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防府市大道地区の福祉活動を主体に 日頃がんばっている団体や個人を紹介し、皆様からのご提案を期待しています。
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「教育」とは。[2015年03月05日(Thu)]
3月の下旬まで、4校から卒業式の案内があり、きちんと出欠の返事を出しているか時折不安になり、改めてスケジュール帳を見直しています。
先日も高等学校の卒業式に参列させていただきました。

私たちの時代は、しっかり勉強して、出世して、幸せな家庭を持って、という価値観が大勢で、先生方も指導しやすかった気がしますが、難しい時世の中、卒業式を迎え、無事生徒を送り出せて一安心でしょう。
「教育」という点で、褐F平製作所発刊の「抜粋のつづり」に掲載された寄稿文(あけぼの「パウロへの旅20年3月号」より引用)
が印象に残っていますので、以下に載せてみます。

(抜粋のつづり 平成21年版)

「表彰台の上ではなく」 塩 谷 直 也

中学2年のときだった。生意気な私たちクラスの男子どもは、一人の中年の体育教官と出会った。彼は威圧的な他の教官と違い、暴力ではなく言葉で私たちを指導した。ただ出会った当初から、体調がすぐれないことが、その顔色から分かった。だからこそ力ではなく言葉に頼らざるを得なかったのか、と今になって思う。やがて彼は休職に入る。内臓の手術をするためだった。再び私たちの前に現れた彼は、今まで以上にやせ衰えていた。ほとんど体育実技の模範を見せることはなく、運動の得意な生徒に実演をやらせ、あとは遠くから静かに見ていた。
並行して生徒 H が不良化していることはだれの目にも明らかだった。髪型、服装、態度が日に日に変化する彼が、体育のクラスを馬鹿にし始めるのに時間はかからなかった。力で抑えることの出来ない教師を小馬鹿にして、ふざけた言動が幅を利かせ始める。他の子供たちもそれにならった。先生もしばらくは見て見ぬふりだった。
だがある日、とうとう先生が怒った。本気で。
「H!前に出て来い!」
Hは体育座りのままニヤニヤしている。先生はどす黒い顔を更に黒くさせてHの前に進み出た。そして伸び行く若枝のようなHの肩をむんずと握る。一度も暴力を振るったことのなかった彼の老木のような手が、震えている。Hを立ち上がらせようとするがもはやその力はない。Hはしょうがねえなあ、と先生を睨みつけながら立ち上がる。すると先生はいきなりHを柔道の大外がりで倒そうとした。右足をHの右足に外側からゆっくり絡ませ、押し倒そうとした。しかし―――Hはびくともしない。Hはおどけた顔で皆を見回した。私たちはその顔を見て笑おうとした。確かに、笑う直前まで行った。
なのに、誰も笑わなかった。
どのくらい時間がたったのか、気が付けば、Hのにやけた顔が、憂いに変わっていた。直後、Hの体はこんにゃくのように垂直にだらしなく崩れ落ちた。大外がりで倒されたというよりは、Hが気を失って倒れたので、すがっていた先生も一緒にバランスを崩してしまったような光景。Hは自分から、倒れた。
「分かったか、H!」
先生は本当に苦しそうだった。手術の傷口の痛みがこちらに伝わってきそうだ。Hも、だれも何も答えなかった。先生の顔をまともに見ることも出来ず、うつむいたり、遠くを見たり、落ち着きがない私たち。
その日以来、Hはこの先生の前での悪さを控える。悪がきの私たちも、この先生のクラスではおとなしかった。やがて先生は、中学校から忽然と消えた。転任だったのか、休職だったのか、記憶にない。
体育教官としては、なんの模範も見せられなかった先生だった。中学生と力と力でぶつかる体力も残されてはいなかった。しかし先生は体を張って、駄目なものは駄目、と向かってきてくれた。それは衝撃だった。先生の震える手はどんなに引き締まったアスリートの肉体よりも、美しかった。先生のHに抱きついた姿は、体育館で見た国体出場柔道選手の試合よりも、強烈に目に焼きついた。先生が肩で息をしながら「分かったか、H!」と漏らした吐息のような怒号はどんなに人望のある生活指導の先生の、噛んで含めるような説教よりも、胸に重たかった。
「分かったか!」
私たちは先生からそう怒鳴られた。確かに子ども達は、あの日、分かった。「授業中にふざけてはいけない」ことが分かったのではない。私たちは「模範とは何か」が分かったのだ。ゴールのテープを一等賞で切る人、テストで百点をとる人が私たちの倣うべき人なのではない。たとえビリでもレースを諦めない心、百点が無理でも試験直前まで見直す姿、倒せないと分かっていても、駄目なものは駄目と、全力でHに挑んでいく命こそが、この世界の最も尊い、宝石のような模範なのだと。
1年間お世話になりました。[2014年12月31日(Wed)]
雷鳴轟く年の暮れ、と思いきや夜は一転、星の輝く綺麗な空。
午前零時の神社やお寺の初参りも少し寒そうだが、穏やかに参拝できそう。

全国高校サッカー選手権、大道の高川学園7年ぶりの初戦突破。
高校野球もそうですが、プロサッカーの試合と違って、相互にパスミス多くてハラハラドキドキ。後半は危ないシーンが何回もあって・・・・疲れました。でも、やりかけの大掃除が残ってる・・・・

この1年も社協事業への取り組みが常に後追いで、周りの人に迷惑の掛けどうしになり、後から考えると恥ずかしくてドキドキの危ないシーンが何度も。

1年間ホントにお世話になりました。どうぞ良い年をお迎えください。

参拝者を迎える準備も万端の大道繁枝神社(12月30日)
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朝夕は賑やかな大道駅[2014年11月20日(Thu)]
秋らしい穏やかな好天が続き、大道では秋野菜のネギ、人参、春菊、白菜などが朝市に並び始め、畑ではタマネギの苗植えが忙しくなっています。

写真にある大道駅では今朝も高川学園、防府西高校の多くの生徒が電車で通学しています。
1日平均乗車人員で見ると 防府駅が4000人に対し、大道駅が1300人前後ですが隣の四辻駅や富海駅の200〜300人と比べても、文教の地「大道」と言いたくもなる数字です。平日の朝夕は山口短大の学生さんも含め田舎にしては賑やかな駅周辺となっています。

全国高校サッカー選手権大会に大道駅前にある高川学園の出場が決まりました。初戦は12月31日長野県代表と。
今年は憧れの国立競技場目指して、というわけにいかず、東京オリンピックに向けた解体作業に入っているため準決勝と決勝は埼玉スタジアムとのこと。是非、埼玉へ、と祈っています。

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かつては農繁期が休みでした。[2014年05月31日(Sat)]
大道地区では田植えの準備の農繁期に入りました。
田にはタマネギや麦が残っているところもあり、田植え前の収穫時期で農家では大忙しです。

かつては田植えや稲刈りなどの農繁期には学校も休みにして、子供たちも年代に応じて家の手伝いに刈りだされていましたが、今では農作業も機械化され、子供だけでなく、お年寄りも出番がなくなってしまいました。
NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」の世界は、家族が皆で支えあいながらそれぞれに役割を果たして生活しているという面では羨ましい時代でもあった気がします。

農繁期というのはホンの一部の者(私も)についてのことではありますが、その合間を縫って会議に出ています。
28日 防府市社会福祉協議会評議員会、29日 グループホーム運営推進会議、大道地区青少年育成協議会、JA地区座談会(私的)。

7月15日発行の「広報だいどう」に掲載する拙文もようやく出来、6月5日開催の主に友愛訪問員対象の合同研修会に向けて準備しています。今回は一般の方にも月報「(大道)スマイル通信」で呼びかけ、100名の出席予定で作業を進めているところです。


育てる覚悟[2014年05月15日(Thu)]
5月9日 大道小学校で 保護者も参観できる土曜授業がありました。
年間9回の土曜授業があるということで、今年度最初の日でした。

さすがに新1年生のクラスは子供たちも親が来てくれてとても嬉しそうな顔がなんともほほえましく思えたものです。
保護者も目つきが違って真剣にわが子の様子を観ていました。

ずっとこの気持ちが続くことを祈りながら、私が忘れ得ない感動の親子関係を著した記事を載せてみます。

おふくろのおしめ」(母親の無償の愛)
アサヒビール名誉顧問 中條高徳
豊かさに感謝する心を
かつて「おしん」というドラマがわが国で大人気となった。そしてアジアの諸国でももてはやされた。
豊饒の海に酔いしれる今の若者たちには想像のつかないほどの貧乏であった。
文字の読めない人すらいたが、皆、凛として生きていた。今更貧乏を勧める気など毛頭ない。豊かさは全人類の目指す課題だから、そのこと自体悪かろうはずがない。だが、識者の多くが、豊かさにたどりつくと、目指すエネルギーが弱くなり(夢見なくなる)、耐える力が萎えると説く。人は常に感謝の想念に裏打ちされて生き続けなければ、人生を誤ることが多い。豊かさの実感を肌で感じ、感謝する心を養うには、先人達の生き抜いた実相を伝えることこそ最高の説得であろうと思う。
己を捨て、相手を立てる
筆者の尊敬する平辰(たいらたつ)さん(日本の台所を任ずる椛蜿ッの社長)の母親の実話を紹介しよう。「私達兄弟は佐渡に生まれ、島で育ち、18歳の頃上京しました。亡くなった母は現代版「おしん」かもしれません。祖父に子供がなかったので、末弟(私の父)が世継ぎとされ、父は海軍の軍人だったので、船に乗っており、婿殿不在の平家に嫁いだのが母の八重でした。母は、子供たちのおしめ(おむつ)を古着の布の切れ端で縫い、汚れたおしめは、凍りつく川に運び、洗ってくれました。冬の雪の降る日でした。母のその手は、あかぎれで割れ腫れら上がっていました。血の出てくる割れ口には、ご飯粒を詰めることで堪えていました。
そんな手であっても、「子供には少しでも暖かいおしめを・・・・」と赤ん坊が汚したおしめを洗ってコタツで温めておいてくれました。
食事をしながら、子供におっぱいを飲ませているときなど、ブリブリと下痢のうんちをし、抱っこしている母の腿が熱くなってくると、食事を中断して、そのおしめをはずし、下痢でただれたお尻を、母は舌で舐め取って吐き出し、吐き出しながらコタツで温めてあったおしめを取り替えるのでした。今のように柔らかい紙はなく、紙といえば新聞紙くらいのものでした。また、柔らかい布もなく、おしめも布を縫い合わせているので、それで拭けば赤ん坊のお尻は更に赤くはれ上がってしまいます。
母は「子供が痛かろう」と自分の舌で、その下痢のうんちを舐めてふき取り、その口で再び食事を摂る事も度々ありました。(中略)
野良仕事は、夜8時、9時に終わることも多く、常に星を見なければ家に帰る事はありませんでした。
母が上京するときには、足が悪いのを忘れたかのように、米だ、芋だと重いのにもかかわらず持ってきてもくれました。昭和57年、やる気地蔵を祀った「やる気茶屋」を始めた時、50キロもある石の地蔵さんを背負って佐渡からやってきてくれてびっくりしました。
母が死を覚悟したときだと思われますが、私に話しかけてきたことがありました。「私は畑にも出られん。田んぼにも行けん。仕事が出来なければ、人のためにならん。たとえ我が子であっても迷惑はかけたくない。」と言い、その後自らの食を細めて“水”のみとし、大樹が枯れるが如く心臓を静かに止めていったのだと思います。
この親子に接すれば接するほど「この親にしてこの子あり」の感を深くする。親の躾の大切さをしみじみと感ずる。誤解の無いよう特に若い母親の読者に告げたい。
生んだ母親が子を舐めて育てるなど動物界の常識であるが、文明開化の今の世に、このような非衛生的な育て方をしなさいと勧めるのでは決してない。こうまでして育てた、母親の無償の愛、己(母親)を捨て、相手(子供)を立てる真実の愛を掴み取ってほしい。
この真実の愛を理解した母親のみが、わが子が成長した日、「ならぬことはならぬ」と厳しく躾ができるという「陰陽の理(ことわり)」をしっかり学んでいただきたい。
月刊誌「 致知」2009年10?月号より


Posted by 和田 at 22:28 | つれづれ | この記事のURL | コメント(0)
新年度あけましておめでとう[2014年04月05日(Sat)]
新年度が始まり、新任の役職員の挨拶回りを受ける機会も多く、お正月を迎えるような、新年度あけましておめでとう、とでも言いたくなるような気分でもあります。

さfらに今日は24節気の「清明」でもあり、清らかで生き生きした新しい季節を迎え、マンネリ化しないよう頑張りたいと思っています。

地j区社会福祉協議会では何をしているのかよくわからない、という地元のアンケート結果がずっと頭に残っています。他地区の例を見ても決して目新しく、派手な活動ではなく、ひとつひとつの業務に対する取り組みの心意気に熱さを感じます。

「古池や かわずとびこむ水の音」 松尾芭蕉の代表的な句ですが、小さな波紋が大きく静かに広がる様子が浮かんできます。
コツコツと、丁寧に、を心がけたいと思います。
Posted by 和田 at 23:14 | つれづれ | この記事のURL | コメント(0)
年度末の道路工事並みの行事の多さよ[2014年03月04日(Tue)]
毎年のことですが、年度末の行事の多さには今年はとくに多く感じます。会長職を務めて1年目だからかもしれません。
駆け込み会議、卒業式、閉講式、総会、決算報告会・・・・・・新幹線

作家で原稿締め切り前でないと書く気がしないという人も多いらしく、人間の性なんだろうし、4月1日を迎えたときには正月がやってきた気分になれる揺れるハート はず???
Posted by 和田 at 22:30 | つれづれ | この記事のURL | コメント(0)
事成すに試練あり[2014年02月16日(Sun)]
防府市では 公民館活動発表会のシーズンです。
昨日 大道公民館で 文化講演会がありました。
講師はヤスベェことフリータレントの大谷康彦さんです。

「人生はいつも青空」と題し、ヤスベェさんの熱い語りは2時間がアッと言う間でした。

幼少期の数々の絶体絶命の人生のピンチに先生や親の温かい言葉に救われ、いまの自分があるのです、と。

ヤスベェさんの話を聴きながら、古典の「孟子」の言葉を思っていました。

(天が重大な任務をある人に与えようとする時には、必ず先ずその人の精神を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、その肉体を餓え苦しませ、その行動を失敗させ、行おうとする意図と食い違うようにさせるものだ。これは天がその人の心を発奮させ、性格を辛抱強くさせ、出来なかったことを出来るようにさせるための試練だ。)

Posted by 和田 at 21:56 | つれづれ | この記事のURL | コメント(0)
明るい高齢社会?[2014年02月07日(Fri)]
2月6日 防府市市民活動支援センター主催の 団体向けブログ講座に参加しました。
これからブログを始めようとする団体もご参加を黒ハート との甘い言葉に 安心して申し込んだのですがドコモ提供
毎日投稿しているツワモノ団体もあり、内容のレベルの高さに・・・・・でも 頑張らなくっちゃ。

千々松講師の説明の中で 興味深いデータが。
総務省H23通信利用動向調査のネット人口普及率の世代別。
60歳以下は当然90%台、70歳台が40%に対し、60際台が70%前後という高い利用率。

団塊の世代は頑張ってるねー。 彼らが後期高齢者になっても、か弱いイメージとは違う老人になっているんじゃないだろうか。
なにしろ 産まれたときは ベビーブーム、入学するころは 学校建設ブーム、卒業するころは社会進出のための大量消費ブームによる好景気で 大量卒業者も 会社から引く手あまた。

この世代のニーズがこれからも社会を動かすんだろうね〜。 ネット通販、弁当宅配、シニア割引、大型活字本。 これらをうまく使って 飛び回ってる高齢者の多いこと、介護が必要になれば介護ロボットが話し相手までしてくれるに違いない。

彼らのエネルギッシュな行動を社会貢献ブームとして社会福祉事業に活かすべきと思っているんですが。手(パー)
Posted by 和田 at 21:17 | つれづれ | この記事のURL | コメント(0)
いつの間にやら自治会長の役に[2014年02月03日(Mon)]
今日は防府市社会福祉協議会の評議員会があり、新年度の役員を決める会議でした。
もうそんな時期なんですね。各地元でも新しい役員選任の悩ましい時期でもあります。

図書館にあった「新米自治会長奮闘記」を読んで、どこの地区もおなじなんだなーと・・・
役員を決める会議で前会長から議長を任されて進めるうち、福祉部や会計担当は次々に決まっていき、最後に自治会長役が残って、議長が引き受けざるをえなくなって、あとで罠にはめられた、と気付く、と言う筋書きなんだけど。でも、結果的に、よい経験ができ、大きく視野が開けた、との結論なんですが。

世はコンビニ(便利)な時代で、何事もとても簡単に目的を達成できてしまう。役員のようなものは、わずらわしく感じて避けようとする体質になっているようでもあります。

でも、奮闘記にある「役を引き受けたからには」という著者の気構えを見習いたいものですねー。

社会福祉協議会のブログとしてはやや逸脱した内容になってしまいました。NHKの籾井会長の慰安婦発言は個人的見解、に倣って このブログもお許しください。

Posted by 和田 at 21:34 | つれづれ | この記事のURL | コメント(0)