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明智光秀塚、大地に立つ [2008年07月20日(Sun)]
今年9月、京都で「市民メディア全国交流集会」の第六回「京都メディフェス」が行われる。

そのプレイベントとして「きょうとNPOセンター10周年記念事業」でもある「市民メディアってなに?」が行われた。

それに参加するために夏の京都に足を運ぶ・・・新幹線

夏の京都は、大学生時代に車で出かけ、織田信長が朝倉討伐に進軍したルートを追っていくという無謀な一人旅を敢行、車の中で寝泊まりした時にひどい目に遭って以来、20年近くも避けてきたので、暑い京都の景色がとても新鮮だった。(でも暑い・・・)

宿泊先の近くに明智光秀公の塚があるので、チェックインする前に足を運んでみた。



ここに足を運ぶのは初めてだったが、思っていた以上に手厚く祀られているのを拝見し、明智光秀公が、かの地ではかなり信望があった御仁だったのではと思った。
慕われていなければ、こんな塚など残っていないはずである。

無念の死を遂げた人物を丁重に祀るということも可能性としては十分ある。が、将門塚がそうであるように、光秀塚からもそのような負のオーラが感じられないのだ。

個人的には、歴史上彼がしたことは、その後の日本史を若干つまらないものにしたと思っているので、嫌いではないが、好きな武将ではない。

歴史の気まぐれのように出現した織田信長という天才が天寿を全うしたとしたら、どのような日本史が刻まれたのか興味が尽きないからだ。(でも、部下だったらちょっと辛いかも)

とはいえ、彼が逆賊的に扱われるのはさらにおかしな話。下剋上という当時の常識からすれば、たとえ彼が純粋に出世欲で信長を殺したのだとしても決して悪人という話ではない。

三日天下の後、彼もまた天寿を全うできずに死ぬわけだが、それを嘆く民の気持ちがこの塚にあらわれているような気がする光秀塚だった。

そんな、夏の京都はやっぱり暑い。

まだ残暑も残っているであろう京都で行われる「京都メディフェス」ですが、楽しくもためになる企画が盛りだくさんです。ぜひ皆さんもご参加ください!笑顔

■京都メディフェス情報はこちらから■
http://www.shiminmedia-kyoto.jp/


【雑記】
カテゴリ的に「英雄列伝」かどうか迷ったけど、光秀公に敬意を表して・・・
タイトル「明智光秀塚、大地に立つ」にピンときた方、相当なガンダムオタクですね。。。笑い
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