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「「社会を変える」お金の使い方」を読む [2011年01月04日(Tue)]
NPO法人フローレンスの代表をつとめる駒崎弘樹さんが書いた「「社会を変える」お金の使い方」を読んだ。



彼がいかに熱い思いをもって活動しているかは、私があらためて言うまでもないことながら、この本を読むと、彼の思いが言葉になって現れていて、あらためて感動を覚えた。

社会を変える人間の持つ「」に触れられる貴重な一冊だ。

そして、CANPANプロジェクトでは、フローレンスさんの活動を一部サポートさせていただいているが、それがなぜなのかをこの本を読んでいただければわかっていただけると思う。

そして、下記の文章にとても共感を覚えた。

そうそう。出版社の方が「寄付について書いた本は、きっと毒ガエルの飼育マニュアルと同じくらい売れると思います。」と悲しそうな顔をしておっしゃっていたので、この本はあまり多くの方の手元に届かないかもしれません。でも、私は希望を失いません。

この言葉の持つ重さを私は二つの思いで読んだ。

一つは、暗澹たる現状への思い。

日本には、NPO法人だけで約4万もの団体が存在する。
この数は、実は日本にある全てのコンビニエンスストアを超えるくらいの数だ。

そして、彼らの多くは社会の中で必死に社会課題と向き合っている。

にも関わらず、この言葉の持つ意味は、そんな彼らに対して社会が関心を寄せていないという事実を明らかにする。

そんな事実に気持ちが凹んでしまった。


そして、もう一つは、未来への希望への思い。

彼が述べているように「希望を失わない」ということとリンクするが、明らかに時代の流れが変わってきていることを自分も感じ、CANPANプロジェクト自体もそのうねりを受けて大きな舵をきっている。

2011年が明けてすぐ、CANPANプロジェクトをふり返らなければならないことがあり、昔の資料を眺めていて驚いたことがある。

2008年12月に役員に提出したその資料には、「寄付マーケットを広げるために最も有効な手段は税制改革しかないが、それは現時点で不可能と考える。」と自分で書いていた。「CANPANプロジェクトはそこに対しては打つ手がない」とも・・・困った

ところが、そのわずか二年後に、税制が変わることが決まった。

時代は変わりつつある。成果が出てくるまでにまだまだ時間はかかるだろう。
でも、それは希望の光だ。

彼が流れを作った「新しい公共」の推進会議に、自分もワーキング・グループの委員の一人として関わることになったのは、そういう意味でも偶然ではないのだろう。

そして、この本は、私も出版社の方と同じように「毒ガエルの飼育マニュアル」程度、売れると思う。

だが、数年後、この本は多くの人に読まれる本になるかもしれない。
それだけの価値が、この本にはある。

でも、時代を考えると、もしかしたら現時点で「犬の飼育マニュアル」くらい売れるかもしれない・・・というか、売れてほしい。

このような素晴らしい本を執筆された駒崎さんにあらためて敬意を表すると共に、出版された英治出版さんにも同じく敬意を払いたい。

ちなみに、英治出版株式会社という出版社もまた、社会企業と言っていい素晴らしい出版社である。

以前、アダム・カヘンさんが書かれた「未来を変えるためにほんとうに必要なこと――最善の道を見出す技術」を15冊ほどCANPANに寄付していただいた際、社長の原田さんがおっしゃったのは、「この本は、社会を変えたいという熱い思いのある人にだけ配ってください。」という言葉だった。

幸い、自分の周りにはそんな人がわさわさといて、あっという間になくなってしまったが、英治出版という会社は、そんな素敵な会社であるまる

ぜひ、みなさんもこの本を手にとって読んでみてください。読み終わった後、自分が少し元気になっていることに気付きます(笑)
しあわせな仕事の見つけ方、つくり方を読む [2010年12月05日(Sun)]
尊敬する久米信行 ( @nobukume )さんが、新しい本を出版されたということで、さっそく拝読した笑顔

本のタイトルは、「しあわせな仕事の 見つけ方、つくり方

くめさんらしい素敵なタイトルにわくわくしながら表紙をめくる。

くめさんの本で重要なのは「まえがき」だ。
実はここに感動が詰まっているのだ。

今回も相当にやられてしまった笑い
思わずやたら仕事のモチベーションが上がった自分に気づく。(まえがきだけで・・・)

「Business to Fun」つまり「B to F」の時代とくめさんは書かれている。
しあわせの連鎖を生むための新しい価値観。

本書では、そんな連鎖を生みながら本気で生きている人たちが紹介されている。

久米繊維工業株式会社社長の久米信行さん

病児保育のフローレンス代表の駒崎弘樹さん

戦国ブランドもののふ主宰の田中秀樹さん

日本メディアアート協会代表の竹本明子さん

明晴学園理事の玉田さとみさん

横浜アートプロジェクト代表の榎田龍路さん

小布施町立まちとしょテラソ館長の花井裕一郎さん


このうちの約半数の方は、私も直接お会いしたり、ご一緒にプロジェクトを行ったりしている方だったりするのだが、こうしてあらためて皆さんの活動の背景を知ったことで、彼らの素晴らしさを再確認した思いだ。

そして、ますますこのご縁に感謝したくなる自分がいる。


最近、世の中では「社会貢献」や「社会起業家」といった言葉をひんぱんに聞くようになった。

それがブームだとして、そんなブームがいいのかどうかはともかく「社会のために何かすること」にやりがいを感じる人が増えてきていることは間違いない。

本書は、そんな思いを持っている人なら「必読の書」であると共に、自分のやりたいことが見つからない、今の仕事がつまらない、と思っている人にもぜひ読んで欲しい本だ。

少なくとも、日本国内という経済の中だけで言えば、給料が右肩上がり・・・などという時代は終わってしまった。

そんな時代に、「働くとは何か?」、「働き甲斐とは何か?」、そして「自分はどんな仕事がしたいのか?」などについて、本書はリアルな人たちの生きざまを通じて具体的に教えてくれる。

そんな貴重な示唆を与えてくれる本書を読み、今の仕事が自分は好きではあるけれども、もっとがんばらねば、との思いを新たにしたまる


百億の昼と千億の夜 [2009年10月15日(Thu)]
このタイトルの本について知っている人の多くは、おそらくマンガのほうをご存じなのではないかと思う。



実際には、光瀬龍という作家が書いたこのSF小説が原作となっている。

私はこの光瀬龍という作家が大好きで、彼の書いた本のほとんどを持っているのではないかと思う。

自分が高校生の頃からちょっと入手が困難な本が多く、古本屋では必ずチェックしていた(笑)
(それが今や、アマゾンでいくらでも買えてしまうのだが、値段が高いのは良くない。聖飢魔Uのバンドスコアとか2万円近くするし困った)

今年は彼の没後10年にあたり、その年に「興福寺阿修羅展」が人気を博したのは不思議な感慨がある。

阿修羅王を悪としてではなく、主人公の仏陀の悩める自己の投影的存在として描いた彼の構成力に本当に感動したものである。

自分の仏像趣味の中でも、最も阿修羅王像が好きな理由の一つもこの小説の影響があることは間違いない。

また、彼は本当に博学で、生物学や古典に至るまで、あらゆるジャンルに興味を持った人のようで、それぞれの分野に著作がある。

SFという突拍子もない世界のアイディアがそれらの融合によって生まれていたであろうことは想像に難くないが、今の社会課題解決のアイディアもそのようなところにヒントがあるようにも思う。

光瀬龍氏のSF作品で私のおすすめは、「喪われた都市の記録」という本。
なんだかとても奥が深い作品である。

とりあえず、ビール! [2009年07月21日(Tue)]
CANPAN CSR プラスの「市民が選ぶCSR大賞」で二年連続で賞を受賞されているサッポロホールディングス株式会社に勤務され、サッポロビール株式会社のCSR部長を務めておられる端田晶氏が書かれた本がこちら、「とりあえず、ビール!ジョッキ



この夏も暑い夏になりそうで、暑気払いに飲み会の場も多いことだろう。

そんな時の話題を独占できそうなウンチクがたくさん詰まった本であり、端田氏のビールに対する想いやお人柄がとてもよく出ている楽しい本である。

この本は昨年出版された「もっと美味しくビールが飲みたい!」の続編であり、初めての方はこちらから先に読むことをおすすめしたい。

ビール好きの人はぜひビールを片手に(できればサッポロビール片手に)、ご一読いただくと、一層ビールが好きになること間違いなしである。

私がサッポロビールさんのまわし者でない証拠に・・・私自身はビールが嫌い(飲めない)のである・・・残念困った
最終戦争論 石原莞爾 [2009年07月20日(Mon)]
昔から日本史が好きだったが、小学生の頃は縄文時代や弥生時代など物証が乏しく時代を推測せざるを得ない時代が好きだった。

中学になる頃、格闘技にハマりだした頃から中国の三国志や水滸伝にハマった関係もあって戦国時代が好きになり、幕末が好きになっていった。

高校の頃はよく覚えていないが、たぶん戦国と幕末が好きだったのだろう、なにしろ高校二年の時に書いた論文は「新撰組は悪だったのか?」である。

年齢と共に好きな時代が近代に近づきつつ、この頃から変なクセがついていたことに気づく。
つまり、歴史的に悪と呼ばれる、または評価されている人や事象を「本当にそうなのか?」と思う視点である。

これがアメリカ留学後の大学生になった後はさらにひどくなる。

近代史なら、まだ生きた本人に会えるではないか!実際に会ってみよう!という無謀な行動に出る。

そこで、故田中角栄氏は、本当に世間に言われるような悪徳政治家だったのか?という疑問を解消するために色々と調べ始める。

そもそも本当に田中角栄氏がワルなら、なんでそんな人物を新潟県民は自分たちの代表として国会に送り込むのか、全く意味がわからなかったわけである。

それを考えていたらさらにエスカレートして、「カルト宗教は本当に悪なのか?」という疑問にもぶつかり、あの麻原彰晃と握手までするというていたらくだ。

私は実物の麻原を見て、「こいつは本当にNGな奴だ」と思った。
それを社会人になってから思い出して小説にして書いてみたりもした。(サリン事件の一年ほど前のこと・・・)

そして、とあるきっかけから私の勤める日本財団を創った故笹川良一氏も同じような評価をされていた人物の一人であったので、その真意を知るべく、就職までしてしまった・・・困った

笹川良一氏は実際にお会いしたが、そんな気配は微塵もなく、むしろ威風堂々というのがふさわしいオーラを放つ人だった。今は私が最も尊敬する人物の一人である。

戦国時代や幕末は、多くの人の関心を得、最近では歴女と言われるように女性にも関心を持たれるようになった。(どうも歴史自体に興味があるわけではないようだが・・・)

その研究や視点は非常に多岐に渡り、客観性もある。

しかし、近代史はどうか?

大東亜戦争を含む日本の近代史に関する日本人の評価はあまりにも単一的に過ぎ、思考停止状態ではないかと思う時がある。

そもそも田中角栄氏がダークなイメージの政治家であるのはなぜか?

マスコミがそのように世論を作り上げたというのは、そのような側面が強かったことは間違いない。しかし本当にそれだけなのか? 単に新聞がそう書いていると鵜呑みにしてしまうほど日本人の知的レベルは低いのか?

そんな様々な疑問を自分なりに解決するべく、こんな本を読んでみた。



石原莞爾氏についての解説本は過去に何冊か読んだが、その元になる本人が書いた本を読んでいなかったのは全くうかつである。

歴史的に重要な人物評を他人に任せてしまっていた自分を恥じつつ、あらためて様々な書物を読みながら、終戦記念日を迎えようと思うのである。
ガンダム お台場に立つ [2009年07月15日(Wed)]
昨年で「お台場冒険王」が終わるということで、今年は何が起こるのかと思っていたら、「お台場合衆国」というイベントに拡大して展開されるそうだ。

これは、お台場というエリアを面でとらえたプロジェクトとして考えている点で昨年までの冒険王に比べ、非常に社会性が高くなっているように感じる。
特に地域とのより強固な連携や地元(お台場)の活性化という点は見逃せない。

お台場というところは、立地的に独立したエリアという印象があるが、実は「行政区」という視点で見ると四つの区が入り組んだ非常にややこしいエリアである。商工会などももちろんそれに合わせて分離して存在する。

昔、船の科学館さんや日本科学未来館さん、それと地域の小学校を巻き込んでお台場という面を活用した教育系の夏イベントを考えたことがあったが、小学校も行政区が分かれるため、交渉が大変過ぎて、結局企画倒れて終わってしまったことがある。そのくらい入り組んでいるのだ。

したがって、イベントを「お台場」という広域的経済区で仕切って行うためには、商工会含めその辺の複雑な事情をそれぞれ考えなければならず、運営者側の苦労は並大抵ではないだろう。

実際、そのあたりの連携はどのようになっているのかよく知らないが、結果として多くの観光客がお台場を訪れ、そこに人的な流れが面で出てくるだけで経済効果は必然的に上がるわけなので、お台場に関わる多くの関連企業や周辺施設にとっては重要なイベントであろうし、多くの方々に参加してもらう意義はあると思う。
そんな利害関係も含め、「合衆国」とはよく名付けたものだと感心することしきりである(笑)

テレビ局の経営が軒並み危機的状況の中で、このようなイベントをフジテレビが中心となって行うことは、新たなテレビ局の可能性を模索しているようで興味深い。

昨年まで、船の科学館が運営していたお台場のプールも、今年はこの合衆国の州の一つとして運営されるようだ。

このお台場合衆国のイベントで目玉と言われている二つが、「ラロックの聖母」と「実物大ガンダム」である。

「ラロックの聖母」は、もし本当にダ・ヴィンチの作だとしたら600億円という値が付くそうであるが、単にレオナルド派の絵だとしても30億円だそうで、その美術的価値はとんでもないものであるようだ。

■詳しくはこちら■
http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2009/090615uso2009.html

個人的には、修復後のこの絵には興味があるが、今のところそんなに興味が湧いていない。
それよりも実物大ガンダムのほうに関心があって、どちらかしか見てはいけないと言われたら、迷わずガンダムを選んでしまう落ち込み

初代ガンダムの時代、自分は小学生だったので、まさにガンダム世代なのだが、学校の校舎の高さが18mと聞いて、「ガンダムが立つとこんな大きさかー」と校舎を見上げていた。

その実物大のガンダムが見れるというのは、やはり関心を持たずにいられないのである(笑)

このガンダム渋滞が起きているというのは、こちらのブログでもリアルにわかる。

■船の科学館から見たお台場定点観測 〜 ぶらり台場ん家 〜 ■
https://blog.canpan.info/burari/archive/363

このブログの写真を見て思ったが・・・

ガンダムがこの色彩で戦闘用兵器って、やっぱあり得ないよね・・・目立ち過ぎ・・・困った
検証 戦争責任 [2009年07月10日(Fri)]


読売新聞による戦争責任に関する書物をたまたま本屋で見かけたので読んでみた。

日本人の自虐的な歴史観には、私も疑問を持つ一人である。
なんでも欧米が進んでいる、真似をすべきだという発想の源もここら辺に原因があるのではないかとすら思える時があるくらいだ。

日本企業の環境に対する配慮などは世界最高水準だが、当の日本人や日本社会がそれを評価せず、海外のほうが進んでいると思っている人が多くいる。不思議なことである。

それはさておき、終戦記念日が近づく夏にはこのような書物を読む機会が増える。

この本の中で、辺見じゅん氏が「終戦記念日だけなく、12月8日(開戦の日)こそが重要だ」ということを言われていたのが興味深かった。

今でこそ、当時は明らかになっていなかった様々な資料が明らかになり、検証がされている開戦までの道程であるが、これを日本国民皆が考える機会というのはあまりされていないと私も思うのである。

そのきっかけの日というのを設けるのは一考すべき価値がある。