
伴侶犬の献身[2023年09月25日(Mon)]
昨年4月、伴侶犬ベティを亡くし、今年8月ベティの娘チェリンを亡くしました。16年間苦楽をともにし、私を支えてくれた伴侶犬たちの死によって、私の中のひとつの時代が終わったような虚無感を感じています。
ベティの命が長くないと医師から告げられた頃、ペコとの出会いがありました。ペコはベティとチェリンの行きつけの美容院で保護されていた仔で、ベティの若い頃によく似ています。店主から「ペコは飼い主が2回変わり、保護所を行ったり来たりしている。ペコを迎え入れてもらえないか」と依頼されたのですが、うちは集合住宅で動物飼養は2頭まで。そのためそのときはお断りしました。しかし、この店に通う度に「ペコはうちの仔になるよ」と3頭で話し合っていたのではないかと思います。
ベティが亡くなってから8か月経ってもペコはまだ保護所に居ました。ペコを望む人は複数あったようですが、なぜか譲渡成立しなかったそうです。そこで、家族で話し合い、チェリンの為にもペコを我が家に迎え入れることにしました。ペコはチェリンが特別な存在だと理解し、控えめに献身的に傍らに居てくれました。時々、「抱っこしてくれませんか」と哀愁漂う表情が健気で切なくなります。
ペコが我が家に来て8か月後、チェリンは逝きました。葬儀には家族に代わって、ペコが私の足元に静かに寄り添い、一緒に見送ってくれました。後日、チェリンが亡くなった日の朝に録画した留守番の様子を見ると、呼吸の荒いチェリンと、哭きながら走り回るペコが映っていました。辛いのに我慢して仕事に行く私を見送ってくれたチェリンと、異変を知らせているペコの姿でした。(保護犬ペコも今や立派な伴侶犬です)
伴侶犬を失った悲しみや罪悪感は消えないけれど、死が近いことを知ったベティとチェリンが、ペコとの縁を結ぶため仕組んでくれたことを思うと幸せな気持ちです。そして伴侶犬の献身的な愛(残された人間への愛、犬同士の愛)を強く感じるのです。