クラウン(道化師)と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。遊園地? サーカス? 実はそういったエンターテインメントの場だけでなく、病院や老人ホームなどを慰問するクラウンが、欧米ではすでに定着している。そして日本でも、病院に入院している子どもたちにクラウンのパフォーマンスを提供する「ホスピタル・クラウン」の活動が広がりつつある。日本の「ホスピタル・クラウン」の草分け的存在である、「日本ホスピタル・クラウン協会」代表の大棟(おおむね)さんにお話をうかがった。
クラウンとしてできる限りのことをする
――クラウン活動を始めたきっかけを教えてください。
会社勤めをしているとき、自己啓発の目的でクラウン養成講座を受講したのが始まりです。当時は「クラウンをしたい」というより「会社を辞めたい」という動機のほうが大きかった。大きな会社に勤めていたので、がんばりたいけど限界を感じることも多かったんです。
講座を受けてみて、「もう少しクラウンを続けてみたいな」と思い、グループを立ち上げました。グループとして活動するうちに、今度は「もう少しクラウンに専念してみようかな」と感じ始め、自分で会社を立ち上げたのです。
――病院訪問はいつから始めたのですか。
僕個人は、クラウンの活動を始めた1994年から病院を訪問しています。組織として活動するようになったのは、2004年からです。
――現在の活動内容を教えてください。
29名の「ホスピタル・クラウン」が、愛知県を中心に22の病院を定期訪問しています。他にも不定期で訪問する病院や孤児院、老人ホーム、障害者施設もあります。
――どのような病気を持つ子どもを訪問するのですか。
特に決まった病気は無く、病院内でクラウンを望むすべての子を訪問しています。小児がんなど重い病気と闘う子もいれば、骨折などのケガで短期入院している子もいます。
――病室ではどんなパフォーマンスを。
バルーン(風船人形)やマジックなど、身の回りの小物を使ってできるパフォーマンスが主です。病室で物を落とすと衛生上よくないので、ジャグリングのように物を飛ばしたり、大きな物を使ったりするパフォーマンスはしません。時には言葉遊びなどもします。
――子どもたちはどんな反応を見せますか。
クラウンが来ることは事前に知らされているので、驚く子は少ないですね。でもパフォーマンスを見ると、どんどん話しかけてくる子は多いです。私たちは医師ではないので、病気を治すことは意識しません。子どもたちが少しでも喜んでくれるように、クラウンとしてできる限りのことをしています。やっぱり、子どもたちの笑顔を見ると嬉しくなりますね。
ロシアの病院を訪問したクラウン「K」。2005年にパッチ・アダムスのロシアの病院慰問ツアーに参加以降、毎年同国を訪問している遊園地も幼稚園も病院も同じ
――NPOを立ち上げた経緯を教えてください。
病院訪問は、ずっと会社の業務として行っていました。そのときから、病院からは報酬をもらっていません。交通費などの経費を出してくれるところもごくわずかです。でも会社としてクラウンには報酬を払わないといけない。事業としてはずっと赤字状態です。病院以外の事業で利益を出せてようやく、「ホスピタル・クラウン」の活動を維持できるのです。
本当は、NPOとして活動したくはありませんでした。「NPO=いい団体」と見られることにも違和感がありましたし。赤字状態なので会社から切り離して、NPOにしたというのが事実です。組織形態にこだわりはありません。場所だって、遊園地でも、幼稚園でも、病院でも同じです。大事なことは、常に最高のパフォーマンスを見せることだと思っています。
――赤字でも続ける理由は何なのですか。
パフォーマンスを続けていると、正直、休みたいと思うときもあります。でも病院には、外に出られないままクラウンを待っている子どもたちがいる。その子たちのためにも、「ホスピタル・クラウン」の活動を止めてはいけないと思っています。
福祉の現場には笑いが足りないという話をよく聞きますが、「笑いを必要とせざるを得ない福祉ってなんだろう?」と思うんです。病院だって、笑顔があふれる場であれば、クラウンを呼ぶ必要はないのですから。
――クラウンを必要としている病院は多いのですか。
全国の病院から依頼が殺到している状態です。私たちの養成プログラムを受けたクラウンが、愛知県以外の病院でも活動していますが、全然数が足りません。本当はそれぞれの病院に、企業や自治体など地元のスポンサーから支援を受ける専属のクラウンがいるとよいのですが、そういう例はごくわずかです。
――日本以外での状況はどうなのでしょう。
たとえばアメリカでは、各病院に専属のクラウンがおり、クラウンの多くは団体に所属しながら活動しています。一人だと事故が起きたときに責任が取れないし、カゼを引いても休めませんからね。
2008年8月に訪れたウクライナの病院で。歯ブラシに体温計にハサミ……、こんな診察ならいつでも大歓迎?
同じくウクライナの病院で。クラウン「K」のパフォーマンスに子どもたちは大喜び!日本にクラウンの文化を広めたい
――クラウンになりたい人は少ないのですか。
私たちの活動がテレビドラマ化されたこともあって(2008年、「笑顔をくれた君へ」という題名で放映)、自分も「ホスピタル・クラウン」になりたいと門をたたく人が増えました。でも「かわいそうな子を助けたい」という目的で入ってくる人は、ほとんど辞めていきました。
――それはなぜですか。
実際のクラウン活動はとてもキツイからです。クラウンは五体を駆使して、常に人々を楽しませることが求められる。それなのにクラウンの報酬は不安定。しかも精神的にも辛いことが多い……。病院は特にそうです。パフォーマンスをする以前に、病室に入るときと出るときは必ず手を洗うなど、衛生面には特に気を使います。クラウンとしてベテランだとしても、病院訪問を始める前には必ず別の研修プログラムを受けさせているほどです。
――精神的にも厳しい活動なのですね。
長期入院している子どもとは、何度も会うことになるので自然と仲良くなります。でもその子が亡くなってしまうこともある。とても辛いけど、その子の死はシャットアウトしなければなりません。たとえば、死んだ後にも世界が存在すると考えることで、僕自身、死に対する自己防衛をするのです。
――なぜシャットアウトしなくてはならないのですか。
パフォーマンスを続けないといけないからです。それも高い質を維持しながら。どんなに辛くても、待っている子どもたちがいる以上、次に進まないといけないのです。
――本当にタフな活動なのですね。
クラウンは一度人前に立ったら、プロもアマもボランティアもありません。最高のパフォーマンスを出すことが求められます。
アメリカでは病院専門のクラウンは、医療の一部として認められています。でも日本はクラウンの存在はまだ一般的に知られていません。ぜひ多くの人にクラウンの活動を知ってもらい、クラウンになってほしい。いきなり病院は大変だと思いますが、幼稚園や遊園地での活動からなら始められます。そして私たちと一緒にクラウンの文化を広めてほしいと願っています。
2008年に訪れたイタリアの病院にて。クラウンとおそろいの赤い鼻はいかが?