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みやぎ手をつなぐ夏祭り [2011年09月03日(Sat)]


只今、宮城県の岩沼市民会館に来ております。
ミンナDEカオウヤ中野店を運営している社会福祉法人愛成会田中様からのご招待で「宮城県手をつなぐ育成会 みやぎ手をつなぐ夏祭り」を見にきたのです。

「みやぎ手をつなぐ夏祭り」のチラシPDF



NHKの歌のお兄さんお姉さんが歌うわけですよ。
サルサガムテープも演奏するわけですよ。
障害者施設の販売や移動販売ラーメンカーによる出店もあるわけですよ。
ベガルタ仙台の ベガッ太君も来るわけですよ。

これはどうしても行きたくなったわけです。
次の週から岩手に行く予定でしたので、これはちょうどよいと宮城県岩沼市にやってきました!

岩沼市民会館のまわりは仮設住宅がずらっと並んで建っております。
移動販売車が準備をはじめました。



これは大阪のハイワークひびきの餃子の移動販売車と、愛知県社会福祉法人むそうのラーメンカーですね!凄い!全国の福祉施設の移動販売車が集まるのか!

さっそく焼きたての餃子を購入!



この餃子「バカ美味ぎょうざ」という名前だそうです。
大阪の社会福祉法人ひびき福祉会 ハイワークひびきがつくっているのですが
素材にものすごいこだわっております。
すべて国産の材料をつかっているのですが

非遺伝子組み換えの穀物だけを食べて育った和歌山県の豚
無農薬有機栽培された白菜
青森県八戸産のニンニク
を使用しております。
どうです?
すごいこだわりでしょう?

さっそくいただきまーす。
ん!薄皮の餃子なので、具の魅力がぐわっと飛び込んできますねー。
この餃子、法人でネットショップを運営しておりますので
ご家庭でもいただくことができます。
ひびきSHOP
是非ともお買い求めください!

さて、つぎはラーメン!
社会福祉法人むそうのラーメンですね!



チャーシューは鹿児島産の黒豚使用、卵は同法人施設で飼育する鶏の卵です。抗生物質を使用しないで餌にもこだわった飼育方法です。

では、いただきまーす。
うん、あっさりと食べやすい醤油スープのラーメンですね!
いやー美味しいですねー。
愛知県の中華茶房うんぷうで、このラーメンをおだししております!
中華茶房うんぷう

おっと、コンサートは始まったようです!



サルサガムテープのかしわ哲さんはじめ、NHKの歌のお兄さんお姉さんが歌ってます!
こりゃあ感激!
実はサルサガムテープのCDは全部持っております。
そんなサルサガムテープファンの私、
宿泊するホテルまでサルサガムテープのバスに乗せていただきさらに感激!
そんなこんなで、明日から茶谷恒治東北の福祉施設商品仕入れ旅、岩手編がはじまります!
気仙沼幸町ブランチ [2011年08月11日(Thu)]


仙台駅に着きました。
明日は気仙沼の作業所、幸町ブランチに行きます。
この作業所はもともと海産物の加工などを行ってきた作業所でした。
地震、津波の被害で作業所は全壊し、現在は市内の老人ホームを間借りしております。
5月に訪問した時には、毛糸をつかってミサンガ、アクリルたわしをつくっておりました。

幸町ブランチ訪問時のブログ

でも市内で材料を買うことができる店は無く、材料に困っている状態でした。
愛知県の社会福祉法人ら・ばるかの夏目さんがブログで読者に毛糸の寄付を呼びかけます。
ブログを読んだ方から毛糸が夏目さんのところに送り届けられました。

夏目さんのブログ

今回は、この毛糸を幸町ブランチの皆さんにお渡しするために宮城県にやってましりました。

仙台市内のホテルで1泊した後、朝からレンタカーを借りて出発です。


東北自動車道を走り続けます。



道中で凄いもの発見!



セブンイレブンの移動販売車です。
この辺は津波の被害でコンビニエンスストアも無くなってしまいましたからね。
これは便利ですね。

「セブン銀行」もちゃんとありました!このトラックの荷台の中がATMになっているんです。



前回来たときにはなかった移動式セブンイレブン。
ちょっと嬉しいですね。

とはいっても街はまだまだ瓦礫の中です。


幸町ブランチに着きました。



職員の方と夏目さんでパチリ。


ちょうどミサンガづくりの作業中でした。


夏目さんが寄付していただいた毛糸をお渡しします。



いやあ、よかったよかった!

前回対応していただいた職員の吉田さんは、体調を崩し退職されておりました。
ならば、と会いにいっちゃいました!



まだまだ体調は回復していないのですが、気仙沼の街を案内していただきました。
無理さしちゃってごめんなさい!



海の方は瓦礫の撤去もされておりませんね。
地盤沈下の影響で地面もぬかるんでます。
潮が満ちると海水が入ってきてしまうので
砂利を敷いて車はなんとか通れる状態にしたそうです。

幸町ブランチまで案内してもらいました。



大変な状態ですね…

職員の迅速な判断で怪我人はでませんでしたが、
一歩間違ったら甚大な被害だったことでしょう。



このあたりは津波の後に火災が発生し、夜中中燃え続けたあたりです。
夜中はずっと空がオレンジ色に染まっていたそうです。



船も打ち上がっております。



吉田さんの家も津波の後の火災で燃えてしまったそうです。
しかし仮設住宅も当たらず、不便な思いをしております。



ここから復興するわけです。
すごい大変なんです。

TVでは早くも復興ムードです。
学校も再開し、ようやく始業式をすることができました。

でも、報道されないところで
まだまだ、ものすごく、大変なんです。

バスボムの旅(2)気仙沼幸町ブランチ [2011年06月15日(Wed)]


夜は仙台まで行き、ホテルに宿泊です。



この日の夕食はなんと牛タン!
…嗚呼!何度も仙台に来たのに
仙台で牛タン食べたのはミンナDEカオウヤ仕事で初!
ごめんなさいジャンボさん!
牛タンは美味しゅうございました!



ホテルにもどると、今後のことについて話しあう窪さんと湯原さん。
真面目な二人です。


…2日目

さあ!おはようございます!



今日は気仙沼に出発ですよ!



運転は湯原さん、お願いいたします!



窪さん!夜更かしして真面目な話ししすぎですよ!



まだまだ、完全に復興!という感じではないですね…



幸町ブランチにつきました!
職員の小野寺さんと吉田さんが車を駐車する場所に案内してくれます。

「この度はよろしくお願いします。これはお土産のそばーむ、というバームクーヘンでして…」



湯原さん!ちょっと待ってください!
せっかく良いシーンなんだから、もっと写真うつりの良い場所にしませんか!?
ここ、駐車場ですから…

「これが集めた毛糸でして…」



窪さんも!

バックが悪いから、他で渡しましょう!
写真うつりが…



ああ…

気を取り直して、幸町ブランチが間借りしている部屋に行きました。

おお!カゴづくりの真最中でした!



「うわー♡素敵なカゴですねえ!」
窪さんがご機嫌です。
「夏にぴったり!」



「これ、仕入れさせてください!」



窪さんがルンルンです。
とても気にいったのですね!

ではでは、バスボムづくりの準備です。





今回もクロスロードあおきの利用者の方が、実際につくって説明してゆきます。



できました!

お水を用意して、バスボムがどんなものか実演です。


(画像をクリックすると動画が再生されます。要QuickTime)

おーしゅわしゅわするー。
面白いねえ!
など感想が聞こえます。

幸町ブランチでもバスボムをつくることになりました。
目出たい目出たい!

今回の企画、大成功ですね!
窪さん!湯原さん!

これからみんなで
バスボム☆カオウヤ!

湯原さんに一ノ関駅まで送っていただきました。

これからクロスロードあおきの皆さんは長野県青木村まで帰ります。
おつかれさまです。
ありがとうございます!

最後に写真撮りますよ!ハイチーズ!


ああ、だめです!風が吹いて湯原さん写ってません!

もう一回!



ミーンナDEカオウヤ!
バスボムの旅(1)工房地球村 [2011年06月14日(Tue)]
2011年6月14日〜15日

宮城県にいってまいりました!

長野県青木村にあります福祉施設「クロスロードあおき」のみなさん、(株)インサイトの窪さんと宮城の福祉法人をまわりました。

今回の出張の目的は2つ。

先月、私は宮城県と岩手県をまわって、販路に困っている福祉施設を探しました。
その時に、販路どころか津波の被害で今まで行っていた仕事ができなくなった施設がありました。宮城県山元町の工房地球村と気仙沼の幸町ブランチです。

仕事を無くした施設に、長野県のクロスロードあおきが製造している「バスボム」を一緒につくりませんか?と提案するのが目的のひとつです。

「バスボム」というのは入浴剤の一種です。重層とクエン酸が主な原料です。
お風呂に入れると「シュワシュワ!」と泡がでます!
そして重層とクエン酸の効果で美肌効果も期待出来るという素敵な商品です。

クロスロードあおきさんがつくるバスボムは質も高く、色んなアイディア商品があるので人気です。いつも注文がたて込んでヒーヒー言っております。

なのでクロスロードあおきさんにとっても、他の福祉施設と連携をとるのはプラスにつながるはず!複数の施設がバスボムをつくることによって、クロスロードあおきだけでは対応できない大量受注も可能になってきます。自分達では考えつかなかったアイディア商品も新しく生まれるかもしれません!

ミンナDEバスボム、ツクロウヤ!プロジェクトです!

もう一つの目的は毛糸を渡すこと。

気仙沼市にあります「幸町ブランチ」という施設は、津波の被害で建物が使えなくなってしまいました。現在は同法人内の老人ホームの一室を間借りして活動しております。

今まではハウスクリーニングや海産物の加工を主な仕事にしておりましたが、震災によって仕事が無くなってしまいました。

老人ホームの一室でできる仕事、ということでミサンガ、アクリルたわしづくりがはじまりました。でも材料の毛糸は近くでは手に入りません。職員が遠くまで出向き、自費で材料を購入しておりました。

「これはいかん!」ということで社会福祉法人ら・ばるか代表の夏目さんがブログ上で毛糸の寄付を呼びかけ、毛糸はクロスロードあおきに送っていただきました。クロスロードあおきでも独自に毛糸を集め、かなりの量になりました。今、車の後部には毛糸がつまった段ボール箱が積まれているのです。

この毛糸を幸町ブランチに届けるのが2つめの目的です。




私は新幹線に乗って宮城県へ。
クロスロードあおきの皆さんとはJR常磐線の岩沼駅で待ち合わせです。



左からクロスロードあおきのバスボム担当利用者さん、職員の石丸さん、そして施設長の湯原さん。

さあ、クロスロードあおきの皆さんよろしくお願いいたします!


(株)インサイトの窪さんも合流して、いざ山元町へ出発です。




工房地球村につくと、施設長の田口さんがお出迎えしてくれました。
「あらーひさしぶり!」



早速、窪さんが今回のプロジェクトの説明をします。



施設の中は、前に来たときよりも明るさが戻った感じです。
いや、戻ってない。あれ?

「いやー今、地元のしおりを折る作業が大量に入っちゃって」
「なんか、私以外は疲れきっっちゃて、へとへとなのよーわっははは」
田口さんが笑います。
「ははは…」
他の職員が力無く笑います。

…地元の食品業者が製造再開して、仕事を大量にもらったそうです。
朝から夕方まで、ひたすら紙のしおりを半分に織っているそうです。

仕事があるのは良いことですね!
でも紙折りの仕事だけっていうのも大変だと思います。

工房地球村はもともと、地元でとれた苺をつかった苺ジャム、無農薬で育てたきゅうりのピクルスが美味しくて有名だった施設です。

畑が津波で全滅したため、これから何年間かジャムやピクルスはつくることはできません。でも、だからこそ、ジャムやピクルスにかわる商品をつくっていただけたらなあ、と思っております。バスボムがジャムやピクルスのかわりになるとは思っていません。でも、ものをつくるのが好きな利用者には、選択肢のひとつとしてあってもよいのではないでしょうか。

工房地球村は地域との連携を大切にしている施設です。地元の業者から仕事がきたら、嬉しいんです。一生懸命仕事します。

そんな中、新しい仕事の提案は職員の負担を増やしてしまうかもしれません。
大丈夫かな…心配しながら作業場に移動いたしました。

バスボムの説明をいたします。



工房地球村は以前バスボムをつくっていたということで、施設長の田口さんは作り方を知っておりました。

職員の方や工房地球村の近所の方も一緒になって、バスボムのつくりかた講座です!



重層とクエン酸を袋に入れて…



ふります!シャカシャカふります!
わー楽しい!



その後お水をちょっと入れてモミモミ!
ちょっとコツがいるところなので、クロスロードあおきの利用者さんが見本をみせます。



モミモミ!



モミモミ!
ほら、楽しいでしょ!

モミモミの後、型に入れてパカっと開けたら…



ほら!バスボムの完成!

わー!
パチパチ!

「なんかお菓子づくりみたーい!」
「楽しーい!」



そうなんです。バスボムづくりは楽しいんです。
つくっている皆さん!笑顔がこぼれてますよ!

この後近所のお子さんもバスボムづくりに参加して、どんどんバスボムができあがりました!



いやー楽しかった!ということで、工房地球村の皆さん、写真撮りましょう!



「ミンナDEツクロウヤ」プロジェクト!
やりますよー!
第一回東北商品買取の巻(17)幸町ブランチ [2011年05月13日(Fri)]




気仙沼の市街につきました。建物は崩れたまま。
色んな瓦礫がそこかしこに転がっております。

気仙沼市内の現在までの死者数983人、行方不明者数420人。
津波の後、大規模な火災の被害のあった気仙沼。
震災から2ヶ月もたっているのに、震災の爪痕が残ったままです。



信号も止まっております。

信号の無い中、車も歩行者も道路をすすみます。

ジャンボさんの車も徐行運転です。
「こりゃあ、大変だなあ、茶谷君」




幸町ブランチが間借りしている老人ホームにつきました。



ここは津波の被害はないようです。下のコンビニエンスストアも営業しております。
それにしても大きい老人ホームだなあ。
(あとからお聞きしたところ、上は市営住宅なんどそうです!)

中に入って、幸町ブランチが活動している部屋まで案内していただきました。
老人ホームですので、感染症対策でマスクを着用です。



地震がおきた時、幸町ブランチでは作業の真っ最中でした。
建物の1階ではワカメの加工。2階ではEM石鹸づくりをしておりました。

「地震だ!」

2階から利用者の方が降りてきます。
このままでは危険だと、外に出て揺れがおさまるのを待ちます。

揺れがおさまるとしばらくして、大津波警報が発令されたと聞こえてきます。

「これは大変なことがおきている」

職員は建物に戻り、利用者の鞄、上着を取ってきました。

「これはもう、ここには戻れないかもしれない」

高台にある小学校に避難します。外は雪。寒さがこたえます。
小学校から一人一枚毛布が支給されましたが、とても寒さはしのげません。
電気も復旧しておりません。

「お腹がすいた…」

鞄の中に入ってた、少量のお菓子を皆で分け合い飢えをしのぎます。

夜になると、空がオレンジ色に染まっていました。
炎が気仙沼の街を燃やし続けていたのです。

海沿いにあった重油タンクが津波で押し流され、流れ出た油が引火し津波とともに街を襲いました。その炎は幸町ブランチに通う利用者の、職員の家を燃やしたのです。

次の日に、近くの精神病院に避難場所を移しました。
こちらでは電気が復旧しております。

テレビでは震災の映像が流れ続けております。
気仙沼市の映像も流れます。
今まで自分たちが生活していた街が燃えているのです。


その後は避難所をまわる日々が続きます。
保護者の方が見つかった利用者の方は、そのまま避難所で生活することになりました。

保護者の方が見つからなかった利用者の方は、職員の家に一時身を寄せることになりました。



作業所は同じ法人内の老人施設の一室を間借りする形で4月1日から再スタートいたしました。
4月1日まで、利用者をお送りするバスも無く、道路も復旧していなかったためです。

老人施設の建物の館内清掃、ごみ拾いから再スタートです。

利用者の心の安定を図るため、新聞をつかったエコバッグづくりなどもはじめました。
職員が個人的に刺繍糸を買ってきてミサンガもつくってみました。
でも今の気仙沼では材料が手に入りません。

そんな時に幸町ブランチに、滝乃川学園の本田さんがいらっしゃったのでした。
幸町ブランチの現状をみて、本田さんが大量の毛糸、刺繍糸など材料を送ります。
ミサンガづくりが本格的にスタートしました。


ミサンガづくりです。


つくってらっしゃる方は片手が自由に動きません。
でも、机にテープで固定して丁寧にミサンガを編んでおりました。





コースターづくりも始まっておりました。

男性陣は主にクラフトカゴづくりをしておりました。







「今回、色んな方々、団体に助けられて、本当に感謝しております」

「でも、私が言うのもなんですが、今回の被災した施設への販路支援は、1回の支援や、短期的な支援でしたら、あまり効果はでないと思います。長期的に考えていかないと」

そう言われて、は!とショックを受けました。そうです。その通りなのです。

イベント販売をしました。
きっとイベントは盛況に終わるでしょう。

では次のイベントは?
被災地の復興は、これから何年も何年もかかるんです。
現地では何年も販路がないままです。

1回や2回のイベントで、満足しちゃいけないんです。
継続した販路を考えないと。


…今は東北復興支援のイベントが多いときいております。
いくつかの施設では、復興イベントの注文がたて込んで大変忙しい、と言っておりました。
忙しいというのは良いことかもしれませんが、職員にとっては大変です。

1回大量の注文が入っただけでは、日中の利用者のリズムを乱しておしまいです。
製造する数がかわる、というのはリズムがかわる、ということなのです。
仕事内容がかわるなら、なおさらです。

注文数が増えるなら、それに合わせた流れを新しく組み立てなくてはいけません。
職員の配置、機械の購入、利用者のスキルアップ…

でも、そこまでして、次に注文が入らなかったらどうするのですか?
街が復興するまで仕入れる?
街が復興するまで何年もかかるのですよ?

利用者のリズムを崩したくない、そういう思いで日中の作業量はいつもどおり
イベント注文分は職員が残業、という施設もいくつかありました。

…どうしたらいいんだろう…

「長期的な支援ができるよう…考えてゆきますので…」

そう言うのがせいいっぱいでした。

(ああ、僕は考え無しだなあ!)




…津波の被害にあった幸町ブランチに行ってみたいのですが

「今は無理だと思います。午後になると、街に水が入ってくるんです。幸町ブランチのあたりはもう、無理ですね」

後日、幸町ブランチのデータを送ってもらいました。









この建物に先日、職員と利用者で行き、館内の片付けをしたそうです。
近くに魚の加工場があり、幸町ブランチの中に魚が大量に入りこんでおりました。

「館内を片付けていた時に、今までつくっていた石鹸が見つかったんです」



段ボールの中に50個ほど石鹸が入っておりました。
津波の後、石鹸の表面は変色してしまいましたが、使用上は問題ないといいます。

早速、関原さんに電話いたします。

「すごい!津波から助かった石鹸かい。こりゃあ売らにゃあかんやろ。まさに奇跡やな。奇跡の石鹸や」

そんなわけで、この奇跡の石鹸をミンナDEカオウヤで販売いたします!

奇跡の石鹸カオウヤ!


…ありがとうございます。これから陸前高田に行ってみようと思います。

「陸前高田に行くのですか?あすなろホームですか?」

そうなんです。あすなろホームです。

「よろしくお伝えください。あすなろホームはよ気仙沼市にも販売に来ていたんですよ。
「でも道路状況はかなり悪いと思います。通れない道路も多いと思います。お気をつけください」


ありがとうございます!

さて、陸前高田、行きますか!ジャンボさん!
第一回東北商品買取の巻(16) 幸町ブランチへ [2011年05月13日(Fri)]
いやー本当に登米市ってきれいだなあ。


登米大地をあとにして、もう一軒福祉施設をまわった後(ここは注文がいっぱい入っていてミンナDEカオウヤで販売しなくても大丈夫でした!)、どうやって石巻に行こうか定食屋で地図を見ながら調べておりました。

この時ジャンボさんはホイコーロー定食を注文して大変なことになるのですが、ここではとばします。

ジャンボさんがホイコーロー定食とにらめっこをしている時に僕の携帯電話が鳴りました。

電話にでるとミンナDEカオウヤプロジェクトを取りまとめている関原さんからでした

「茶谷さん、大変やわ…」

…何ですか?

「今、滝乃川学園の本田さんから連絡あってな、どうも気仙沼の施設が津波で建物全壊したらしいんやわ」

…大変じゃないですか!?

「で、今は老人ホームを間借りして活動しているらしくてな、ミサンガつくっているらしいんや。そっち行ってもらえんやろか」

…これは大変や!行ってきます!

「あとな、これも本田さんからの情報やけど、陸前高田にも施設があるんやけど、電話が繋がらへんのや。で、そこも仕事を無くして今は絵を描いているそうなんや。しかも津波の絵を描くそうなんや。そっちも行ってもらえんやろか?」

…気になりますね!行ってきます。

車に乗りこみます。予定より北上して、まずは気仙沼です。国道45号線を目指します。




ジャンボさん運転の車が急に止まりました。
「駄目だ茶谷くん行けない!」

どうも気仙沼に行く国道45号線が通行止めになっているようです。
大きな橋がいくつも落橋しているそうです。

地図を見ながら山道を進みます。

カーナビは海沿いに行こうとするので役に立ちません。

「茶谷君…こりゃあ、今日中に着かないかもしれないぞ…」

車がガタンガタンと揺れます。山のほうの道も地震の影響ででこぼこと波打っております。
また何か車の底にぶつかりました。

それでも車のスピードを上げるジャンボさん。

山の方から、ようやく開通している道にでます。あとは海沿いにすすめば気仙沼に着くはずです。

「…ああ…」

ジャンボさんが嗚咽をもらしました。





海沿いの道にでたら道路の両側が、瓦礫、倒壊した建物、倒れた船で折り重なっているのです。それが何キロも何キロも続くのです。



第一回東北商品買取の巻(15) 登米大地 [2011年05月13日(Fri)]


おはようございます茶谷恒治です!寝不足です!眠いです!
昨夜ジャンボさんは寝言でずっと怒ってましたね。
「なんだよ!なんなんだよ!」
温厚なジャンボさんが普段はつかわない口調でしたね。

ジャンボさん元気ですか?



元気そうですね!よかった!
では、今日は宮城県の北、登米市に行こうと思います。



登米市はよいところですねー。
ジャンボさんコメント
「自然はあってもさびれている感じじゃなくて、人の手が入るところは入っていて、暮らしやすそう。住んでみたい」

ジャンボさんから鼻歌がもれます。
ふんふんふーん。

「茶谷さん、お願いがあるんですけど」
突然ジャンボさんが話しかけてきました。しかも敬語で。
私よりジャンボさんの方がはるかに年下なのに僕にタメ口で、僕はずっとジャンボさんに敬語で話していたのにジャンボさんはタメ口でずっと僕に話しかけて、しかもずっと「茶谷くん」って呼んでいたのに。突然敬語で話しかけてきました。

「今日で仕事、終わりじゃないですか。また、東北に行くことがあったら僕をつれてってほしいんですよ」

そうなんです。私達は今日、登米市から石巻に入って、夜に東京に戻る予定です。




登米市迫町にある作業所「登米大地」に到着いたしました!



登米大地は2004年に開所された作業所です。豆腐、油麩をおもにつくっております。
所長の千葉年夫さんが出迎えてくれました。早速お話をお聞きしたいと思います。



登米大地は、あの美味しいお豆腐で有名な「はらから福祉会」の作業所です。はらから福祉会の作業所はどちらかというと宮城県の南の方に多いのですが「登米市にもはらから福祉会の作業所を」ということで宮城県の北のほう、登米市にも作業所がつくられました。

登米大地の施設要覧をいただいたのですが、そこに書かれている文章が素晴らしいのでここに載せます。

就労移行支援施設「登米大地」

要覧

ー働くことを生活の柱にー

1、運営の基本

(1)登米大地は、どんなに障害が重くとも、働くことは人間にとって最も基本的な営みでありかつ人間として生きていくために必要不可欠な権利であるという考え方を基本に、障害者の自立と社会参加をめざします。

(2)登米大地は、障害者がその能力を十分に発揮し、働くことに意欲的に取り組むことができるように、最大の配慮をします。

(3)登米大地は、施設利用者や職員が毎日を生き生きと仕事に打ち込めるように一人一人の自主性と主体性を大切にします。

(4)登米大地は、食品加工を主にした仕事を通して、地域社会の人たちとのつながりを深めます。

2、具体的方針

(1)仕事内容は、通所してくる障害者の能力、適性に応じたものにすると同時に、どうすれば質的にも量的にもより高いところを目指すことができるかを、いつも考えることを基本とします。

(2)仕事をした結果は、出来高や生産性で測るのではなく、どのくらいその仕事に真剣に取り組んだかということを評価の基本にします。

(3)登米大地で行う仕事は全てがなくてはならないもので、その仕事を行うひとり一人はかけがえのない存在なのだということを基本に、あらゆることを考えます。

(4)働きながら地域社会で生活していくためには、今、何がひとり一人の課題なのかを見極め、その課題を解決できるように援助します。

(5)一日、一週間、一ヶ月、一年という流れの中に、生活のリズムをつくりだし、毎日を生き生きと目標意識を持って送れるようにします。

(6)全身を使う運動をする機会を一日の生活の流れの中に位置づけ、健康で安定 した生活が送れるようにします。

素晴らしいですよね。凄いです。



震災前までは利用者の工賃(お給料)は月に4万3千円でした。ボーナスも年2回支給され、前回は8万円を利用者にお渡しすることができました。この金額は全国の平均工賃1万3千円からすれば凄い数字です。でもまだ千葉所長は満足しません。なぜなら、千葉所長が目指す工賃は月に7万円だからです。「7万円の工賃をお支払いすることができれば、年金と合わせればみんな自立して生活できるんですよ」

登米市は油麩をつくっているところが8軒あって、よし、これでいこう、と思った。地元の方からつくり方を教えてもらって、油麩づくりをすることにした。

実際販売してみたらお客様から「これ、どうやって調理するの?」と沢山質問された。手軽に油麩を楽しめる商品をつくらなくては。

地元の人は油麩を丼にして食べている。一軒一軒味が違う。まさに家庭の味。郷土の味。ならばこの油麩丼を簡単につくることができる商品をつくろう、と。

最初はまったくうまくいかなかった。レトルトパックだと卵が美味しい感じにならない。どうしよう。研究をかさねて、生卵を後から入れてレンジでチンする方法を発明した。


…お話をお聞きしていると、千葉所長は熱意とアイディアを両方もった方なのだと感じました。凄いです。熱意とアイディアが両輪となって、どんどん利用者を幸せにしているんです。

この「油麩丼」は地元でもみとめられ、2年連続B-1グランプリの登米市代表として参加。2009年B-1グランプリでは特別賞を受賞した凄い商品なんです。この油麩丼で工賃7万円を目指そうとした矢先に、震災は起きました。

震災後、取引先は激減し工賃は下がってしまいました。
こ、これは、ミンナDEカオウヤプロジェクトの出番ではないですか!

豆腐の作業場を案内していただきました。



大豆は地元でとれたものにこだわって使用しております。
しかもその大豆を、良い豆と悪い豆を手作業で選別してゆくのです。

「すごい細かいお仕事ですね!」



良い顔ですね!仕事に誇りを持っている顔です!


…残念ながら昨日から水道が止まってしまっているということで、豆腐づくりは行っておりませんでした。



水がでないって、豆腐作りには致命的ですよね…



寂しそうな機械たち…


次はついに、油麩づくりを見せていただきます!



歩いていると、コンクリートの部分などは、あちこちひび割れております。建物内もひび割れているところがございました。



油麩の製造場までやってきました!
「こちらが、揚げる前の油麩です」


なんか、モチモチしてて、美味しそうですね!



さっきのモチモチしたものを、油で揚げます!

はい、ぷっくりと膨らんだ油麩が浮き上がってまいりました!



油麩は普通、細長い形のものが多いのですが、その形のものをつくる場合は揚げるまえに生地を切れ込みを入れていかないとまるまってしまいます。

長い油麩は行程も増えて大変です。
でも、この丸々とした油麩ならば、行程を短縮でき、いろんな方が関わることができるのです!凄い!



「出来立ての油麩、食べてみますか?」
いただきます!

わお!サクサクで美味しい!

こんな凄い油麩と、手軽にできる油麩丼!
さーあ、ミンナDEカオウヤ!

第一回東北商品買取の巻(14)まどか荒浜 2 [2011年05月12日(Thu)]
…さて、今「まどか荒浜」が今どうなっているか車で行ってみようと思います。

「まどか荒浜」まで行って、写真を撮りたいのですが、よろしいですか?」

職員さんの顔が少し曇ります。
「うーん、今は行けないんじゃないかなあ…」

「…道も悪いし」
「多分、警察に止められる、と思いますよ」
「今はほら、野次馬が多くなっちゃって、通行を規制しているんですよ」

そんなに野次馬が多いんですか?
「そう、よそから野次馬が来て、写真を撮るんだよ」


…まあ、行けるだけ行ってみよう、ということで、私とジャンボさん、安間さんで車に乗り込みます。



たしかに道は悪いです。たまに車の底を「ガリッ」っと何かがぶつかります。
「しまった!」ジャンボさんがその度に急ブレーキを踏みます。
ああ、ジャンボさんの車がどんどん傷ついてゆく…申し訳ないです…

途中、警察官の方に止められました。
「ここから先は通れないんだよ」

事情を説明したら通してくれることになりました。
「施設の取材、大変だねえ…」
「私も、茨城から来てるんだよ。ご苦労様」



通行止めされている場所を越えると、一気に津波の痕がひどくなってゆきます。
車の中が無言になります。

「まどか荒浜」につきました。









…外枠はかろうじて残ってますが、中はもう、ぐちゃぐちゃです。
再びこの建物を使うことは、もう出来ないのかもしれません。




隣のガソリンスタドもひどいことになっております。





近くに百合の花が咲いておりました。



津波から2ヶ月、もう花が咲いている。植物は凄いなあ、と思っているとジャンボさんが

「百合はそんなすぐには成長しない!この百合は、誰かが、植えたんだ!弔うために植えたんだ!」





車に戻ります。

車で移動しながら撮影を続けます。





ジャンボさんがずっと無口です。
今回、出発から今まで、車の中では話しっぱなし。
ずっと楽しい空気をつくり続けてきたのですが。


は、と思ってしまいました。
地元の人から見たら、私たちも同じ、野次馬に見えるんだろうなあ。
県外ナンバーの車でやってきて、写真を撮りまくる。

何百人も死亡してしまった地区で、かつて生活していた家を撮る。車を撮る。
野次馬にしか見えないよなあ。

自分の考えにショックを受けて、ここから写真を撮ることができなくなってしまいました。
まどか荒浜の方々に、荒浜地区の方々に、被災した方々に、一斉に非難されたような気持ちになってしまったからです。

ゲストハウスに戻っても気持ちは戻りません。
ジャンボさんは「夜の情報収集」には行かず、布団にくるまってます。

「ジャンボさん、銭湯行きましょう」
「…今日は、いい」

夜は大変寝苦しく、部屋の中にいることができませんでした。
部屋のガラス戸を少しだけ開けて、頭だけ外に出して朝まで過ごしました。
第一回東北商品買取の巻(13)まどか荒浜 [2011年05月12日(Thu)]
仙台ワークキャンパスに再び行くことにしました。
今「まどか荒浜」の皆さんが、ここで繭玉商品をつくっている、というのです。

「まどか荒浜」は仙台市若林区にある施設です。海の近くに和紙と和菓子のお店を運営しておりました。職員10名、44名の利用者が仕事をしておりました。

地震の直後、すぐに七郷中学校に移避難しました。先に避難していた住民が車いすの移動を手伝ったり、利用者をおぶって移動してくれたそうです。
利用者の方は全員無事に避難することができました。利用者全員の無事を確認した後、職員2名が再び施設に戻りました。現在の避難先をご家族に伝える張り紙を、施設の玄関に張るためです。

施設に戻った時に津波がやってきました。その時、事務の女性職員が津波で流されお亡くなりになってしまったそうです。

500人を超える死者がでてしまった荒浜地区。新聞やテレビの報道をみても「生き残ったのは運」「地獄だった」つらい言葉が並びます。

仙台ワークキャンパスにつきました。



お昼ごはんの前の作業時間。「せっかくだから、赤い衣装着て明るくしてください!茶谷さん!」ということで着替えてみました。


でも、私が明るくしなくても、みんな明るい明るい!



素晴らしい!



これはツーショット写真撮らないと!


これこれ!私が写ってないですよ!



職員の方にお話をお聞きしました。一緒に写っている方は、なんと津波から避難した後、施設に戻った職員の方でした。



地震の直後、すぐに利用者、職員ともに駐車場に集合して送迎バス3台と自家用車で七郷中学校に移避難しました。利用者の方の無事を確認いたします。全員無事です。ほっと肩をなで下ろします。でも「利用者の家族の方が心配して施設に来るかもしれない」と考えます。

「どうにかして避難場所を知らせないと」施設の玄関に避難場所を知らせる張り紙を貼らなくては。そして避難先の学校も寒く、このまま夜を過ごすのが不安です。学校で宿泊するために必要なものを取りにいかなくては。

職員が2人、まどか荒浜にもどることになりました。




職員2名が再び施設に戻ります。女性職員が玄関に張り紙を貼りに行きます。男性職員は建物の中に入って、避難に必要なものを揃えてゆきます。

その時に津波がやってきました。男性職員はまだ建物の中、部屋の中にみるみる水が入ってゆきます。あっという間に津波が建物の天井近くまで入ってきます。男性職員は素潜りで津波の中を泳ぎ、下に見える窓まで潜って、なんとか窓から外に脱出することができました。津波の中を泳ぎ、建物ぞいにつかまりながら移動し、なんとか助かることができました。そこから見える光景は、すさまじいものでした。

残念ながら張り紙を玄関に貼っていた女性職員は、助かる事ができませんでした。


「あの地獄は、体験したものでないと、わからない…」



まどか荒浜の建物は大変な状態で、もどって活動することができないそうです。
間借りしている場所では、和菓子づくりも和紙作りもできません。

メインの仕事ではないのですが「まゆ玉」という商品のパッケージの仕事もしておりました。
「まゆ玉」とは、カイコが蛹になるときにできる、100%絹の繊維でできたものです。
「まゆ玉」にはセシリンという物質が豊かに入っていて、このセリシンには紫外線をカットし、活性酸素を抑え、お肌を保湿するはたらきがあるそうです。「まゆ玉」を指にはめて、顔をなぜるようにして使います。



この「まゆ玉」を仕入れてパッケージをして、仙台のホテルなどに卸しておりました。
「このまゆ玉の仕事だったら、間借りしている場所でもできるかもしれない」




まどか荒浜の中に入り、まゆ玉を探します。見つかりましたが、まゆ玉はもう商品としては卸せない状態でした。



「新しくまゆ玉を仕入れて、ホテルに卸すことはできないか」
まゆ玉を仕入れることはできても、近くのホテルは軒並み被害を受けております。

「このまゆ玉をつかって、新しい商品をつくることはできないだろうか…」
しかも復興につながるような、希望がもてるような商品をつくりたい。



だるまをつくることにしました。
だるまなら、まゆ玉の素材、形にぴったりです。

しかも、倒れても倒れても起き上がってくるだるまです。





色もとびっきりカラフルにいたしました。名前は「福幸だるま」にしました。福を呼ぶために、幸せをつかむために「福幸(ふっこう)」です。もちろん「復興」とかけてます。



どうです。かわいいでしょ?




さあ、この「福幸だるま」を販売しますよー!
「ミンナDEカオウヤ」プロジェクト!





第一回東北商品買取の巻(12)コッペ [2011年05月12日(Thu)]
仙台市宮城野区にあります「コッペ」に行ってまいりました。


こちらは「特定非営利活動法人 麦の会」が運営しております。
「障害者が働くための施設を作るのではなく、普通のパン屋さんにたまたま障害のある人も一緒に働いている。」そんな思いでできたお店です。ここで働く人は職員や利用者、という関係ではなく「共に働く仲間」という関係です。

早速、代表理事の飯嶋茂さんにお話をお聞きします。



コッペは地震で、物が倒れるなどの被害はありましたが、怪我人はでなかったそうです。
地震の後、街では食料を販売する商店は少なく、その中でコッペは震災後もすぐに店を開け続け、クッキーを販売し続けたそうです。凄い!食料を求めて、沢山の方が買いに来られました。



代表理事の飯嶋茂さんは特に大学の福祉科を卒業したわけではありません。大学のサークルで入所施設に行って、障害のある子どもたちと遊んだことがひとつのきっかけになっております。

大学生の飯嶋茂さんは施設で子どもたちと遊びながら「なぜ障害のある人は施設に入所するんだろう」と考えます。自分の育った街を離れて、家族から離れて。

障害のある人は社会で、企業で働くことが難しい。なぜか。障害のある方は効率的な仕事の進め方が難しいからだ、と企業は言います。

その企業は効率化を求めてどうなっていったのか。食品を大量生産できるようにし、添加物を入れ保存がきくようにして効率的に生産、流通できるようになった。
安心、安全は置いてきぼりにして…

「障がい者の問題と食の安全の問題は、根っこのところで繋がっているのではないか」
コッペのスタート地点は、こんな思いです。

効率を求め続ける社会に異を唱え、誰もが笑ってくらせる社会をつくろうとしております。
そして、そんな幸せな社会をコッペというお店で実践しております。



コッペは岩手の南部小麦を使用し、卵は抗生物質・成長ホルモン剤など使わない飼料で
育てられた鶏卵を使用しております。素材に気をつかった安心、安全なパン、クッキーをつくっております。

ひとくち食べてみればそのパン、クッキーが、効率化を追い求めて出来上がった食品と全然違うことがわかります。

フェアトレード商品を原材料に使ったクッキーもあります。フィリピン・ネグロス島の黒糖を使用した「ネグロスクッキー」は美味しいですよー。



いやー飯嶋茂さん凄い!

そんな凄い、コッペのクッキーは「ミンナDEカオウヤ」プロジェクトで販売しております!
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