Vol.410【ファンドレイジングスーパースター列伝】禅海(日本) [2019年05月06日(Mon)]
禅海
禅海(ぜんかい、元禄4年(1691年) - 安永3年(1774年))は、江戸時代中期の曹洞宗の僧。越後国高田藩士の子。本名は福原市九郎。生年については貞享4年(1687年)説もある。 両親が亡くなった事から世の無常を感じて出家し、諸国を行脚、正徳5年(1715年)に得度して禅海と称した。豊前国(今の大分県)耶馬渓の青の洞門を開削したものとして知られる。 ーーーーーーーーーーー (Wikipediaより) 大分・耶馬渓の青の洞門が寄付で出来ていたとはしりませんでした。 こちらのサイトに紹介されていました。 中津耶馬渓観光協会 https://nakatsuyaba.com/?introduce=doumon 禅海和尚の手彫りのトンネル 『諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚は、この危険な道で人馬が命を落とすのを見て心を痛め、享保20年(1735年)から自力で岩壁を掘り始めました。 禅海和尚は托鉢勧進によって資金を集め、雇った石工たちとともにノミと鎚だけで掘り続け、30年余り経った明和元年(1764)、全長342m(うちトンネル部分は144m)の洞門を完成させました。 寛延3年(1750)には第1期工事落成記念の大供養が行われ、以降は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して工事の費用に充てており、日本初の有料道路とも言われています。』 いろいろ調べてみましたが、托鉢勧進でどのくらい資金を集めたのかまでわかりませんでしたが、かつての日本では、地域からの寄付でいわゆる公共工事が民間の手で行われていました。 青の洞門のすごい点は、通行料を徴収して、次の工事の費用にしているということですね。 この辺の解説を詳しくしてくれているサイトを発見しました。 私の故郷紹介 『耶馬渓と青の洞門』 大池慎一郎 一漂泊の僧・禅海、起業家の先駆者、最古の有料道路一 http://www.katakuradai.jp/bungakukan/essay/0802_ooike/0802_ooike.html Wikipedia:禅海 |