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第160話 アメリカ・セントルイスに架かるイーズ橋[2012年01月13日(Fri)]


 新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 昨年12月中旬に脊髄を痛めてしまったため、体重をできるだけ脊髄にかからないように横たえて安静に過ごすはめになってしまった。

 箕面だんだんクラブの活動に当面参加できそうにないので、昨年10月16日の個人ブログで公開した「第50話 アメリカ民謡・シェナンドーとセントルイス」で書いたミシシッピ川に架かるイーズ橋について書くことにした。


セントルイス・ミシシッピ川に架かるイーズ橋

 セントルイスはアメリカ合衆国ミズーリ州東部、ミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置する商工業都市で、この地を訪れたのは20年前の1991年9月だった。

 セントルイスの三大名物は「1に『バッドワイザー』ブランドで知られる世界最大のビール会社アンホイザ・ブッシュ社の本社工場、2に西部の入口の象徴『ゲートウェイ・アーチ』、3番目は、『ユニオン・ステーションの再開発事業』」と現地の日本人ガイドが教えてくれた。




写真1 ゲートウェイ・アーチ


 高さ192mのゲートウェイ・アーチには5人乗りカプセル型のエレベーター頂上へいける。
そののぞき窓から撮ったのが写真2である。




写真2 192mの頂上からみたイーズ橋


 写真2は2つの橋が架かっているが、トラス橋の下流に焦げ茶色のアーチ橋がイーズ橋である。その上流のトラス橋は、マーティンルーサーキング橋である。

イーズ橋

 この地を訪れるまでイーズ橋のことは全く知らなかったし、調査団の資料にも取り上げられていなかった。
 こんな大きな橋が今から138年前の明治6年(1874年)に完成したと知ってアメリカの橋梁工学の歴史の深さを思い知らされた。

 19世紀後半に入ると、含有炭素が少なく、延性として靭性に富んだ鋼が大量に生産されるようになり、巨大な橋の建設が可能になった。

 この橋の名・Eads橋は、建設を担当したエンジニア、ジェームス・ブキャナン・イーズから付けられた。
 彼はこの橋を設計するためヨーロッパに赴き、鋼を用いる可能性を研究すると共に基礎工法としてニューマチック・ケーソンを学んで来た。




写真3 鋼製チューブの3径間固定アーチ橋


 川のほとりでセントルイス側から見たイーズ橋は、152.6m十158m+152.6mの支間をもつ固定アーチで18インチの鋼製チューブによりアーチが出来ている。

 鋼製チューブと橋台との取り付け付近は写真4のようになっていた。




写真4 橋台付近の鋼製チューブ


 イーズ橋は、20年前に訪ねたときは、上は荷重制限を設けられているものの供用していて、上は有料の道路橋として、下は鉄道組合が管理していて重くない貨物車をユニオン・ステ一ション間で運行していた。

 橋台には、1874年の完成から100年経った1974年7月4日に記念行事があったようで、銘文が取り付けられた。

 写真3では判別しにくいが、川の途中のイリノイ州側の塗装の色が変っていたので、尋ねると、塗装の塗り替えで古い塗膜をケレンしたときに重金属(スズ?)が川を汚染するために中断していると説明を聞いた。


橋梁工学におけるイーズ橋の意義

 帰国後この橋を調べてみてみると、2つの注目すべき橋であることが分かった。
 一つは、世界で初の鋼鉄の大量使用したこと、片持ち式架設工法(カンチレバーエレクション)を採用してアーチの閉合した時は極暑が続いたために、氷でリブを冷やして閉合させた(ウィキペディアから)という。

 ウィキペディアのイーズ橋には、当時の架設の写真が掲載されているが、この工法は昭和39年(1964年)に、大阪のメイン道路・御堂筋を跨ぐ阪神高速道路に、片持ち式架設工法を採用した。




写真5 片持ち式架設工法(御堂筋を跨ぐ阪神高速道路)


 この片持ち式架設工法でも、桁の伸縮が最も少ない冬の早朝に桁の併合を行った。


 イ−ズ橋は、もう一つの注目点は、橋を支える基礎を大規模なニューマチック・ケーソン(潜函工法)を採用してミシシッピ川の川床を支持地盤まで掘り下げた最初の例の一つである。

 ニューマチック・ケーソンを採用した日本語で潜函工法といわれているものだ。
 風呂に入って洗面器を逆さにして押さえつけると、洗面器の中は水が入らない空間ができる。中の空気圧は高くなるが、水が入ってこない現象を利用したものだ。
軟弱地盤や地下水の多い河川などにコンクリート構造物を設置してこの構造物の空気圧をあげて水が入ってこない作業空間に作業員が入って掘削して構造物を支持地盤へ到達させる工法である。

 イーズ橋では、ケーソン病(減圧症)が多発し、15人が死亡、2人に身体障害が残り77人が深刻な症状に悩まされた。

 セントルイスを訪ねる前に、アメリカで最も古い吊橋であるニューヨークのブルックリン橋を歩いて渡ったが、この橋を設計したローブリング親子のうち、親は破傷風で、その建設を引き継いだ息子のワシントン・ローブリングは、ケーソン病で下半身を麻痺してしまった。このときもケーソン病で多数の死者を出したという。

 ちなみに、上記阪神高速道路の堂島川を跨ぐ御堂筋の両側にもニューマチック・ケーソンを採用している。
 この当時堂島川や土佐堀川の基礎工事には多数のニューマチック・ケーソンを採用したが、イーズ橋から90年後の1964年には、「高圧酸素装置に入り、高い気圧の環境にからだをもどし、気泡になっているガスを体液中に溶かし、それから、徐々に気圧を下げ、ふつうの気圧にもどす装置」が設けられていて、減圧症はなかった。

 20年前に訪れたアメリカでは、調査団の目的として橋の建設と維持管理で数多くの橋梁を見学することが出来た。
 
 いずれこれらの橋についてまとめたいと思っている。


(平成24年1月13日)



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