力を合わせて編集! [2011年02月04日(Fri)]
*Japanese only this time... sorry about it.
しばらく、ニューヨークでの生活に追われ、ブログがアップ出来ませんでした・・・。 タイムスリップして、コロンビアで書きかけていた編集の様子をアップします。 撮影が終わり、すぐに編集に取りかかっています。 映像・音声・演技、全てを考慮してベストカットを選び、ドラマパートをつなぎます。 その後、ナサ語ースペイン語ー英語ー日本語という流れで 翻訳作業とサブタイトル入れをします。 私がまず、明らかにNGなカットを削除して、素材を整理。 その後、へオディエルを始めとするナサ民族のメンバーが翻訳しながら、 カットを更にしぼっていきます。 ドラマパートとドキュメンタリーパート、2チームに分かれてやりました。 ![]() ドキュメンタリーパートは、過去数年撮りためた30時間あまりの映像の中から 編集しています。 私たちが居ない間も、ヘオディエルが撮影をし続けてくれていました。 サポーターさんから寄付で頂いたカメラも、もちろん活躍しています。 また今回、ニューヨークのDCTVから中古モニターの寄付を頂き チームでの作業がずっとしやすくなりました。ありがとうございました! ![]() ナレーションは、これまで映像を撮り続け、プロジェクトの最初から関わっている ヘオディエルにしてもらうと決めていました。 編集中から、「ここで何を言うかナレーションの事も考えておいてね」と伝えていて 彼もノートに何か書いたりしていました。 ![]() ところが、いよいよ明日はナレーションという時になって、 「色んな想いが蘇って、何を言ったらいいかわからない。出来ない」と言い出してしまいました。 被災者でもあり、親や親戚・そして1才の息子も亡くした彼の気持ちは よくわかりましたが、締め切りは迫っています。 結局、書いたものを読むのではなく、編集した映像を見ながら カメラをまわし、そのとき、浮かんだ言葉を入れようという即興スタイルで ナレーション撮りをしました。 ![]() その後、停電したり、連夜の編集で疲れていたのか、コンピュータにお茶をこぼしてしまい、 一時は、もうダメだとあきらめかけたり・・・様々なアクシデントがありましたが なんとかギリギリに、日本にテープを送る事ができました。 恵比寿映像祭に出席する為に、日本へ出発しなければならなかったので 私とカルロスは、コミュニティ上映会まで出席出来ませんでした。 ナサ語版は、ヘオディエルがティエラデントロに持ち帰り、上映会をしてくれました。 詳しい上映会の様子は、まだ聞けていないんですが、評判は上々。 主人公の子どもは、かなり照れていたとの事でした。 |