考慮されていなかったという指摘がありました。
これは、ろう者学の目指す、既存の知へのクリティークと新たな知の創成と一致するものでもあります。
今後、ろう者への医療、看護ケアを考えるに当たって、
移民のろう者など幅広く適応できるようにこのことを念頭においていきたいです。
興味深いことに、プレゼンターはみな女性で、更にろう者でもありました。
これまでろう者学の理論家、研究者のほとんどは白人男性、聴者でした。
(決して彼らを批判しているわけではありません、むしろ彼らの礎があるからこそ、今日のろう者学があるわけです。)
ろう者学の新しい風を感じたプレゼンテーションでした。
いつでも質問やコメント等あれば、コメント欄にお願いします

できる限りお返事するようにします。
<参考文献>
・プレゼンター(Kusters, Moriarty, Sanchayeeta氏)が実施している研究プロジェクトのホームページ
英語と国際手話でプロジェクトの概要が語られています。
Mobile deaf. (2019). Retrieved September 6th, 2019 from https://mobiledeaf.org.uk/
・Crenshawのインターセクショナリティの論文
Crenshaw, K. (1989). Demarginalizing the intersection of race and sex: A black feminist critique of antidiscrimination doctrine, feminist theory and antiracist politics. University of Chicago legal Forum, 8(1), pp. 139-167.
こちらからも閲覧できます。
https://chicagounbound.uchicago.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1052&context=uclf
・Hill CollinsとBilge著書のインターセクショナリティの本
Hill Collins, P., and Bilge, S. (2016). Intersectionality. Cambridge, UK: Polity.