No.317【ファンドレイジングスーパースター列伝】サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂(フランス) [2018年11月13日(Tue)]
サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂
サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂 (Chapelle de Saint-Vigor-de-Mieux)は、フランスバス=ノルマンディー地域圏ファレーズ市の近郊、サン=マルタン=ド=ミュー村のはずれにある礼拝堂。別名"リンゴの礼拝堂"。 16世紀にイギリス貴族によって建設され、1828年、司祭がここから去ったあと、1985年に地方自治体の手で部分的な修復が行われたものの、礼拝堂として使われることはなかった。 それを見かけた日本人芸術家田窪恭治は1989年、一家5人でファレーズ市に移住、1999年までの10年間をかけて修復を行った[1]。 礼拝堂の左右にりんごのフレスコ画が施されているのが特徴で、これが"リンゴの礼拝堂"の名の由来である。礼拝堂の入り口の扉に工事に関わった職人や募金者の名前が刻まれている。 ーーーーーーーーーーーー (Wikipediaより) メセナ活動を紹介した「芸術文化の投資効果 メセナと創造経済」(加藤種男・著)で見つけた事例です。 日本人の芸術家が、家族と一緒にフランスに移り住み、田舎の礼拝堂を修復したというプロジェクトでした。 このプロジェクトの応援者として、寄付を集めたのが、その当時、資生堂社長だった福原義春さん(現名誉会長)でした。日仏で企業や個人に寄付を呼びかけ、総額2億円もの寄付を集めたそうです。 その辺の状況は、田窪 恭治さんの著書に詳しく載っているそうです。 林檎の礼拝堂 La chapelle des pommiers 田窪 恭治 (著) https://www.amazon.co.jp/dp/4087811654 他に、ネットでいくつか参考になる記事を見つけたので、引用します。 公益社団法人 企業市民協議会(CBCC) https://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/CLIP/clip0019/cli040.html 日仏の市民が購入した色ガラスの瓦が礼拝堂の屋根をモザイク模様に彩り、ノルマンディー地方の自然に題材をとった絵が内壁を飾る。完成した礼拝堂で、ミサはもちろん、音楽会や展覧会などコミュニティの催しもできるのでは、と夢はふくらむ――フランス・ノルマンディー地方にある風化した16世紀の礼拝堂を、日本の現代アーティスト、田窪恭冶氏が芸術作品としてよみがえらせようとしている。現地の職人や住民は、田窪氏とともに地道な作業に取り組みながら、国際的メセナ活動に参加することの喜びをかみしめ、日本の支援者に思いを馳せているという。 世界現代美術作家情報 田窪恭治 http://kousin242.sakura.ne.jp/wordpress/aaa/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E4%BD%9C%E5%AE%B6/%E7%94%B0%E7%AA%AA%E6%81%AD%E6%B2%BB/ 1999年まで十年余りを要することになったこの仕事は、礼拝堂の所有者である村のひとびととの契約締結、そして資金調達のための支援体制づくりから着手された。村との契約は1988年の年末、即ち礼拝堂との出会いから一年後のことであった。そこには、礼拝堂は村が所有し、作品も礼拝堂が保持すること、作品制作は作家の自由であり、プロジェクト実現のための資金は作家が調達すること、プロジェクトに関する著作権は作家が有することなどが記されている。それは、発案から完成までを作家ひとりがコントロールする近代的な美術作品のあり方とは異なるものであった。資金調達については、礼拝堂の友の会が結成され、そこが窓口となって、企業と個人からの寄付を受け入れた。特に、日本で設立された企業メセナ協議会が中心となり、様々な企業から幅広く寄付を募る方法が進められたことは、80年代までの企業と芸術の関係とは異なる点として特筆される。 メセナ活動やアート振興のファンドレイジングスーパースターの事例ですね。 Wikipedia:サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂 |