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第一回東北商品買取の巻(17)幸町ブランチ [2011年05月13日(Fri)]




気仙沼の市街につきました。建物は崩れたまま。
色んな瓦礫がそこかしこに転がっております。

気仙沼市内の現在までの死者数983人、行方不明者数420人。
津波の後、大規模な火災の被害のあった気仙沼。
震災から2ヶ月もたっているのに、震災の爪痕が残ったままです。



信号も止まっております。

信号の無い中、車も歩行者も道路をすすみます。

ジャンボさんの車も徐行運転です。
「こりゃあ、大変だなあ、茶谷君」




幸町ブランチが間借りしている老人ホームにつきました。



ここは津波の被害はないようです。下のコンビニエンスストアも営業しております。
それにしても大きい老人ホームだなあ。
(あとからお聞きしたところ、上は市営住宅なんどそうです!)

中に入って、幸町ブランチが活動している部屋まで案内していただきました。
老人ホームですので、感染症対策でマスクを着用です。



地震がおきた時、幸町ブランチでは作業の真っ最中でした。
建物の1階ではワカメの加工。2階ではEM石鹸づくりをしておりました。

「地震だ!」

2階から利用者の方が降りてきます。
このままでは危険だと、外に出て揺れがおさまるのを待ちます。

揺れがおさまるとしばらくして、大津波警報が発令されたと聞こえてきます。

「これは大変なことがおきている」

職員は建物に戻り、利用者の鞄、上着を取ってきました。

「これはもう、ここには戻れないかもしれない」

高台にある小学校に避難します。外は雪。寒さがこたえます。
小学校から一人一枚毛布が支給されましたが、とても寒さはしのげません。
電気も復旧しておりません。

「お腹がすいた…」

鞄の中に入ってた、少量のお菓子を皆で分け合い飢えをしのぎます。

夜になると、空がオレンジ色に染まっていました。
炎が気仙沼の街を燃やし続けていたのです。

海沿いにあった重油タンクが津波で押し流され、流れ出た油が引火し津波とともに街を襲いました。その炎は幸町ブランチに通う利用者の、職員の家を燃やしたのです。

次の日に、近くの精神病院に避難場所を移しました。
こちらでは電気が復旧しております。

テレビでは震災の映像が流れ続けております。
気仙沼市の映像も流れます。
今まで自分たちが生活していた街が燃えているのです。


その後は避難所をまわる日々が続きます。
保護者の方が見つかった利用者の方は、そのまま避難所で生活することになりました。

保護者の方が見つからなかった利用者の方は、職員の家に一時身を寄せることになりました。



作業所は同じ法人内の老人施設の一室を間借りする形で4月1日から再スタートいたしました。
4月1日まで、利用者をお送りするバスも無く、道路も復旧していなかったためです。

老人施設の建物の館内清掃、ごみ拾いから再スタートです。

利用者の心の安定を図るため、新聞をつかったエコバッグづくりなどもはじめました。
職員が個人的に刺繍糸を買ってきてミサンガもつくってみました。
でも今の気仙沼では材料が手に入りません。

そんな時に幸町ブランチに、滝乃川学園の本田さんがいらっしゃったのでした。
幸町ブランチの現状をみて、本田さんが大量の毛糸、刺繍糸など材料を送ります。
ミサンガづくりが本格的にスタートしました。


ミサンガづくりです。


つくってらっしゃる方は片手が自由に動きません。
でも、机にテープで固定して丁寧にミサンガを編んでおりました。





コースターづくりも始まっておりました。

男性陣は主にクラフトカゴづくりをしておりました。







「今回、色んな方々、団体に助けられて、本当に感謝しております」

「でも、私が言うのもなんですが、今回の被災した施設への販路支援は、1回の支援や、短期的な支援でしたら、あまり効果はでないと思います。長期的に考えていかないと」

そう言われて、は!とショックを受けました。そうです。その通りなのです。

イベント販売をしました。
きっとイベントは盛況に終わるでしょう。

では次のイベントは?
被災地の復興は、これから何年も何年もかかるんです。
現地では何年も販路がないままです。

1回や2回のイベントで、満足しちゃいけないんです。
継続した販路を考えないと。


…今は東北復興支援のイベントが多いときいております。
いくつかの施設では、復興イベントの注文がたて込んで大変忙しい、と言っておりました。
忙しいというのは良いことかもしれませんが、職員にとっては大変です。

1回大量の注文が入っただけでは、日中の利用者のリズムを乱しておしまいです。
製造する数がかわる、というのはリズムがかわる、ということなのです。
仕事内容がかわるなら、なおさらです。

注文数が増えるなら、それに合わせた流れを新しく組み立てなくてはいけません。
職員の配置、機械の購入、利用者のスキルアップ…

でも、そこまでして、次に注文が入らなかったらどうするのですか?
街が復興するまで仕入れる?
街が復興するまで何年もかかるのですよ?

利用者のリズムを崩したくない、そういう思いで日中の作業量はいつもどおり
イベント注文分は職員が残業、という施設もいくつかありました。

…どうしたらいいんだろう…

「長期的な支援ができるよう…考えてゆきますので…」

そう言うのがせいいっぱいでした。

(ああ、僕は考え無しだなあ!)




…津波の被害にあった幸町ブランチに行ってみたいのですが

「今は無理だと思います。午後になると、街に水が入ってくるんです。幸町ブランチのあたりはもう、無理ですね」

後日、幸町ブランチのデータを送ってもらいました。









この建物に先日、職員と利用者で行き、館内の片付けをしたそうです。
近くに魚の加工場があり、幸町ブランチの中に魚が大量に入りこんでおりました。

「館内を片付けていた時に、今までつくっていた石鹸が見つかったんです」



段ボールの中に50個ほど石鹸が入っておりました。
津波の後、石鹸の表面は変色してしまいましたが、使用上は問題ないといいます。

早速、関原さんに電話いたします。

「すごい!津波から助かった石鹸かい。こりゃあ売らにゃあかんやろ。まさに奇跡やな。奇跡の石鹸や」

そんなわけで、この奇跡の石鹸をミンナDEカオウヤで販売いたします!

奇跡の石鹸カオウヤ!


…ありがとうございます。これから陸前高田に行ってみようと思います。

「陸前高田に行くのですか?あすなろホームですか?」

そうなんです。あすなろホームです。

「よろしくお伝えください。あすなろホームはよ気仙沼市にも販売に来ていたんですよ。
「でも道路状況はかなり悪いと思います。通れない道路も多いと思います。お気をつけください」


ありがとうございます!

さて、陸前高田、行きますか!ジャンボさん!
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