なぜサラリーマンは憧れの存在ではないのか? [2009年07月02日(Thu)]
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小学生の夢として「将来、サラリーマンになってバリバリ働きたい」という夢をご自分の夢で持っていた人はいるだろうか???
スポーツ選手や宇宙飛行士など、花形系に比べたら、サラリーマン(または会社員)というのは子ども視点で見れば、憧れようとする職業ではなさそうだ。 昔、藤子不二夫先生のマンガに「中年サラリーマン」という漫画があって、子ども心にこういう仕事は嫌だなぁと思った記憶もある。。。 もちろん、サラリーマンと一言で言っても、それは職業というよりは雇用形態の表現であるので、将来の夢として語られるのもいかがなものかと思う。 しかし、「颯爽と働くビジネスマン」、それに憧れる子どもがいてもいいのではないか? もしいないとしたらその原因は何だろうか? そんなことを考えた。 自分が子どもの頃、テレビで金太郎飴のような紺の背広にネクタイというスタイルで満員電車に乗って通勤する朝から疲れきったサラリーマンの姿が映る度に、「この中の一人にはなりたくない」と思った。 今でもなりたくないのだが、まんまとなってしまっている。 社会的に時間差通勤などへの理解が広がっているとはいえ、まだまだ世の中の会社の大勢は9時出社だ。 世の中のサイクルとして、みんなで働く時間を合わせるというのは工場がそうであるように、効率的であるので否定はできない。 しかし、今の首都圏は、度が過ぎた通勤状態となってしまっている。それ故、経営層はこの緩和を考えてあげないと、社員は本当に朝から疲弊してしまう。 組織のモチベーションの維持に、ぜひとも制度的な時間差通勤というものを導入していただきたいと思う。 それは本題ではなくて、そんな金太郎飴的ファッションには誰も魅力を感じないということが言いたかった。 野球選手のユニフォームにはアイデンティティがあるが、スーツはまだまだそれが弱いのだと思う。 最近は廉価でもお洒落なビジネスシャツが出回っているし、特にネクタイを外すクールビズの際にはネクタイというアトラクトするパーツが一つ減るわけなので、シャツを普段よりも少し色やステッチ、カラーの形などに気を使ってみてはいかがだろうか? |





