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8/29「からだをつかってあそぼ」体験感想 [2009年08月29日(Sat)]

後半「からだをつかってあ・そ・ぼ」 14:00〜15:40


少しの休憩の後、花子さん、貴子さん、憲二さんらも参加し、みんなでゆっくり歩いた。
ペアになって、呼吸にあわせて手を上げ下げする。







次は相手の背中をマッサージした。
マッサージする前と後に相手の背中にゆっくり手をあてるということが印象的だった。
(あったかいのを伝えてから−)という黒子さんの声を聞きながら、なんだか素敵な行為だな、と思った。それからそのあてた手の力をシュッシュッっとからだの外側に向かって流していく。

そして今度は背中合わせで体重をのっけあいっこ。
足の裏をくっつけたり、それぞれのペアによってアレンジが加わっていった。







それから、みんなで足や手のまねっこをした。
それぞれのからだおもしろい。
貴ちゃんはしなやかな静の強さ、花ちゃんは何だかシナプスのような力強さ、憲二さんはとてもやわらかな素直さを持つ身体だと感じた。
フォルムに無駄がない。
そもそも人のうごきに無駄なものはないような気がした。
いろんなうごきに出会ったりしながら、からだで話をする時間。



少しの休憩の後、みんなで歩いた。

ナビゲーターの黒子さんが鈴を鳴らしたら、とまる、触れる、ハーモニカでジャンプ。
「触れる」合図の鈴の音が聞こえると、この人にどうやって触れようか、日常とは違った思考回路でからだが反応する。
皆さんは、生き生きとからだで答えていた。


そのあとペアダンス→みんなで踊る
まずペアになって、近づいたり、はなれたり、それぞれのダンスが始まっていった。
私がペアを組んだのは、花ちゃんだった。
彼女はすごくパワーがある。彼女の中に常に何かが生まれているような、そんな力だ。
私にとって彼女はとても気になる存在だった。







私たちはうまくコミュニケーションできなかったのではないか思う。
その時は、もう少し時間があれば何かが始まっていたのかもしれない、順番は最後だったしタイミングも合わなかったのかも、と状況のせいにしていた。


しかし後日、記録のビデオを見させてもらい、激しく自己嫌悪に陥った。
全くもってコミュニケーションを図ろうとしていないのは自分であった。
何かを伝えようとして、ただ相手の反応をうかがっているにすぎない。
どころか、媚びているだけにみえた。
目や心でうったえているだけじゃ応じてもらえるはずがない。
自分では、障がいのある人と踊る、ということに、変化やとまどいをあまり感じていないつもりだった。
でもどこかで迷いが生じ、どうしたらよいのか分からなくなっていたんだろうと思う。
頭が身体にセーブをかけていた。きっとそのことは花ちゃんにばれていたことだろう。
誰かと踊るとき、見透かされると感じる。嘘はつけない。


今回参加してみて、その人がどんな人なのか表面上の言葉ではなく、その人とその人の身体と向き合える心地よさを感じ、またそれに対する自身の殻があることに気づかされた。
とても素直な身体を前に、わたしは動けなかった。



もっと素直になりたいと思った。






体験感想:
京都造形大学 映像舞台芸術学科卒
出村弘美
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