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恵比寿映像祭レポート [2011年07月31日(Sun)]

2011年2月18日〜2月27日に行われた恵比寿映像祭での経験を書きたいと思います。
「少年の夢」と「キンティン・ラメ−その智慧のルーツ」の日本語版は、2回ずつ上映されました。
観客は、それぞれ約30人ー40人ぐらいだったと記憶しています。
足を運んで下さった皆さん、ありがとうございました。

2回目の上映の前にレクチャーをする機会を得ました。
2時間ほど、シネミンガの活動と映画の制作過程について話をしました。
ここでは、来場者との質疑応答の機会があり、私達としてもコミュニケーションが出来て
良かったです。
この会場はオープンなスペースで、別な作品を見に来た人にも立ち止まってもらえるし
私達の事が気になったら、その後、映画を見てもらえるの可能性もあるので、
話す側としても、良かったです。

シネミンガが制作するビデオは、映像作家が個人で発表する作品と違って
結果よりもプロセスが重要であり、面白い所でもあると、私は思っています。
そして、市民メディアは、既存の映画やテレビとは違った目的があります。
今回、色々な方々と話をして、
「では、作品の責任は誰にあるのか?」「撮影や編集の責任の所在は?」
という質問が出ました。
シネミンガのエンディングクレジットは、ディレクターが誰でカメラが誰で・・・といった
ものではなく、Cineminga として全員の名前をアルファベット順に並べています。
それも、責任の所在論の時に議論になりました。

実際、カメラは交代でやっているし、編集でも、私がカットを決める時と
先住民の人が決める時といろいろです。
例えば、編集の訓練をしたプロの私が選ぶカット点を
彼らは、プロの目ということで、信用してくれています。
逆に、私達には見えない(気にならない)所が
当事者である彼らに大きな意味があり、映像を選ぶ時に重要となります。
一緒に編集作業をする事で、作品に適切なカットの並べ方やカット点が生まれます。
これは、言葉の壁もあって、根気の要る作業ですが、同時に面白い所でもあります。

例えば、「少年の夢」では、火山灰で真っ白な水がたまった大きな鍋を採用しています。
わずか5秒のカットです。
最初、映像だけ見たとき、私は火山灰とは知らず、カットしていました。
実際に共同生活し、数も限られている被災地で過ごした人にこそ大きな意味を持つ鍋。
きっとコミュニティ上映会では、
その「鍋」が、当時の生活を思い起こさせる大きなオブジェクトだったと思います。
一緒に編集していたヘオディエルは、この「鍋」にこだわっていました。

ご覧になった人はわかりますが、「キンティン・ラメ」では、最後に七面鳥が聖なるファンタマ湖に
映る編集も、ナサ民族の人たちから出たアイデアです。

話は戻りますが、恵比寿映像祭では、他にも様々な国からゲストが招待され、
普段、劇場ではなかなか見る事のできないアートやオルタナティブな映像を
見る事ができ、とても有意義な時間を過ごす事ができました。
このような機会を作って下さった恵比寿映像祭のスタッフの方々に改めて
感謝の気持ちをここで伝えたいと思います。
「アートとオルタナティブメディア」にこだわった、希有な映画祭なので
今後も、注目・応援したいと思います。

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