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2024市民みんなの文化祭 「明日を紡ぐ大地の会」公演 [2024年04月13日(Sat)]

2024市民みんなの文化祭 
 5月26日(日)午後1時半開演 ニューメディアプラザ山口

「明日を紡ぐ大地の会」公演演目
朗読劇 花よジャンケン
――中也の詩による幻想曲

        作  礒永 秀雄 
      脚色・演出 福島 久嘉

 侵略や戦争が常態化し、人類の欲望によって自然破壊が極限を越えて深刻化している現在、文化芸術の力で平和の歌を広げる営みはますます重要になっています。
とりわけ、礒永秀雄の詩の響きに耳を傾けることは、混迷の現代を生きる私たちにとって、砂漠で出会ったオアシスのような、命の霊泉とも言えるような、汲めども尽きぬ生命の水と希望を与えてくれます。
礒永秀雄の学生時代.jfif
東大が癖時代の詩人・礒永秀雄 1921〜1975

あらすじ
詩人・礒永秀雄は、毎朝、戦死した友とのジャンケンをくりかえしていました。

 そうなんだ 死んだ若者たち/ いまはもう昆布のようにもはためかぬ/ 遠い南の海の/ 岩間から 草間から/ 死んだあの友たちの帰ってくる時間が/ こんないびつなひとときに追い込まれてしまった/ なら 花よ/ おまえが今朝はひらかぬのではないかと/ ああ 思いもするのさ 
(礒永秀雄『花よジャンケン』)

 毎朝くりかえす戦友とのジャンケンは、生き残った者として、命をかけて平和を守り抜くという決意を固める厳粛な儀式でした。
――ならばどうやって戦争を阻止し、平和な世界を実現するのか? ますます巨大化する欲望と戦争の危機に直面し、礒永はその答えを中也の詩のなかに見いだしています。

 海にいるのは、/ あれは人魚ではないのです。/ 海にいるのは、あれは浪ばかり。
 曇つた北海の空の下/ 浪はところどころ歯をむいて/ 空を呪っているのです。/ いつはてるとも知れない呪い。 
         (中原中也『北の海』)   
 
海は、戦友の魂を眠らせる墓場であり、戦争で父や息子や恋人を失った女性たちの永遠の怒りと祈りの場所でした。
朝明けの潮1.jfif


 礒永秀雄は、海に向かって叫びます。
 「海よ! 海よ!俺におまえの力を与えよ! 海よ!」――そして詠います。
 そなたの胸は海のよう/ おおらかにこそうちあぐる/ はるかなる空、あおき波/ 涼し風さえ吹きそいて/ 松の梢をわたりつつ/ 磯白々とつづきけり……
         (中原中也『みちこ』)

 海の浪が消えない限り、平和の火は消えることがないのです。
津田勝治作曲の『北の海』の名曲に浸って、朗読劇『花よジャンケン』の斬新な舞台をお楽しみください。     

民衆詩人・礒永秀雄の人と作風

視覚にも聴覚にも耐え 
いのちに最も近いところで歌われる
思いの深い密度の高い詩 
しかも日本語の伝統を美しく伝えうる詩

礒永秀雄「海が私をつつむ時」より         

子どもと遊ぶ.jpg

 礒永秀雄は一九二一年、朝鮮の仁川で生まれました。京城中学から姫路高校を経て東京帝国大学美学科に進みましたが、一九四三年、学徒臨時徴集でニューギニアの手前にあるハルマヘラ島に送られ、斬り込み部隊として血みどろの戦場体験を強いられました。戦友の大半が犠牲となったなかで、礒永は奇跡的に生き延び、光市に復員しました。
 光市の職員、室積中学校教師、光高校や徳山高校の教師などを歴任して若者の育成に献身するかたわら、一九五〇年には「駱駝」詩社を結成、戦争で殺された戦友や幾千万の犠牲者の側に立ち、すべての国民とともに歩む民衆詩人として厳粛な戦後出発をします。そのいきさつは詩劇『修羅街挽歌』やエッセイ『八月の審判』などに鮮烈に描かれています。
 ヴェルレーヌや中原中也、宮澤賢治を深く敬愛する礒永は人間の情愛を豊かにうたう抒情詩人でしたが、人間の親愛を踏みにじるものについては火のような怒りを燃やして立ち向かう修羅の詩人でもありました。
戦争と欺瞞を糾弾してやまない礒永の詩精神は、晩年さらに深い民衆への愛として結晶していきました。「詩人とは、最終的には命の頌歌を歌い上げることができる処まで高まっていくものでなくてはなるまい」(一九七一年)
 磯永秀雄は、日本人の魂を奮い立たせる珠玉の作品を数多く残して、一九七六年七月二七日、光市で息を引き取りました。

光高校文芸部員と.jpg
光高校文芸部員と語り合う礒永先生

礒永秀雄詩集から

 さて
       磯永 秀雄

ぞうにを食う
やっと昨日の大みそかになって
妻と二人してついた餅を食う
これでもかこれでもかと
一年中の苦労のかぎりを
したたか杵で叩き込んだ
その餅を食う
としよりもおあがり
母ちゃんもお食べ
こどもたちもたんとおかわりして
天にとどけと腹つづみ打て
おろおろ歩いた一年は明けたぞ
どうにかお日様とにらめっこ出来るぞ
おめでとう おめでとう
みんなしんそこ丈夫になってな
今年も風に負けぬようにな
負けても泣いたりふくれッ面はせずにな
人間太鼓の行列作って
どどんどどんとこだまをかへして
歩いていこうな 胸を張ってな


花よジャンケン
          
花よ ジャンケン
氷の音の固いうちに
小鳥のまぶたの白まぬうちに
考え深い西空の月が
ブリキのように忘られぬうちに
この束の間の朝あけのひとときを
花よ ジャンケン

そうなんだ 死んだ若者たち
今はもう昆布のようにもはためかぬ
遠い南の海の
岩間から 草間から
死んだあの友たちの帰ってくる時間が
こんないびつなひとときに追いこまれてしまった
なら 花よ
おまえが今朝はひらかぬのではないかと

ああ 思いもするのさ

そんな青春の回帰のために
さ 切火
花よ ジャンケン
私の出す


その冷たい拳に
ひとにぎりほどの今日の真実
わたせぬ星を握りしめて
さ 君 ジャンケン
鋏を鳴らしながらやってくる風の前で
花よ ジャンケン! 
      (一九五六年十二月二日)


 ゲンシュク

ゲンシュクって何ですって聞いたの
襟を正すことだってさ
わかんないからもう一度聞いたの
おごそかなことって答えてくれたけど
ぴんとこないのよ
なんだろうゲンシュクって
天皇様だの神さまだのっての
あんなものに関係あるのかしら
それは人間の状態ですかって聞いたの 
私でもなりますかって聞いたの 

それあなるさって先生言ったの
君のウチで一番好きなのは誰かい
それあケンカもするけど兄さんよ
じゃあその兄さんがだね
君のそばでいつのまにかバッタリ倒れたとするよ
なぜ
なぜだかわからないが倒れて起きぬ時
君はケラケラ笑えるかい
なんぼ私だってすぐ介抱するわよ
その介抱もむなしく亡くなるんだ
いやあね そんなの
そしてその時兄さんがいうんだ
兄さんみたいに何もしないで死ぬんじゃないよ
しあわせに暮らすんだよって
シュンとするな
その時君はどう思うだろう
なぜ死んだのだろう たった一人のお兄さんが
いいわ 仕方がないことだもの
だけど約束するわよ
きっと兄さんの死をむだにしませんって
いやにシュンとして考えこんじゃうんだなあ
それだよってその時先生が言ったわ
厳粛って一つの死を前にして何かを心に誓う状態だって    
この世の中ってあんまりげんしゅくでないのね
          (一九六〇年一月一日)

 解説 詩劇『花よ ジャンケン』のクライマックスシーン

 この劇の見どころは何といっても、詩人と死んだ兵士たちとの対話のシーンです。
詩人は、戦場で悲惨な体験をして日本に帰って来て、美しい青春を取り戻そうと夢見るのですが、世間は冷酷で、恋にも破れ、死の淵に沈みこみます。そこへ地獄からズシンズシンと足音荒く二人の「戦友」が訪ねて来るのです。

亡霊 「帰ってきたぞ」 「帰って来たぞ」
 「俺たちは死んだ」 「俺たちは死に切れない」 「何というざまだ」 「おのれ一人の小さな孤独の袋をぶらさげて、重いといっては座りこんでいるのだな」
「お前の小さな孤独の袋を貸せ」 「そのかわり俺たちの大きな袋を背負って行くんだ」
詩人 「……そうだ、俺の孤独の袋もかつてはおまえたちのと同じように大きかった……」
亡霊A お前はたずねてくれたか。おれのおふくろを。伝えてくれたか、俺が船もろとも沈んだことを。
亡霊B お前はたずねてくれたか。俺の恋人を。伝えてくれたか。俺がジャングルの中で死んでいったことを。
詩人 俺はたずねた。俺は伝えた。おまえたちの戦死したことを。おまえのおふくろに、そしてお前の恋人に。
亡霊A 北に行った堀はどうした。
詩人 堀も死んだ。憲兵に切られた。
亡霊A なぜだ。
詩人 自由について言い争ったからだ。
亡霊B 広島に残った小川はどうした。
詩人 町もろとも焼け死んだ。
亡霊B 空襲でだな。
詩人 原爆だ。
亡霊A そうか。そうだったのか。おまえだけが生き残ったというわけだな。
亡霊B 詩人になるんだってな、おまえは。
亡霊A 俺たちに読んで聞かせろ、歌を。
亡霊B うたってみせてくれ、おまえの詩を。
詩人 無い! 無い! お前たちに読んで聞かせる歌がないのだ。俺は……

 死者たちのうなり声 すさまじい歩行音
 「歩け、修羅! 俺たちは眠れない!」
 「立て、修羅! 見ろ、暗い天!」
 「俺たちは眠れない!」「俺たちは眠れない!」

詩人 (天を仰いで)そうだ、俺は忘れていたの 
 だ。俺がどこから帰ってきたかを。俺は忘れていたのだ。誰に、そうしてどんな魂に詩を捧げるべきかを。(深い海底からのうなりに応えて)
  「俺は修羅! 俺は修羅! 海よ! 海よ! 俺におまえの力を与えよ! 海よ! 」
 ここで、中原中也の詩に津田勝治が今回新たに作曲した『北の海』の合唱が歌われて、この
クライマックスシーンは、荒波のように終章へと向かって進みます。
 一九六〇年という、戦後史の転換点で創作された詩劇『修羅街挽歌』は、現在、新しい破滅へと向かって突き進もうとしている日本国家にたいして、国民と芸術家がどう立ち向かうべきかを、シンプルに教えてくれているようにも感じられます。(演出プランにかえて 福島久嘉)  

室住の礒永秀雄碑の前で.jpg
 海がわたしをつつむ時 空にあっては燃えさかる一つの星空
室積の礒永さんの碑の前で公演の抱負を語り合う「大地の会」
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