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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
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2020年3月生活記録【第13期生 橋本重人】[2020年04月08日(Wed)]
IMG-8913.JPG

みなさん、こんにちは。新型コロナウイルス が世界180カ国、地域に広がっています。米国の感染者は37万人を超え、世界最多となっています(4月7日時点)。ギャロデット大学では3月11日に学長からの発表で、春休み以降(3月23日)はオンライン形式での開講となりました。その発表から春休みに入るまでの間、私はOSWD(障害学生支援室)でずっと働いていました。案の定、学生や保護者からの問い合わせや連絡が殺到しました。新型コロナウイルスの今後の対応方法やオンラインクラスや課題をどのようにすればいいかの不安事や相談ばかりで、担当教授もOSWDのスタッフも私たち学生もてんやわんやでその対応に追われていました。また、寮生たちは18日(水)までに寮を出なければいけないため、朝から夕方まであちこちの寮の前に車が停まっていました。保護者や親戚が学生を迎えに来ていました(留学生や特別事情のある学生は寮にとどまることができました)。私も春休み中は同学部の友人たちの荷造りを手伝いました。最後に、再会できることを約束して、強く手を握り合って別れました。

春休みが終わった後は、Zoomというビデオ通話ツールでリアルタイムに授業を受けています。やはり教室で授業を受ける雰囲気とは違うため、なかなか慣れません。特に肩が凝ってしまいます。じっと教授や学生の手話を見逃すまいとパソコンの画面とにらめっこするため、ついつい顔を前に傾いてしまいがちです。春休み後の最初の週は「どのタイミングで発言者を見たらいいか」等、みんなでルールを話し合いました。普段は教授を見る、手をあげて指名されるまでは発言しない、教授が学生の名前を言ったら、その学生の画面を注目する等のルールを決めました。自分の写っている画面の背景や服装にも気を使う必要があります。
実際のクラスと違うルールのため、私だけでなく他の学生もみんなクラスが終わった後はくたびれていたようです(個人的にメールのやりとりをして感じました)。精神的に苦しい時もありますが、春学期が終わるまで、残りの1ヶ月のため、クラスメートや友人と励まし合いながらなんとか読み物課題やプロジェクトに取り組んでおります。
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今回は受講しているDifferentiated Instruction(多彩な学習方法)のクラスについて学んだことを書きたいと思います。どの学校でも学習における個人差や特性が多様な児童生徒一人ひとりに、どのように指導をしていくかが課題となっています。その解決策の一つとして、Carol Tomlinson(キャロ ル・トムリンソン)先生が提唱 する多彩な学習方法を取り入れた指導法があります。これは、児童生徒それぞれの多様性に目を向けた、教室での指導法であるとトムリンソン先生は述べています。児童生徒の学習最終目標は同じですが、教員がそれぞれの児童生徒の状況に合わせていくつかの手立てを提供していくという方法です。一斉指導(みんなで同じ学習方法で同じことを学ぶ)とは違います。教室で教員ひとりで同時に違う指導方法で行うのは難しいですよね。その方法を行うには、チームティーチングとして補助の教員を取り入れたり、課題をいくつか用意して児童に選ばせたりするということです。

例を出します。教室に数名の児童がいると想定します。児童みんなは読解力もコミュニケーションモードもそれぞれ違います。そんな児童たちに対して多彩な学習方法を取り入れます。

社会(歴史)の授業です。
ある戦争について生徒グループいくつかに分かれてインターネットで調べもの学習をします。前もって教員は各グループに調べたことをどのように発表するかを伝えます。あるグループは劇で表現する、他のグループはパワーポイントで発表する、もう一つのグループは手話動画を作ります。生徒はやりやすいようなパフォーマンスを選んでグループを作り、仲間と協力しながら作業を取り組みます。

算数の授業です。
児童全員で今日の授業の流れを確認してから、教員が児童を3つのグループに分かれます。実際はグループをそれぞれの算数スキルのレベルで分かれていますが、児童たちに気づかれないようにグループ名を色の名前(青、緑、黄色)にします。青(基本)グループの児童は選択肢のある課題を、緑(中程度)のグループの児童は基本グループの課題に応用問題をいくつかを取り入れて取り組みます。黄色(応用)グループには自分で問題を考える、少し抽象的な課題を出します。


このように、トムリンソン先生は、児童生徒の個人差や特性に応じた教えるべき基礎・基本を本質的な理解や問いなどを用いて明確化し、実際の授業では「contents (学習内容)」、「 process (学習プロセス)」を多様化して、理解を得ているかどうかを「products (成果物)」で評価すると提案しています。多彩な学習方法を行うには、教員は前もって児童生徒の特性を把握する必要があります。そして、どのような内容で、どういった過程で児童生徒が学習していくか、常にチェックします。最後に、最終目標を達成できているかどうか児童生徒の発表、作品やワークシート、ノートなどで評価するという事です。

その多彩な学習方法はすべての授業に当てはまるとは限りません。しかし、私たち教員は様々な指導方法を知り、児童生徒の実態や目的に合わせて柔軟に指導・対応することが求められます。


参考文献はこちらです。
Tomlinson, C. (2017). How to Differentiate Instruction in Academically Diverse Classrooms (3rd ed.). Alexandria, VA: ASCD.
Posted by 橋本 at 11:51 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年3月生活記録【第16期生 皆川愛】[2020年04月08日(Wed)]
先月の生活記録を書いた3月初旬、
新型コロナウイルス感染症はアジアを中心に流行していることを目にしてはいたものの、
米国での感染者数は微々たるものであり、遠い世界の出来事と捉えていた人が多かったように思います。
かくいう私も研究室の仕事でロサンゼルスに行っていました
(これについては落ち着いたら記述します。)

ところが3月中盤から米国での情勢は大きく変わりました。
死亡者の報告が各地で出始め、私の通うギャロデット大学も閉鎖になり、
授業や会議は全てオンラインに移行しました。
そんな中でも、桜は咲くという自然の強さを教えてくれます。
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(スーパーへ買い物の帰りに見た桜)


私の住むワシントンDCと隣接する州では、ロックダウン(首都封鎖)の政策が取られ、
映画館や劇場、居酒屋などは休業、レストランは配達や持ち帰りのみ、
さらにクリニックも休業しています(大きな病院は通常通り運行しています)。

ただし、クリニックは、医療ポータルというネット上で、過去の病歴や治療が閲覧でき、
さらに薬の再処方の依頼をしたり、医師やスタッフにメッセージを送ったりできる制度があり、
継続した医療サービスを提供しているところも多いようです。
スクリーンショット 2020-04-07 01.25.00.png
(FollowMyHealthより、薬の再処方のリクエスト画面)


さらに、ソーシャルディスタンス(社会的距離戦略)といって、
6フィート(約1.8メートル)距離を置くように言われています。飛沫感染を防ぐためです。
先日訪ねたスーパーでは、施設内で人が密集しないように、入れる人数を50人に制限し
かつ人々に距離を置くように勧告していました。
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(スーパーの前で6フィート置きながら並ぶ人々)

今月は、新型コロナウイルスに関する内容です。
@米国ろうコミュニティへの影響と動き
A仮の身体可能性(ろう者学の観点から)
Bいま私にできること

@新型コロナウイルスを取り巻くろうコミュニティへの影響と動き
ギャロデット大学が閉鎖したことによる影響をまとめた記事の要点をあげます。
スクリーンショット 2020-04-07 02.02.41.png
(BuzzFeed Newsより)

ギャロデット大学の学生にとって、ろう者同士が交流し、手話で完全にコミュニケーションアクセスできる場所は貴重です。
地元に帰れば、地域にろうの仲間がいなく、家庭において口話のみの生活を強いられ、孤立する学生もたくさんいます
こうした学生のストレス、またメンタルヘルスへの影響は考慮すべきことです。
さらに、ろう者の雇用の場の一つであるギャロデット大学の封鎖によって、
飲食や清掃サービスが不要になるため、雇用を失うろう者も出てきました

当時は、米国連邦や米国疾病予防管理センター "通称CDC”からの情報発信に手話がついておらず、
ろうコミュニティから情報アクセス困難が問題に上がっていました。
そうした声を受けて、3月22日にCDCからろう通訳者による動画発信がなされました。
4月6日現時点で、11本の動画がアップされています。
こちらより(ASLと英語字幕のみ)
スクリーンショット 2020-04-07 02.05.08.png



全米ろう連盟は、新型コロナにまつわるろう・難聴・盲ろう者の受診におけるコミュニケーションアクセスに関して医療従事者向けに以下の推奨事項を公表しています。
こちらより(英語のみ)
スクリーンショット 2020-04-07 01.57.28.png

日本でも参考になると思うので、要点を記します。
新型コロナに関連した受診においては、従来の医療サービスとは違う状況にあり、
障害を持つアメリカ人法(ADA)に基づくコミュニケーションの義務付けは猶予される場合があること。
対面の手話通訳は手話通訳者に感染のリスクをもたらすため、ビデオ電話による遠隔通訳サービスの活用が望ましいこと。
通訳不在の場合は、音声スピーチを文字化する翻訳機器やアプリを活用し、コミュニケーションを最大限にすること。
について、勧告しています。

逆に、ろう・難聴・盲ろう者向けの心構えも公表されています。アメリカ手話による解説ビデオもあります。
こちらより(英語・ASLのみ)
スクリーンショット 2020-04-07 01.54.08.png

まず、ほとんどの医療従事者はマスクやゴーグル、手袋で感染予防措置を取っており
さらに窓やカーテンの後ろなどの見えない位置から話しかけてくる可能性があること。
入院期間、感染防止の観点から面会が許可されず、ろう者が孤立する可能性があること
それでもなお、自分の医療について自分で決める権利があることを強調し、コミュニケーションを最大限にするためのいくつか役立つであろうアプリやサービスを提示しています。

A の身体可能性 “temporarily able-bodied” (ろう者学の観点から)
ウイルスは身分や地位に関係なく襲ってくきます。
例えば、暗黒の中世として、大疫病と言われたペスト。
これは身分に関係なく、人々のリンパ節を腫らし、皮膚に黒斑を作り、場合によっては死に懲らしめました。
当時は細菌学がまだ発展しておらず、治療法もないため、緩和の当てもなく人類を苦しめたらしました。
医学、医術が発展している現代でさえも、今日世界中で累計130万人を苦しめている/てきた新型コロナウイルス感染症。

世の中、ヒエラルキーで上部階層にいる人は感染しないだろうなんていう言説をたまに聞きます。
医療制度のアクセスで見ればそうかもしれません。
在宅勤務ができる地位にある人間はウイルスの暴露の機会を確かに減らします。
現在、米国に学生として在住する私は、学生としての業務を在宅で全うでき、
買い物もインターネットで注文すれば、完全に外出せずに済んでいます。
しかし、その裏に働いている人がたくさんいることを忘れてはいけないとも思い知らされます。
私たちの市民生活維持のために、物流関係者、工場勤務者、医療従事者などは現地に出向かなければなりません。

今学んでいるろう者学では、仮の身体可能性 “temporarily able body” という言葉がよく使われます。
障害や病気は、どこか「他人のこと」と思っていないだろうか。
それが「自分たちのこと」に誰しもなりうる可能性があるのにというものです。


日本国内における新型コロナウイルスに関連した死亡者数で見れば73名(4月6日現在、厚生労働省発表より)。
今の日本にも、自分は関係ないだろう、そう思ってる人がたくさんいると思います。
今の状況、ヒエラルキーとか年齢とか関係ありません。
ウイルスはどこからとなく、誰に関係なく襲います。

B いま、にできること

私にできることはなんだろうかと、ろうの看護師の立場で、主に厚生労働省の情報を元に新型コロナウイルの手話動画を二つ作成しました。

・新型コロナウイルス(コロナウイルスとは、感染経路、感染〜発症まで、症状と対処方法、予防方法)


・新型コロナウイルスにまつわるカタカナ用語の解説(クラスター、オーバーシュート、ロックダウン)


また、ろうコミュニティを対象にした新型コロナウイルスに関する調査も倫理審査委員会に提出し、準備を進めています。
これについては後日、こちらにも公表させてください。

先月に紹介させていただいた「新型コロナウイルス、情報が届きにくい方(子ども・外国語話者・視覚/聴覚障害等)のサポート・不安のケア」のページの聴覚障害者の欄で、
当初は口話と筆談でのコミュニケーションに限局されていましたが、
手話でのアクセスについて考慮してもらえるように、文章を追加・修正していただきました。
こちらより

現在このようになっています。
スクリーンショット 2020-04-07 09.49.53.png


くれぐれも身体をお大事に、そして、可能な限り外出を控え、自分と、周りの大切な人の健康を守ってくださいね。

<参考文献>

Breckenridge, C. A., & Vogler, C. (2001). The critical limits of embodiement: Disability’s criticism. PUblic Culture 13(3), 349-357.

Cohen, S. K. (2017). Cholera revolts: a class struggle we many not like. Social History 42(2), 162-180.
Posted by 皆川 at 09:18 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年3月生活記録【第13期生 山田茉侑】[2020年04月08日(Wed)]
くら寿司1.jpg

くら寿司2.jpg

写真は、Austinにあるアジアタウンの一角にあった くら寿司です。
くら寿司は、アメリカでも展開しています。現地の人に好まれるからなのか、メニューには握り寿司よりも巻物が多かったです。中には、タコスに使われるトルティーヤを使った巻物もありました。価格は一皿280円ほどでかなり高いのですが多くの人で賑わっていました。教育実習で疲れている時に来てはエネルギーをもらっていました。


近況ですが、こちらではコロナウィルスで全面的に自粛ムードになっています。スーパーでは、ティッシュペーパーや石鹸の買い占めが続いており、入手困難で困っています。12週間あった教育実習も、10週目で中止になりました。最後の2週間はテキサスろう学校の乳幼児教育相談に配属される予定でしたが、残念ながらその機会はなくなってしまいました。幸い指定された時間以上に幼稚部クラスで指導したため、教育実習の単位は取れ無事卒業できそうです。しかしボストン大学の同期のうちの何人かは、教育実習が遅くに始まり数週間で休校になったため、単位が取れなく今年卒業できないのではないかと危惧しております。




今月は、テキサスろう学校での見学やインタビューで得た情報を共有したいと思います。




◆ACCESS (Adult Curriculum for Community, Employment, and Social Skills)
高等部卒業後の生徒(18から22歳まで)を対象にしたプログラム。他の学校を卒業したろう生徒もACCESSに入れます。

ACCESSのゴール:職業、生活において自立を目指す

日本のろう学校には、理容、木工、コンピュータなど特定の仕事に特化した専攻科がありますが、ACCESSの場合は職業や生活一般の自立を学ぶという点で異なります。具体的には、調理、パソコンの扱い方、銀行口座、契約、性教育など幅広く自立を促す教育をしているそうです。

ACCESSに入るための入試はありません。
1)高等部を卒業した生徒
2)ろう発達障害の生徒
3)ろう重複障害の生徒
以上の生徒がACCESSに入っております。2)3)の生徒に関しては自身のニーズを認知し説明できるようにするためのサポートをしているそうです。

また、生徒のうち希望者は午前中に仕事に行き、午後に学校で授業を受けられます。その仕事先には、テキサスろう学校のスタッフがジョブコーチとして派遣されております。

数年前までは、ACCESSの修了後の支援が十分ではなかったため、家で一日中テレビを見る生徒もいたそうです。そのため、2018年度から卒業生の住む町と連携を始めるようになり、修了後も働けるよう支援を行うようになったそうです。




◆PIP (Parents Infants Program: 乳幼児教育相談(0-3歳児)
乳幼児教育相談のクラスは毎日あります。4人の先生(ろう2人聴者2人)と、2人のアシスタント(共にろう者)がおります。お子さんは全部で35人ほどおり、半数以上がデフファミリーです。聴者家族でも、ほとんどが3歳になったあとも続けて幼稚部に入学します。その理由として、ろう学校にろうの校長先生や学部長がおり、その上たくさんのろうの先生や生徒といったロールモデルがいるからではないか、とお話ししました。
テキサスろう学校の乳幼児教育相談では、カリフォルニアろう学校と同じように、基本的に保護者がクラスに滞在することはありません。そのためクラス中に通訳者が来ることもないようです。
(TLC, HMS などといった他のろう学校では、保護者同伴でした。)
ろう学校が親支援の一環として家庭訪問できるのは、(つまりテキサスろう学校が支援できる範囲は)学校から45マイル以内です。それ以上は、他の市のEI(Early Intervention:早期教育)が親支援をすることになります。どうしてもテキサスろう学校に通いたい場合は、保護者が自力で通うことになります。
テキサスろう学校では、遠方の早期教育のスタッフへトレーニングやワークショップを提供したり、テレビ電話で向こうの早期教育のクラスに絵本の読み聞かせをしたりして、テキサス州の早期ろう教育を支えているそうです。




◆手話通訳オフィス
テキサスろう学校には、正規雇用の12人の手話通訳士がいます。
子どもたちの中には、午前中は地域の学校に通い、午後にろう学校で授業を受ける子もいます。そのため、午前中ほとんどの手話通訳士は地域の学校へ行き、ろうの子どものいる一般学級で通訳をしているそうです。手話通訳士は正規雇用なので、興味深いのですが、地域の学校への通訳派遣費用は全てろう学校が負担することになります。子どもの「話す・聞く練習をサポートする」と個別の教育支援計画に記載されているためです。




◆保健室
保健室にはろうの看護師がいました。以前、幼稚部の子どもを連れて視力検査をしましたが、看護師のあざやかな子どもの扱い方に感動しました。
アメリカの視力検査では、以下のように文字を使った表を使います。

視力検査表3.png

何人かの子どもは、文字の形が似ているので「D」と見えているのに「b」と答えたりしていたのです。まだ子どもの中で文字と指文字が対応してないためです。子どもたちの後ろで終始ハラハラしていたのですが、ろうの看護師さんはニッコリと微笑みながら対応していました。後で聞くところによると、わたしが心配していたことは全て杞憂だったようです。バイリンガル教育で育つ子どもの傾向、IQそして年齢を考慮して対応しているそうです。


長くなりましたが、今は大変な時かと思いますので、手洗いうがい、コロナ対策をしっかりして、体調にお気をつけてください。では、来月にまたお会いしましょう。


Posted by 山田 at 05:04 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年度留学奨学生の募集開始〈延期〉のお知らせ[2020年04月01日(Wed)]
2020年度留学奨学生の募集開始〈延期〉のお知らせ

新型コロナウイルス感染症(COVIT−19)の世界各地への急速な拡大を踏まえ、
当協会といたしまして、「2020年度日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」において、
以下のような取り扱いで進めることといたしましたので、お知らせいたします。

<2020年度 第17期留学奨学生募集>
 2020年4月1日に予定していました募集の開始を見送ります。
 3ヶ月間様子を見て、2020年7月1日前後に改めて周知いたします。

                  NPO法人日本ASL協会(留学奨学金事業係)
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Posted by 事業担当者 根本和江 at 09:00 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL
2020年2月生活記録【第16期生 皆川愛】[2020年03月08日(Sun)]
新型コロナウイルスの流行によって、大きな不安を感じていることと思います。
特に様々な情報が溢れかえっている中で、
何が正しいのか、正しくないのか、結果的に混乱を呼んでいると思います。

以下,情報が行き届きにくい方(子ども・外国語話者・視覚/聴覚障害など)を念頭に書かれており、
新型コロナウイルスの特徴、対処方法、予防法などの情報が網羅されていて、
信頼できる情報を掲載しておきます。(2020年3月7日時点)
スクリーンショット 2020-03-07 21.59.03.png

こちらより
監修が母校である大学の堀成美先生で、ろう・難聴者へのサポート情報の欄もあります。

一部抜粋「今回の新型コロナウイルスの予防対応のように、多くの方がマスクをして過ごしている状況では、口元の動きを読んで話の内容を理解・予測することが難しくなります。こうした困りごとへのサポートとしては、筆談やスマートフォンにテキストを打つといった代替手段でのコミュニケーションを行うことが有効です。」
と書かれていますが、コミュニケーション方法が限定的ですね。
手話でのアクセスについても言及してもらえるように、メールしておきました。

*3月21日現在、意見が反映され、
「今回の新型コロナウイルスの予防対応のように、多くの方がマスクをして過ごしている状況では、口元の動きを読んで話の内容を理解・予測することや、手話における非手指動作を見ることが難しくなります。
こうした困りごとへのサポートとしては、筆談やスマートフォンにテキストを打つといった代替手段でのコミュニケーションを行うことが有効です。ただし、手話を第一言語とする方の場合、テキストコミュニケーションの内容理解や表出が難しい場合があります。その場合は、その方の無理のないペースに合わせる、イラストや写真をあわせて見せる、身振り手振りを交えるといった工夫をしてみてください。
と追加・修正していただきました。

カチンコ動画はこちらより
(遅れて3/12にアップしました)

@はじめに(0:04
A障害の定義(1:59
Bろうに関する説明とモデル(5:55
Cまとめ(11:52

前置きが長くなりましたが、
今月のお題は、「ろう・難聴者は障害を有しているか」です。
この議論はよくあるようで、しかしながら明確な答えはなく、無意味なのかもしれませんが、
ろう者とは?障害とは?を考える契機になったので、書かせてください。

20代前半の私だったら、その問いに即座に「違う(=ろうは障害者ではない)」と答えていました。ろう文化の概念を学び、ろう者が困難を抱えているのは、社会が手話を言語として承認せず、
それによる生活が保障されていないからだと批判し、角を立てていたように思います。
身体障害者手帳を持ち、行政からの障害というラベルを受け入れた上で、
手話通訳サービスを自己負担なしで依頼していたにも関わらずです。

今、当時の私の答えが間違っているとも、正しいとも言いません。
ただ、どの観点 “standpoint”に立つかで、上記の問いの答えは変化することを学びました。
そして、私の答えも多様に広がっていきました。
12月の生活記録でも書いたように、ろうの意味を何とするかがポイントとなってくると思います。

@障害の定義

まず、障害とは何か、二つの定義を見てみたいと思います。

1. 国際障害分類(ICIDH)
まず、国連下にある世界保健機関の国際障害分類では、障害のレベルを三つに分類しています。
1.jpg

この定義は、疾病⇒機能障害(能力低下)⇒社会的不利というように直線的に障害を捉える、
また障害を個人の問題に癒着しているというその考えに疑問が上がり、
人と環境との関係にも目を向け、かつ生活機能に着目しようという流れから、
WHOから新たに国際生活機能分類(ICF)が提唱されました。

2. 国際生活機能分類(ICF)の定義
2.jpg


活動・参加をゴールに、それを妨げているのは健康状態とそれに関連する心身機能だけでなく、
社会的に求められている活動や、環境、個人因子が複雑に絡み合っていると言います。

2001年にアップデートされた分類のコードを見ると、活動と参加のうちコミュニケーションの箇所に「公式手話によるメッセージの理解 “Communicating with receiving formal sign language messege”」と「公式手話によるメッセージの表出 ”Producing message in formal sign language”」が含まれていました。

しかし、心身機能のうち、音声と発話の機能では、音声言語の産生に焦点が当てられ、
手話による表出は含まれていません。まだまだ発展途上と言えるでしょう。
ですが、人々の生活の中にある活動として、手話が含まれているのは、大きな一歩だと思います。

この枠組みでは、参加が初歩的なゴールです。
例えば、アフリカのある地域で水汲みが日常的な活動として期待される場合、
歩行障害は、大きな制約となり命に関わる事象となりうります。
一方、アメリカにおいて、生活の中で多少の制約はありますが、
労働・雇用においてデスクワークなどの仕事の機会もあり、歩行障害はさほど問題にならないかもしれません(Wendell, 1997)。

ろう者に関してはどうでしょうか。
私は以前、ろう難聴者が利用者である老人ホームで働いていました。
そこでは手話によるコミュニケーションが中心で、建物も視覚的に優位なように設計されていました。
ろう職員の交渉によって、施設内の職員間の連絡方法にタブレットによるビデオ電話が取り入れられました。
そこでは当然、自身の聴覚障害を認識することはありませんでした。
しかし、大学病院への応募では、雇用の可能性はない、あるとしてもコミュニケーションがほぼルーティンでかつ少ない採血室でしか働かせられないと言われました。
前者と後者では、自分が感じる障壁はかなり違うものでした。

また、年代によって、障害というラベルによって経験されることも異なってきます。
1900年代後半のろう教育に見られた厳正な口話教育、手話の禁止は、現在ではかなり変化しています。
また、1950年をピークに実施されてきた強制不妊術は今日では禁止されています。

当事者といえども私が経験している現象は全てのろう者に当てはまるとは言えませんし、
ろう者は障害かと言われるとなんとも言えません。

ただし、
障害は社会的に構築されている=活動や参加の期待は社会的に構築されているといえます。

A障害にまつわる様々なモデル


次に、ろうに関する様々なモデルについても見ていきます。
3.jpg


1. 少数者モデル
アメリカでは、1960年代からマイノリティグループによる権利運動が、
女性→有色人種→性的少数者(LGBTQA)→障害者の順で行われてきました。
これらのグループは、身体のある特質を理由に正当化し、コントロールされてきました(Baynton, 2006)。
例えば、女性は「感情的」「非理性的」という特質を理由に選挙権を与えられませんでした。
有色人種は平均的に白人より「頭蓋骨が小さい」ことを理由に脳が発達していないものとして、
人種的に劣っているとして、奴隷として扱うといったことが行われました。
ある身体的特質をエビデンスとし、合理化し、マイノリティグループにある人たちを排除してきたことがあります。
特に、米国では、ろう者は民族/人種的少数者と主張することもできます。
民族モデル “Ethinicity model” は、身体的特質の差異からそれぞれ特有のコミュニティを形成し、
そこで言語や歴史が代々的に継承されてきたという点で、ろうコミュニティに共通するとは言えます(Baynton, 2007)

2. 文化モデル
その後、1980年代から、Padden&Humphries (1985)やLane (1996) によって、
ろう者特有のろう文化やアイデンティティが提唱され始めました。
障害と引き換えに、文化・言語的マイノリティであるという主張が出てきました。
身体的特質による差別化、障害というラベルは優生思想をはらみ、強制不妊術や口話教育を生み出しました。
こうした従来の障害の枠組みから離脱するための抵抗としては必要な過程だったとBaynton(2007)は言います。
アイデンティティを基盤に、自分たちの権利を主張する手段としてです。
ただし、文化モデル “Cultural model”は、手話や行動様式を前提としているため、
身体については触れていません。
かといってろう者は、身体的特質を抜きにして感覚体験などの違いについて説明するのは困難であると指摘しています。
また、誰かがろう者ではないと言ったように排除するのにも問題があります。

3. 障害モデルと少数者モデル
そして、Baynton(2007)は、ろう者を少数者として主張するのと、障害者と主張するのでは、
どちらの方が合理的か、という疑問を投げかけています。
米国の法的根拠に鑑みれば、後者の方が合理的配慮が受けられ、ベネフィットも多いだろうと指摘しています。
もし、ろう者が障害者のラベルを廃棄するのであれば、合理的配慮と言われるサービスが受けられなくなり、
ろう者の生活はさらに後退するであろうと主張しています。

4. ポストモダンとしての未開発モデル

Davis(2007)は、こうした枠組みとなる様々なモデルを踏まえ、新しい視点の必要性を唱えています。
男女の二項対立に固執していた従来の女性学はジェンダー学となって発展し、対象を広げています。ろう者学も伝統的な枠組みからの脱構築としてポストモダンの視点での発展が必要だと主張しています。

そうした流れを受けて、生物学的、文化的多様性の枠組みでろうを捉えるデフゲイン(Bauman & Murray, 2015)が提唱されたのだと私は理解しています。
障害は社会にとって何をもたらすのか、生物学的多様性のレンズでみると、
人間は凸凹、差異があるからこそ、社会が発展し、健全な社会に貢献できると言えるからです。
そこにヒエラルキーもありません。

Bまとめ
障害の定義、ろうに関する様々なモデルを概観すると、「ろう者は障害者か」という問いへの答えは簡単ではないと思います。
ろう者としての自分の立場をどう主張するか、どの観点に立つか、次第だとも言えると思います。
この機にみなさんも考えてみてください。


<参考文献>
Baynton, D. C. (2006). Disability and the justification of inequality in American history. In L. J. Davis (Ed.), The disability studies reader (p.17-34). Routledge.

Baynton, D. C. (2007). Beyond culture: Deaf Studies and Deaf body. In H-D. Bauman (Ed.), Open your eyes: Deaf studies talking (p.293-313).  Mississippi, MI. University of Minnesota Press.

Davis, L. J. (2007). Postdefness. In H-D. Bauman (Ed.), Open your eyes: Deaf studies talking (p.314-325).  Mississippi, MI. University of Minnesota Press.

Lane, H. (2002). Do Deaf people have a disability. Sign Language Studies, 2 (4). 356-379.

Wendell, S. (1997). The rejected body. New York: Routledge.

世界保健機構 (WHO). (2001). 国際生活機能分類. Retrieved March 7th, 2020 from https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/42407/9241545429-jpn.pdf?sequence=313&isAllowed=y
Posted by 皆川 at 14:55 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年2月生活記録【第13期生 山田茉侑】[2020年03月08日(Sun)]
みなさまこんにちは。
アメリカでも、コロナウィルスの流行でボストン大学やあちこちの聾学校が休校になっています。前月から実習でお世話になっているテキサス州立聾学校はまだ休校の話が出ていません。ただ春休みが明けた後はどうなるかわかりません。わたしのクラス(幼稚部)では毎日誰かが風邪で休んでいます。出来る限り手洗い消毒の時間をとり、口周りや鼻を触らないよう指導しています。

今月は、わたしのクラスで発見した、役立ちそうな“テクノロジーを活用した教育”をいくつか紹介したいと思います。

1)インスタグラム
先生が、日々子どもたちの写真やビデオを撮っているのです。毎日そんなに写真を撮ってどうするのかなと思っていたら、「クラス限定のInstagramがあるのよ。」なるほど!これはいいアイデアだと思いました。
子どもたちの創作活動中の写真や、「何をしているのか、何を習ったのか」を子どもたち自身が説明したA S Lビデオを、毎日放課後に幼稚部クラスのアカウントからインスタグラムにアップロードしています。インスタグラムを通して、保護者は子どもが学校で何をしているのかを知ることができます。

2)iPad、keynote
教室には4つiPadがあり、英語や算数、そのほかのクラスで大活躍してくれます。例えば、絵本の読み聞かせのあとに、物語の「起・承・転・結」をiPadのkeynoteを使ってビデオに撮るアクティビティなどに使えます。ただ普通にカメラを開いて動画を撮るような方法だと、5歳児の子どもたちはiPadで遊びはじめます。なのであらかじめ3つしか動画を撮れない、というような「限定」をkeynote上で作るといいと思います。

以下の写真の左端にある3つの動画をクリックすると、その場で動画を撮れてそのまま簡単に埋め込めるようにしています。

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手続き:
Keynoteに写真を貼り付け、その写真をクリックしたあとに上部にあるフォーマット欄の一番した「詳細」の中にある「メディアプレースホルダーとして定義」をクリックすると、写真の中にこのような写真の枠が出てきます(赤い丸で囲んだところ)。

Screen Shot 2020-03-07 at 4.54.03 PM.png

iPad上でそれをクリックすると、簡単にビデオ撮影ができ、勝手に指定した写真の中にアップロードできるようにしています。この方法だと、子どもたちもあといくつ何の
動画を撮ればいいのか見てわかりやすいので、モチベーションアップにもつながります。



この方法を応用してある授業の総締めでは、恐竜図鑑を作るアクティビティ(3日間 計30分)をしました。

1日目:好きな恐竜を選んで色を塗り、恐竜の名前を描く。説明したい部位にシールを貼る。
放課後、macを使って子どもたちが描いた恐竜のイラストをkeynoteにアップロードし、その写真を「インスタントアルファ」で背景を透明にしました。(インスタントアルファの詳しい使い方: http://www.keynote-study.com/apple-lesson_3-5.html
そして、先ほど説明したビデオ埋め込みの方法を使って、子どもたちが自らkeynote上でA S Lのビデオを撮り、それを直にキーノートに埋め込めるようにしました。

Screen Shot 2020-03-07 at 5.38.04 PM.png

2日目:今まで習った恐竜の体の各部位をA S Lで説明し、ビデオを撮る。
子どもたちが自らkeynote上でA S Lのビデオ撮り、それを直にキーノートに埋め込みます。

Screen Shot 2020-03-07 at 9.43.02 PM.png

3日目:撮影したA S Lビデオを参考にしながら英文を書き、それを各ビデオの下に埋め込む。
まずは授業中に子どもたちが英文をパーッと書きます。放課後にその紙を撮影してmacを使ってkeynoteにアップロードし、「インスタントアルファ」の上にある「マスクを編集」を使って文ごとにトリミングし、各ビデオの下に各文を置きました。

子どもたちも、自分の絵がkeynoteにある、嬉しい!図鑑みたいにいっぱい説明したい、いっぱい書きたい!と楽しく取り組んでいました。ビデオを使った授業作りの参考になれば幸いです。


3)朝の会の歌
先生オリジナルの朝の会の手話歌をビデオに撮ったものを毎朝流しており、みんなで真似して歌っていました。前週ボストン大学の先生が見学に来て、アドバイスでちょっと手を加え、ワーキングメモリーを強化させるような歌に変えました。
例えば、日本手話でいうと二拍子で手の形手(パー)(パー)を共通して使った手話を「頭周り/口周り/胴体/腕/空間」の順番で流していきます。「オープンマインド/本当?/わかる/プロ/CL: スムーズに進む」 それをスピードアップさせたり、スピードダウンさせたり、順番を逆にした手話歌のビデオを何回も何回も流し、リズムに合わせて太鼓を鳴らすことで、聴者が電話番号を瞬間的に覚えられるように、5つの手話を通して子どもたちのワーキングメモリーを鍛えられるのです。



詳しくは2018年12月のわたしの生活記録をご覧ください。


長かった実習も終わりに近づいています。毎日無我夢中で夢にまで実習が出てきてうなされる日々が終わるのかと思うと嬉しいような、大好きな子どもたちや先生たちとお別れするのかと思うと悲しいような、複雑な気持ちです。逃げたいと思ったことは数えきれません。でも、アメリカで教育現場に立ち、いろんな感情と戦いながら子どもたちと向き合えたことは一生の宝物になるのだろうな、と今からしみじみと感じています。

みなさまも体調に気をつけてください。
それでは来月にまたお会いしましょう。
Posted by 山田 at 12:44 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年2月生活記録【第13期生 橋本重人】[2020年03月07日(Sat)]
みなさん、こんにちは。日本にいる友人からコロナウイルスのニュースがメールで送られてきて、見てみると日本での感染者は360人になったようです(3月6日時点)。公立の小中高への臨時休校要請やトイレットペーパーやティシュの買い占め騒動など、あちこちで影響が出ていて心配ですが、早く収まって欲しいものです。一方、アメリカではインフルエンザが爆発的に流行しているので、手洗いとうがいを念入りにしています。

今回の生活記録は、印象に残ったある友人たちの会話をシェアしたいと思います。

二人はアメリカ人のろう者です。

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A:「また気温が下がったなぁ。こないだまでは暖かかったのに。」
B:「ほんとだね。」
A:「気温が上がったり下がったり(手のひらを下に向けてジグザグと後ろから前へと動かす)していて、嫌になるね。」
B:「そうそう、それを英語でFLUCTUATE(変動する)っていうの、知ってるよね?」
A:「ううん、知らない。」
B:「え!知らないの?!」
Aはあまりいい気分ではなくなってしまいました。

そういえば以前にも、ギャロデット大学の図書館で、あるろう学生が書くことを苦手とするろう学生に対して、そういった「え、知らないの?!」という態度を示していた場面を何回か見たことがあります。そう言われたろう学生は言い返すことができずにその場を去っていきました。私自身も英語学習者なので、立ち去った側の気持ちが分からなくもありませんが、私は明らかに国際学生のため周りからそういうことを言われたことがありません。

例えば日本手話で、左手の甲の上に右手を垂直に乗せてから右手をあげまて「ありがとう」と表現した時に「それをイタリア語では『Grazie』って書くんだよ、知ってた?」と言われても、へぇと抵抗もなく聞き入れますよね。なぜなら、日本手話とイタリア語は全く違う言語であると受け入れているからです。
では、「それを日本語では『ありがとう』と書くんだよ、知ってた?」って言われたらどう思いますか?前者と同じ気持ちにはならないのでしょうか。
なぜでしょう、それは日本手話と日本語がセットになっているからです。日本手話と日本語は違う言語のはずなのに、あれ?って思いますよね。

もし「知らないの?」と言われても、自分の書記言語の語彙数に嘆く必要はありません。手話で意味を理解できているから、自分を恥じる必要はありません。「へぇ、そうなんだ、一つ新しい単語を知ることができた!」という気持ちでいくといいです。

日本手話を日本語に置き換えることが苦手な人に対して「え!知らないの!?」という態度を示すことは失礼なことになります。私自身、日本のろう学校教員時代を思い出してみると、児童たちに無意識にそんな態度を示してしまったような気がします。今まで担当した児童・生徒たちに申し訳ない気持ちになりました。ろう学校の先生は、日本手話と日本語は別の言語であることを理解した上で、子どもたちの手話表現を読み取り、日本語ではこのように表現するよと常に伝える必要があります。先生たちのそういった些細な言動で、児童・生徒の言語学習意欲が左右されることを肝に命じておく必要があります。

そんな失敗をしないようにと、前述の友人たちの会話を自分の戒めとすることができました。

それでは、また来月にお会いしましょう。

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1月から週に1〜2回程度、ギャロデット大学のフィールドでジョギングをしています。
Posted by 橋本 at 12:39 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年1月生活記録【第13期生 橋本重人】[2020年02月08日(Sat)]
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ギャロデット大学のフィールド

こんにちは、2020年も2月になりましたね。去年の今頃は雪が降っており、気温も低くて家にこもってばかりいましたが、ここ数日は雪すら降らないばかりか逆に気温が15〜18度もあり、なんだか変な感じです。でも、来週あたりから気温は低くなるそうです。ここでは、インフルエンザがかなり流行っているため、手洗いとうがいをこまめにするようにしています。

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最近、発見したことがあります。大学構内のEly Centerを歩いていると、ある部屋のドアが開放されていて、たくさんのコートなどの衣服が並んでいる様子が見えました。なんだろうと気になりその部屋に入ってみると、衣類だけではなく壁際には食品が並んでいました。そこにいた学生に聞いてみると、食料や衣類の乏しい学生のために提供しているそうです。必要のなくなった衣類をHealth and Wellness Programsの職員やバイト学生に渡すと、担当者がそれらをチェックしてあの部屋に収め、最終的に必要な学生の手元に届きます。担当者に詳しく聞いてみると、ギャロデット大学の在学生の36%が食料や衣類に困っている、また、ノートや筆記用具など学校用品、歯磨き粉や洗剤などの日用品も受け入れているとのことでした。特にこのシーズンは、コートなどの厚手の上着を必要とする学生がたくさん求めに来るため、職員はその確認作業に忙しいと言っていました。後日、私もいくつかの日用品と食料を提供しました。「誰かの役に立ってくれるといいな」と思いながら職員に手渡しました。

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Health and Wellness Programsのフロントデスク


さて、いよいよギャロデット大学での最後の学期を迎えることになりました。最後の学期のクラスは4つ履修しています。

@Culture, Identity and the American Deaf Community(文化とアイデンティ、そして、アメリカのろうコミュニティ)
ADifferentiating Instruction(多彩な学習方法)
BAssessment of Deaf Students with Disabilities(ろう重複障害学生のアセスメント)
CIndependent Study(学生自主研究)

@のCulture, Identity and the American Deaf Communityのクラスはカウンセリング学部のクラスです。アメリカは多様性社会とも言われており、カウンセラーは様々なクライアントと出会うため、どのように対応すればいいかを臨機応変に考えなければいけません。クライアントの持つ背景、文化、そしてアイデンティティーを把握して、対応の仕方を先生や学生と議論しながら学習します。ろう発達障害といっても、それぞれの特徴、長所や短所、必要とする支援は多種多様です。私の探し求めていることにも当てはまるのではないかと思い、このクラスを履修しました。このクラスメートたちはメキシコ系、アフリカ系、ヨーロッパ系という人種、そしてろう学校育ち、デフファミリー出身、メインストリームで学んだ難聴、聴者とそれぞれの生育の背景が違います。手話のスキルにも差異があります。こういうところにも多様性の一端が垣間見えますね。

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クラス1日目には、ろうコミュニティに結び付けられるような人名(有名人など)や単語(大学、ろう、難聴、コーダなど)を出してはその語源や理由を学生同士で確認し合いました。知っている学生もいれば、知らない学生もいました。知らない学生にどのように説明するかも考察しなければなりません。どのような手段(インターネット、写真、指文字、英語など)で、どの順序(なぜ?いつ?誰が?)で説明したらいいかの練習になりました。このクラスで、背景も文化も違う学生同士でどんなことが得られるかが楽しみです。
Posted by 橋本 at 09:00 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年1月生活記録【第16期生 皆川愛】[2020年02月07日(Fri)]
今月はオーディズム”audism”についてです。
聴能至上主義とも訳せますが、今回はオーディズムを使うことにします。

カチンコ動画はこちらより



@〇〇ism(イズム)

米国では〇〇ism(イズム)の言葉をよく見かけます。
人種主義 “racism” (=ある特定の人種が優れており、ある人種は劣っているとみなすこと)や、
健常者優越主義 “ableism”(=障害者を能力がない存在としてみなすこと)など、
権威ある者やマジョリティによって、ある特定の集団を排除したり、差別したりするようなニュアンスを含みます

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こうしたイズム提唱の流れを受けて、自身もろう者であるトム・ハンフリーズ氏はオーディズムを
聴覚障害や聞こえることが優れているという聴覚優生主義やそれに伴う差別行為や構造全般
として定義づけました(Humpries, 1975)。


A反本質主義とオーディズム
オーディズムを理解するために、本質主義 “essentialism”について考えてみます。
(オーディズムの種類を知りたいという方はBに飛んでください)

本質主義とは、物事に普遍的な性質(=本質)があるとし、それによって正当化する考えです。
議論が起きそうですが、女性を説明するのに本質は何でしょうか。
昔、米国では、女性は感情的で非理性的ということを理由に、選挙権を与えなかった時代がありました。
こうした「感情的」や「非理性的」といった特質を脳神経学的にあたかも正当化し、
男性のみが政治権を握ってきました。
国や地域文化によって異なってきますが、
今の日本は妊孕性(子どもを産み育てること)に未だに執着しているように思います。
だから、医学部入試で女子学生が不利になるといった事態が起きるのだと思います。
根底に、医者には生涯休みなく長く働いて貢献してほしい、
女性は出産育児で一時休職が発生するからといった思想が入り混じっていることは否定できません。

しかしながら、女性の本質は妊孕性という特性なのでしょうか。
今日、性というのは、生物学的な男女といった二項対立だけでは説明しきれません。
Edward Saidは、本質主義は帝国主義の立場に基づき、権力を持つある特定の集団が社会の同意なしに決定したものであると指摘しています。
こうした伝統的な枠組み思想から脱出する立場反本質主義 “anti-essentialism”と言います。
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ろう者学は、反本質主義の観点でクリティークすることが常に求められています(Bauman, 2006)。
オーディズムは、能力を測定するにあたって「聴覚とそれに基づく行動が大前提」という本質主義に対抗するもので、
反本質主義の立場にあると言えます。

Bオーディズムの5つの次元
現在、私が知る限り5つの種類のオーディズムが提唱されており、それぞれ紹介させてください。
はじめに、これらのオーディズムは重なり合っており、
独立して存在するものではないことを強調しておきます。

なお、ハンフリーズ氏が1975年に博士論文でオーディズムを提唱した当時、
世間にはあまり知られず、米国においてようやく広まったのは
1992年のハーラン・レイン氏「邦題:善意の仮面-聴能主義とろう文化の闘い(日本では2007年)」という本の出版がきっかけでした。
書籍というインパクトの大きさもあるかもしれませんが、
レイン氏が聴者であり、ハンフリーズ氏がろう者だから、
という影響も否定はできないと言われています。

その後、オーディズムを様々な次元、レベルで捉えようと、
現在、5つのオーディズムが提唱されています。
それぞれの次元からろう者に対する抑圧や差別を捉えることで、
抑圧に対抗したり、擁護したりするためのヒントを得られるのではないかという私の所見です。

1. 形而上学的オーディズム“metaphysical audism”
形而上学的な問いは、「人間とは何か」から始まります。
Brueggemann(1999)は、西洋の観点から見た人間と、音声への異常な執着について、以下のようにまとめています。

人間にとって言語は不可欠であり、
その言語は音声で話されなければならない。
それゆえろう者は人間に等しくなく、ろうであることが問題となる。

人間にとって音声で話すということが本質という思想に基づいています。
これは、10月の生活記録で取り上げたデリダ氏の音声優勢主義 “phonocentrism”と言えます。
言語は音声であるという言説、今日でもそう信じている人は多くいます。
こうした哲学的思想による言説を形而上学的と呼び、
それが日常生活の中に実践として見られると批判しています(Bauman, 2003)。

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2. 個人的オーディズム “personal audism”
個人の能力や成功が、聴者基準の言語や行動に基づいて判断されるという考えです(Humpries, 1975)。
手話より、音声で話すろう者の方が就職活動において優位というデータも出ており、
個人のろう者に対する態度・バイアスが大きく影響しています。
こうした現象は社会の中でたくさん見られると思います。

3. 制度・システム的オーディズム “institutional audism”
レーン氏は、医療や教育などの制度や環境が聞こえるということに有利なようになっている状況を批判しました(Lane, 1992)。
ろう者(と診断され)として最初に出会うのが医療者であり、
彼らの多くは聞こえることを前提とし、そのための訓練を正当化するという権威を持っていると言います。
そして、口話という聴者基準の行動を追求するための訓練が
医学の枠を超え、ろう教育にも干渉されるようになりまし
た。
こうした制度やシステムに抗うのは簡単なことではありません。
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4. 自由競争主義オーディズム “Laissez-faire audism”
いまの医療・教育制度においては、医学モデルに基づく訓練(口話訓練)と、
そのための補助具(補聴器や人工内耳など)に関わる費用を政府が援助しています。
そして、特に医療においては、それらの開発が自由競争にあることで、
聞こえにまつわる資源が発展しながら生産されていく
ため、医学モデルが優位な状況を生んでいます(Eckert, 2010)。
それに対して、手話を学ぶ場は限られ、行政による予算も割り当てられていません。

5. 無意識的オーディズム “dysconsious audism”
ろう者がこうしたオーディズムによる社会的弊害を受け続けることで、
次第にろう者自身も手話は音声より劣っており、話すことを身につけなければならないと思い込むようになる、
すなわちろう者自信がオーディズムを無意識のうちに内在化してしまうことを無意識的オーディズムと呼びます(Gertz, 2003)。
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加えて、盲ろう者のClarkが自身のエッセイの中でディスタンシズム "Distancism”を提唱しています。
歴史的に、人間の感覚にとって聴覚と視覚の二つが世界を知覚するために最重要であり、
この二つの損失は社会参加を制限するとよく語られると言います。
盲ろう者にとって、世界と所属するに当たり、触れること”tactilehood”が重要ですが、
これが社会の中で軽視される傾向にあり、距離感覚が奪われていくことを指しています。
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Cまとめ
オーディズム、ろう者を取り巻く抑圧や差別は、一つの要因だけで説明できるものではなく
社会的に構築されてきた人間とは何かという形而上学的言説を根底に、
医療や教育システム、経済や政府の干渉などが複雑に絡み合っています
もぐらたたきではコンセントの行方がわかれば問題は即座に解決します。
オーディズムにまつわる差別や抑圧では、なかなかそうはいきません。
ただ、その分、個々の認識や態度を変えるための専門職養成、政策作り、教育システムへの介入など、
様々なアプローチがあると思います。
日本で起こっているオーディズムを想起し、そのためのアプローチについて考えるヒントになれば幸いです。

<参考文献>
Bauman, H-D. (2003). Audism: Exploring the metaphysics of oppression. Journal of Deaf Studies and Deaf Education, 9(2), 239-246.

Bauman, H-D. (2006). Toward a poetics of vision, space, and the body. In L. Davis (Ed.). The disability studies readers. New York, NY : Routledge.

Brueggemann, B. (1999). Lend me your ear: Rhetorical con- structions of deafness. Washington, DC: Gallaudet University Press.

Clark, J. L. (2019). Distancism. Retrieved from https://johnleeclark.tumblr.com/post/163762970913/distantism

Eckert, R.C. (2010). Toward a Theory of Deaf Ethnos. Journal of Deaf Studies and Deaf Education 15(4):317–33.

Gertz, G. (2007). Dysconsious audism: a theoretical proposition. In H-D. Bauman (Ed.), Open your eyes: Deaf Studies talking (p.219-234). Mississippi, MI. University of Minnesota Press.

Humphries, T. (1975). Audism: The making of a word. Unpublished essay.

Lane, H. (1992). Masks of benevolence: Disabling the deaf community. New York: Alfred Knopf.
Posted by 皆川 at 12:34 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
2020年1月生活記録【第13期生 山田茉侑】[2020年02月03日(Mon)]
みなさまこんにちは、今月から実習のためテキサス州にいます。

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写真は、テキサス州立ろう学校の正門前。


こちら、冬なのに昼間は20度を超え、青々とした木々や草花が一面に生い茂り、アイスクリーム屋さんは毎日大行列を作り売り上げ絶好調なようです。インフルエンザの噂はまだ聞きません。
現在花粉症を発症中で、何かが間違っていると身体が叫んでいます。テキサス州に来てから季節感がおかしくなりそうです。





テキサス州は州自体が広いだけではなく、
なにもかもスケールが大きい!


スーパーにあるお肉コーナーは、歩いても歩いても終わりが見えません。
野菜も果物も大ぶりでとても安いです。玉ねぎも顔の大きさぐらいはありました。

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ろう学校は町の中心地にあり、アメリカで一番広いと言われています。寮と教室が北と南の果てにあるため、同じ敷居内なのに毎日往復30分ほど歩いています。学部によって建物が違うため、学部間の交流は生徒やスタッフ含めあまりなく「島状態」と例えられています。

テキサス州にあるろう学校は、テキサス州立ろう学校ただ一校だけなので、とても広い州のあちこちから子どもたちが集まってきています。幼稚部年長から小学部で179人の子どもが在籍しており、中学部と高等部はともに100人ほどの生徒がいます。あまりにも人数が多すぎるため、クラスが違うと関わりがないそうです。なので、同い年にも関わらず、ギャロデット大学で知り合った後で初めて同じろう学校出身だと知ることも珍しくないそうです。

子どもたちのデフファミリーの割合も多いらしく、わたしのクラスでは9人いる子どものうち7人はデフファミリーです。


テキサス州はなにもかも大きい!
(なのに、駅がなく、
実習の3ヶ月だけのために
車を購入した友人もいるほど。)



さて、今月から10週間ほど幼稚部の年長組で実習をすることになりました。
そして、最後の2週間はかねてから希望していた乳幼児教育相談にお世話になります。

こちらは幼稚部年長組の1日のスケジュール。
ビッシリしたスケジュールに、いまだに何時何分にどのクラスが始まるのかを覚え切れていません…。
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2週間ほど前から毎日いくつか授業をもつことになりました。
驚いたことにテキサス州では、学習指導要領をはじめ、指導案、活動のアイデアは全て州で指定されております。(アメリカ全土で使われているものは使用していません。)
テキサス州にいる限り、それに従って授業をすることになります。「テキサスは、州ではなく国だ」とも言われているのがここ教育にも影響しています。

また、テキサスろう学校の英語の指導は、全学年でボストン大学の先生が開発した指導法を使っているそうです。そのための教材やパワーポイントは全て共有されています。一から作り上げる手間は要らず、そして引き継ぎもスムーズだそうです。指導面ではかなり合理的なシステム化がされており、心から壮大な拍手を送る毎日です。

ただ、テキサス州が指定した指導案は、残念ながら音や発音に関する指導方法もかなり多いため、その都度ろうの子どもに合わせた教材を作っております。
全ての授業においてA S Lで指導をしていますが、英語はどの授業でも切り離せません。ただ幸いなことに、わたしにとって英語は第3言語なので、「なんでそういうルールなのか、どうやって覚えればいいか」を6歳児の子どもに伝授できるものが意外と多く、そのため教材作りもなかなか楽しいです。


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写真は、ボストン大学の友達からのお土産(鉛筆)。
ボストン大学の友人が、西海岸にある実習先の聾学校に行くために、現在アメリカ横断中です。その最中に会いにきてくれ、お土産をくれました。
「Texas Sized Pencil」
鉛筆の後ろにあるのは折り紙です。折り紙の大きさを想像していただければ、この鉛筆の大きさが想像しやすいかと思います。テキサス州はなにもかも大きい! そして、鉛筆は先生を象っています。つまりビッグな先生になれよ、ということでしょうか。お互いに元気で実習を乗り越え、笑顔で卒業式で再会することを誓い合いました。


大学院生活も、残り4ヶ月を切りました。1日1日を大切に、多くのことを学べるように頑張りたいと思います。みなさまもお身体にはお気をつけください。
それでは翌月にまたお会いしましょう。
Posted by 山田 at 05:30 | 奨学生生活記録 | この記事のURL
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